COFFEE BREAK

世界のコーヒー

世界のコーヒー-World-

2022.11.30

コーヒー生産者の地位向上を目指すメキシコ女性たちの現在地

世界的なジェンダー平等の流れは、コーヒー産業でも同様に推進されています。安価な労働力でコーヒー生産を支えてきた女性たちが、環境保全をしながら生産する未来を拓くべく広い視野をもちリーダーシップを発揮している都市がメキシコにありました。市の一大産品としてコーヒー豆を生産するイクスウアトラン・デル・カフェです。コーヒー産業における女性の貢献を唱え、カフェとコーヒー豆ブランド「フェムカフェ」、生産者組合を率いる女性リーダーたちの心意気をリポートします。

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コーヒー豆の焙煎を担当して22年のエルビア・フアレスさんとその娘。一回につき8.5kgほどのコーヒー豆を週に1314回焙煎している。

生産の実態を知る女性バリスタが活躍するカフェ「フェムカフェ」

 メキシコシティから東へ約300kmメキシコ湾へと下る東マドレ山脈に位置するイクスウアトラン・デル・カフェ(以下、イクスウアトラン)は、ベラクルス州に位置する人口約2万3千人の市だ。名称に"カフェ(コーヒー)"が含まれているとおりコーヒーは市の一大産品として200年以上前から生産されてきた。
 市の中心に位置するイダルゴ公園に面した一角には、今年5月に街で2軒目のカフェ「フェムカフェ(femcafé)」がオープンした。開放的なキッチンカウンターには若い女性バリスタたちが丁寧にコーヒーを淹れる姿があった。観光地ではない生産地にしては珍しくフレンチプレスやV60など様々な器具で淹れるコーヒーが楽しめるカフェだ。

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カフェでコーヒーを淹れるバリスタたちも生産者家族の子弟だ。

「これまでこの土地の生産者には栽培したコーヒー豆を適切な淹れ方で味わう習慣がありませんでした。当店は生産者自らがコーヒーの美味しさを知り、憩うための場として、彼らの負担にならない価格でコーヒーを提供しています」と語るヒセラ・イジェスカス・パルマさんは1990年創立の「農民による農業闘争」協同組合(以下、組合)のマネージャーであり、組合が運営するこのカフェの代表者だ。コーヒー生産者でもあり、この地の女性として初めて大学で農業技師の資格を取得したリーダーだ。

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国際女性コーヒー同盟(IWCA)メキシコ支部副会長を務めるなど、コーヒー産業における女性の権利やアグロエコロジーの専門家として国内外に通じているヒセラ・イジェスカス・パルマさん。

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(左)フェムカフェの焙煎コーヒー豆とパルマさんらが組合の歴史を紹介した著書。
(右)焙煎コーヒー豆のほか、コーヒー豆素材のアクセサリーや石鹸なども製造・販売。

 フェムカフェの名称は、そもそも2015年に組合がつくり、現在も販売を続ける焙煎コーヒー豆ブランドのもので、"フェム"はフェミニノ(女性の)の省略だ。
「メキシコでの農業には、特に土地所有において根深い男女格差があります。女性は農作業で重要な役割を担いながらも、土地を持たないために組合で決議に参加できない場合が多いです。女性の働きの認知と権利の拡張を願ってこの名前をつけました」と言う。
 かつてコーヒー豆はすべて生豆の状態で輸出していた。フェムカフェの発足は、焙煎豆としてメキシコ国内で販売することで、収穫期以外の収入を創出することが主な目的だった。現在では組合が生産するコーヒー豆の約6割が国内向けで、メキシコ各地25箇所で販売されている。

疲弊した農地を蘇らせたアグロエコロジー

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イエロー・カトゥアイのコーヒーの木。12月~3月の収穫期に向けて成長中。

