COFFEE BREAK

文化

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2023.04.30

【世界遺産とコーヒー】プエブラのタラベラ焼きと伝統の継承を願う工房主

プエブラとトラスカラのタラベラ陶器の職人技および
タラベラ・デ・ラ・レイナとエル・プエンテ・デル・アルソビスポの陶磁器の製造工程


くつろぎのひと時に味わうコーヒーなら、コーヒーカップにもこだわりたい。カップのデザインは口当たり、手にした感触が良いほどに、コーヒーの味は引き立つだろう。なかでもコーヒーとの相性が良いのが陶磁器。スペインとメキシコの伝統的な陶磁器が2019年に『プエブラとトラスカラのタラベラ陶器の職人技およびタラベラ・デ・ラ・レイナとエル・プエンテ・デル・アルソビスポの陶磁器の製造工程』というタイトルで、両国の共同申請によってユネスコ無形文化遺産に登録された。メキシコのプエブラ市で営業するタラベラ焼き工房『タラベラ・セリア』を訪ねた。

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タイルが装飾に用いられた建物の外観。建材のタイルもこの土地で作られたものはタラベラ焼きだ。

イスラム、スペイン、そしてメキシコへと伝わった製陶文化

 首都メキシコシティから東南に約100kmの距離に位置するプエブラ市は、スペインによるアステカ帝国征服からわずか10年後の1531年に設立された古都だ。メキシコ・シティとベラクルス港を結ぶ街道の中継地として築かれ、手工芸で栄えた歴史を誇る。16、17世紀建造のバロック様式の教会やタイル張りの家屋が保つ文化・歴史的価値により街の歴史地区が1987年にユネスコ世界遺産に登録された。

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タイル張りの旧サンタ・ローサ修道院厨房。メキシコ料理のソース「モーレ・ポブラーノ」はここで生まれたと伝えられる。

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スペイン語で「アスレホ」と呼ばれるタイルの外装は歴史地区の至るところに。

 スペイン人のメキシコへの到来によりヨーロッパから持ち込まれた物品の中には、生活に欠かせない陶器も含まれていた。800年に及んだイベリア半島でのイスラム支配は、スペインに優れた製陶文化をもたらし、中部の街トレド県タラベラ・デ・ラ・レイナでは製陶が1516世紀を盛として行われてきた。そして、現在でも「陶器の町」の愛称で親しまれている。

 一方、メキシコでは河川に囲まれたプエブラで、近郊で良質な粘土が採れることがわかり、早くも1580年代には陶器職人がスペインから移り住んでいたと伝えられる。18世紀には60軒の陶器工房があったとされ、陶器による建材や食器が盛んに作られるようになった。タラベラ・デ・ラ・レイナが名称の由来となったメキシコのタラベラ焼きはここに端を発する。

伝統を守るためタラベラ焼きとは何かを問う

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タラベラ工房で唯一カフェを兼業する『タラベラ・セリア』。

 プエブラの歴史地区で1992年から営業する『タラベラ・セリア』は、現存する9軒のタラベラ焼き工房のひとつだ。オーナーのヘルマン・グティエレス・エレラさんは齢80を数え、かつて現役の医師だったころに焼き物の工房とその販売店を始めた。

「大学で医学を専攻していた息子が、突然タラベラ焼きの陶芸家になりたいと言い出して、焼き物を路上で販売し始めたんです。当初は反対しましたが、やりたいことに本気で臨む息子を見守っているうちに私もタラベラ焼きに魅せられてしまいました」と一杯のコーヒーを勧めながらエレラさんが創業の経緯を語ってくれた。息子のヘルマン・グティエレス・カマチョさんは現在、父母とともにタラベラ・セリアを共同経営している。

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コーヒーカップ、シュガーポットなどコーヒーグッズも多数揃える。

 生まれ育ったプエブラにプライドを持つエレラさん、タラベラ焼きこそは世界の歴史と街をつなぐアイテムだと再認識し、安価な食器や偽物が流通するなか、工房を経営するのみならず、伝統的な陶器産業の再活性化に乗り出したのだった。

 1997年に州政府がタラベラ焼きの保護と振興を目的にタラベラ焼き評議会を結成した際に、エレラさんは創立メンバーとして招集された。評議会は、州政府、大学とともに、タラベラ焼きに使用される粘土や釉薬の色彩など、工法を細かく記した規定を作成し、翌年、連邦政府の官報で公表した。

「規定は数少ない工房の寡占のためではありません。機械の製造による偽物から伝統を守るためのものです」と伝統の保存には規則が必要だと力説した。

職人の指先に宿る熟練の技

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ろくろを蹴って回すアレナスさん。職人はみな勤続20年以上。

 4年前に無形文化遺産として登録されたのはタラベラ焼きそのものではなく、製造過程の職人技だ。装飾の美しいタラベラ焼きの陶器が所狭しと展示されたショップからやや離れた住宅地にある工房と私設ミュージアムをエレラさんが案内してくれた。

 工房ではプエブラ近郊で採れた粘土が陶器として姿を変えるまでの、すべての作業が行われている。柔らかい黒粘土とやや硬質な白粘土を2:1の割合で一旦水に溶かして混ぜ合わせ、商品の大きさに合わせて乾燥、保存。円形の皿やカップには蹴りろくろを、彫像などには石膏の型を用いて成形する。

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素焼きした彫像を釉薬に浸してから乾燥させる。

 ろくろ担当のひとり、クラウディオ・アレナスさんはこの道40年以上のベテラン。タラベラ・セリア創業時に引き抜かれてからこれまで工房を守ってきた。マスク姿なのもあって黙々と作業を続けていたが、粘土を成形する指先は熟練した様を雄弁に物語っていた。

 成形後の粘土は窯で900℃の温度でゆっくり加熱、冷却後、釉薬に浸されてコーティング。乾燥後に絵柄を鉛筆で下描きし、それに倣って青、緑、黄色、茶色などの天然の顔料で塗装され、いよいよ仕上げの本焼きに。1050℃の高温で約16時間の焼成を経て、顔料の色彩が鮮やかに躍り出る化学反応はまるでマジックだ。

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釉薬を乾燥させた後、山羊ひげの筆で絵柄や模様が描きこまれる。

後世に継ぎたい工房オーナーの思い

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タラベラ・セリア・インタラクティブ・ミュージアムの内観。

 ろくろの作業場の上階には、タラベラ・セリアの商品を展示するミュージアムを構える。四方の壁を埋め尽くす焼き物は見応え十分。食器や壺といった伝統的なものから、自動車の置物や著名な芸術作品を釉薬で描いたタイルのパネルなど展示品は種類豊富だ。

「タラベラ焼きのモチーフは自由であるべきです。陶芸とは太古から人類が継承してきた芸術表現なんですからね」と西洋美術に造詣の深いエレラさんは創作の自由を尊ぶ。そして、損得勘定抜きに私財を投じてきた。次世代に伝統を繋ぐために。

「工業製品が流通する世界にあって手作りのタラベラ焼きの現状は、まるで絶滅の危機に瀕する希少動物のよう。タラベラ焼きは世界に誇るべきメキシコの偉大な文化です」

 高齢になってからタラベラ焼きにかかわることになったエレラさんであるが、成し遂げたい夢がある。それはタラベラ焼きの技術学校をつくること。プエブラの伝統文化の振興を願うゆえの奮闘はまだまだ続きそうだ。

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ヘレラさん(右)と工房内のカフェを経営する妻のマリアさん

 
写真・文/仁尾帯刀
更新日:2023/4/30
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