COFFEE BREAK

CINEMA

文化-Culture-

2018.04.18

主人公の心に寄り添う、コーヒーのほろ苦さ。

Illustration by takayuki ryujin

 アクション映画の撮影現場でスタント部分を担当し、出演者に指導する人を〝コレオグラファー〟と呼ぶ。日本語に訳すと〝振付師〟で、アクションとはダンスのようなものであることが窺い知れる。そして役者やスタントマンだけなく、まるで映画そのものが小気味よくダンスをしているような快作が2017年の犯罪青春映画『ベイビー・ドライバー』だ。 
 主人公は〝ベイビー〟と呼ばれる無口な青年。天才的なドライビングテクニックを買われて強盗団のために働いているが、幼い頃に遭った交通事故で耳に不具合があり、耳鳴りを打ち消すためにいつもiPodで大好きな音楽を聴いている。そんな設定ゆえに、全編に渡ってベイビーがプレイリストに入れている音楽が鳴り響くのだ。
 冒頭のカーチェイスシーンで流れるのは、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの1994年のアルバム「オレンジ」に収録されている「ベルボトム」。エレキギターのリフで畳みかけるパワフルなナンバーと、役者たちの演技、カメラの動き、そして編集のタイミングが完璧にシンクロしていることにまず驚かされる。

テイクアウトのコーヒーが、主人公の心の揺れを代弁。

 大の音楽好きとしても知られるエドガー・ライト監督は、本作を犯罪アクションである以上に音楽映画として組み上げたのだ。突然セリフが歌になったりはしないが、ある種のミュージカル映画だと言っていいだろう。
 監督のミュージカル嗜好は、映画の序盤、警察とのカーチェイスからまんまと逃げおおせたベイビーがコーヒーショップにコーヒーを買いに行くシーンにも如実に表れている。
 BGMはローリング・ストーンズもカバーしたソウルの名曲「ハーレム・シャッフル」。ベイビーが踊るように歩き、通行人やストリートミュージシャンが絶妙に絡んでくる2分45秒の流れるようなワンショットから目が離せない。実は後に登場するヒロインともチラリとすれ違っていて、恋の始まりまで示唆しているのも素晴らしい。
 そしてベイビーが強盗仕事の後にコーヒーを買うルーティンが、ベイビーと強盗団の関係の変化に合わせて崩れていく。日常のアイテムであるテイクアウトのコーヒーが、裏稼業から足を洗いたい主人公の心理を表す小道具になるアイデアの妙に舌を巻く。

 もう一本、テイクアウトのコーヒーがさりげなく、しかし物語を大きく動かす映画を紹介したい。ハリウッドの名脇役として数々の映画に出演してきた大ベテラン、ウィリアム・H・メイシーが監督デビューを飾った『君が生きた証』である。
 やり手の広告マンだったサムは、一人息子のジョシュが大学キャンパスで起きた銃乱射事件で死んでしまったことから、湖に浮かぶヨットで隠遁生活を送るようになる。ある日、元妻からジョシュの遺品を託されるのだが、それはジョシュが生前に書き残していた自作曲のデモCDと、歌詞を書き連ねたノートだった。曲を聴いて、息子の知らなかった一面に気づいたサムは、ライブバーに飛び入りしてジョシュの曲をギター一本で弾き語る。そして酔客ばかりの客席にいた一人の若者が、その演奏と歌に耳をとめるのだ。

閉ざされた心をこじ開けた、ドーナッツとコーヒー。

『君が生きた証』は、息子を亡くして心を閉ざした中年男サムと、サムの歌った曲に惚れ込んだクエンティンの絆の物語でもある。内気だが音楽に並々ならぬ情熱を持つクエンティンは、親子ほど歳が違うサムを強引に口説き落としてバンドを結成する。やがて〝ラダレス(舵のない舟)〟と名付けられたバンドは地元で人気を博するのだが、サムにはどうしても注目を集めたくない秘密があった......。
 と、ストーリーを明かすのはこれくらいにしよう。どこにコーヒーが登場するかというと、クエンティンのバイト先であるドーナッツ屋のドーナッツとコーヒーが、偏屈な世捨て人だったサムを説得するきっかけを作るのだ。
 クエンティンはサムに「一緒に音楽をやりましょう」と申し出て、けんもほろろに追い返される。それでもめげないクエンティンは、ドーナッツとコーヒーを持って二日酔いのサムが寝ているヨットに詣でるのである。サムにしてみれば、この若造を早く追い返したい。しかし腹も減ったしコーヒーで頭をスッキリさせたいと、ついクエンティンを招き入れてしまうのだ。
 放っておけない捨て犬のような愛嬌があるクエンティンを演じたのは、2016年に不慮の事故で27歳でなくなった俳優アントン・イェルチン。サム役のビリー・クラダップと共に劇中の曲を実際に歌い、演奏している。
 既成の曲を効果的に使ったジュークボックス的な『ベイビー・ドライバー』と対照的に、『君が生きた証』はオリジナル楽曲が本当に素晴らしい。そしてなによりもイェルチンとクラダップの胸に響く歌声に魅了されずにはいられず、作品が醸す喪失感とイェルチンという才能を失った切なさとがほろ苦く重なるのである。

『君が生きた証』
DVD¥4,212(税込・発売中)
発売・販売元:株式会社ハピネット

亡くなった息子が書き遺した曲を歌い継ごうとする父親と、内気なロック青年との交流を綴ったヒューマンドラマ。ユーモアも交えつつ、絶望も希望も温かく包み込むような視点から、お涙ちょうだいではない本物の感動が沸き上がる。

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『ベイビー・ドライバー』
Blu-ray ¥5,122(税込・発売中)
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

『ホット・ファズ-俺たちスーパーポリスメン!-』などで知られる俊英エドガー・ライト監督が、20年以上構想を温めていたというクライムアクション。強盗団から足を洗いたい若きドライバーの葛藤と恋を名曲にのせて描く。

文 村山 章(映画ライター)
更新日:2018/04/18

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