 この地の組合は、周辺の市を含めて836人の生産者を統括している。農地は標高1300m~1600mに位置し、大方の生産者は2ヘクタール程度の農園を営んでいる。先代からコーヒー栽培を受け継いだ者が多く、3世代目、4世代目も少なくない。
 200年以上続く生産には紆余曲折があった。クリオーリョの名で通じている品種ティピカを長年栽培してきたが、外貨獲得を目的に1970年代初頭に政府が設立したINMECAFÉ(インメカフェ/メキシココーヒー研究所)がこの地の生産にも介入し、コーヒー豆の栽培品種の多様化や化学肥料、農薬の導入などによる生産拡大を推し進めた。
 国の支援により各地でコーヒーの生産量が急増した70年代はメキシココーヒーの最盛期で、この地の生産者の収入も今以上だった。しかし質より量を優先した生産は、生物多様性の低下と農地の疲弊を招いた。民営化のため1989年にINMECAFÉが解体されると、国の支援を失った各地の生産者は生き残りをかけて組合を設立した。この地の組合も同じ理由で設立されたのだった。


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イクスウアトランの位置する東マドレ山脈。メキシココーヒー生産地の多くがこの山脈に位置する。

 2000年からの2年間は、大学の研究機関とともに生態系と土壌の調査と改善を行い、それ以来アグロエコロジーに基づいた生産に取り組んでいる。アグロエコロジーとは豊かな生態系を尊重しながら営農することで、地域の生態系の相互作用や相乗効果を引き出す農法だ。2009年、2010年に一部の生産者がメキシコとアメリカのオーガニック認証を取得したのは、その取り組みの結果の現れだった。
 これが正しかったことが証明されたのは、2010年代前半に中南米各地で猛威をふるった、コーヒーの木を枯らすサビ病流行時だ。被害が少なかったのは、標高が高く、コーヒーの木を取り囲む樹木の種類が豊富で木陰が多い農地であった。すでにアグロエコロジーを導入していたイクスウアトランでは壊滅的な被害には至らず、これを機にサビ病に強い品種の栽培を増やしていった。


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アグロエコロジーの農地では、アボカド、バナナ、豆類、オレンジなどが育てられている。コーヒーの木を木陰で覆うと同時に、生産者の収入と食料を補う。

女性のリーダーシップ性を活かし、コーヒー生産の未来を切り拓く

 イクスウアトランを訪れた7月上旬が収穫期でなかったこともあり、農作業は見学できなかったが、樹木の陰で青い実をつけるコーヒーの木を見せてもらった。農園を案内してくれたブリセイダ・ベネガス・ラモスさんは、2019年に29歳で就任した組合2代目会長を務めている。すでにコーヒー生産の知識と経験が豊富なのに加えて、組合の子供基金の代表を15年間務めた経験から、若い世代のまとめ役として期待されている。

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曽祖父の代からのコーヒー栽培の家業を継いでいるブリセイダ・ベネガス・ラモスさん。

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接木の方法を見せてくれたラモスさん。手先の器用さが求められる作業だ。

 苗床に移動するとラモスさんは茎にテープが巻かれたコーヒーの木の苗を見せてくれた。コーヒーの接木は病気や害虫に強いロブスタ種を台木に、生育させたいアラビカ種を穂木にして、いずれも発芽より60日ほどで茎の半ばを斜めに切断し生分解テープで接着する。後に結ぶ実は高品質のアラビカ種ながら、アラビカ種の苗木より多く実をつけ、サビ病にも強く、寿命の長い木に育つそうだ。
「女性はコーヒー栽培のすべてに携わっていますが、なかでも女性がほとんどを手掛けているのが苗の接木です」と言う。6月~8月に行うこの作業、1日あたり200本ほど手掛けられ、1本あたりの単価は0.4メキシコペソ(約3円)とのこと。対価の少ないその手作業に一杯のコーヒーをしっかり味わう大切さを改めて思った。
「男性の生産者はコーヒーを労働の産物としてのみ見がちですが、女性は家族の健康や先代の思い出などを重ねた異なるヴィジョンでコーヒー生産に取り組むことができると思います。女性は農作業の役割を担うだけでなく、組合組織が広い視野で運営されるためにもそのリーダーシップが発揮されるべきなんです」と先述のパルマさんは語った。

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イクスウアトランの中心イダルゴ公園。遠景に望むのはメキシコ最高峰のオリサバ山である。

 組合はフェムカフェブランドを携え、来年5月にメキシコシティで開催される大型コーヒー見本市「コーヒー・フェスト・メヒコ」に参加予定だ。パンデミック後初となる出展で女性生産者の認知と環境保全を唱え全国へ、海外へと販路を求めてゆく。
写真・文=仁尾帯刀
更新日:2022/11/30
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