COFFEE BREAK

MUSIC

文化-Culture-

2020.04.16

新鮮な味わいを醸し出す、ミレニアル世代の無垢さ。

Illustration by takayuki ryujin

 4年に一度のオリンピック・パラリンピックがもうすぐ開幕する。あの感動が東京を舞台に繰り広げられ、日常生活を染め上げるのだから、想像するだけでいまから気分を高揚させている人も多いことだろう。開催中はテーブルトークに満開の花が咲き乱れるのは必至。興奮のあまり、せっかくのコーヒーをこぼしてしまわないことをただただ祈るばかりである。

 鍛え抜かれた肉体と研ぎ澄まされた精神力が生み出す名勝負には、私たちを熱狂の渦へと導く魔法の力が備わっている。勝ち負けに関係なく、そこには言葉や理論を超えた何かが確実に存在している。自身の究極のパフォーマンスを目指すアスリートの姿は名画のように美しく、スタンドを埋め尽くす歓声はコンサート会場を充たす喝采と同じほどに熱い。感動にスポーツや芸術の差はなく、あるのはその場を体験し共有できた清々しい感謝の気持ちだけだ。

 そんな感動を生むスポーツやエンターテインメントの世界でいま、主役の座にミレニアル世代と呼ばれる若者たちが近づいている。鍛錬された肉体性がカギを握るスポーツの世界は言うまでもなく、音楽や芸能の世界でも世代交代は顕著。海の向こうからはこれまで錚々たる顔ぶれが歌ってきた007シリーズの最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』の主題歌を弱冠18歳のビリー・アイリッシュが担当することが発表され、ティーンのカリスマが世界的人気シリーズの主題歌を任されることに世界は驚きつつも肯定的に迎え入れた。日本のお笑い界でも「第7世代」と呼ばれる次世代芸人が躍進を続けているのは周知の事実だ。

 そうした現状を世間はおおむね好意的にとらえている。躍動するアスリートを、若いからと非難する人はいないし、同じように、若さだけで音楽家や芸人にダメ出しする人もいない。しかし一方で、こと仕事や恋愛に対するミレニアル世代の考えには、親世代であればあるほど、「甘い!」と否定してしまう傾向が強いのも事実だろう。仕事をなんだと思ってるんだ。恋愛なんて勢いだけで続くものではない......。経験を積んだ大人ほど、若者たちの考えを歯がゆく感じるものなのだ。

新入社員の憂いを映す、苦い味わいのコーヒー。

 というわけで今回、そんな親世代がミレニアル世代を見直し、応援したくなる内外の曲を紹介したいと思う。

 まずは、昨年J-POPシーンで大躍進を遂げた、Official髭男dismの「コーヒーとシロップ」。1991年生まれの藤原聡(ボーカル/ピアノ)を中心としたこの4人組は「ヒゲダン」の愛称で親しまれるJ-POP新時代の旗手的存在なのだが、実は藤原、地元・島根で2年間ほど銀行勤めをした経歴の持ち主。その実体験を元に新入社員の憂いを歌詞にしたのが「コーヒーとシロップ」である。

 数字に追われる毎日に辟易している男は、カップに注いだコーヒーに憂えた自身を映し出す。自分は何十年か先に偉くなれるのだろうか。それとも上司のように威張り出してしまうのだろうか。なにより、いまの自分を振り返り、笑顔になれるのだろうか。自分の代わりなんて会社にはいくらでもいる。頭によぎる数々の苦い思いを打ち消すように、男はコーヒーにシロップを落とし、嫌なことごと全部飲み干す。我慢すればきっといつか報われると信じながら......。

 そんな歌詞に同世代の若者たちは共感し、おおいに励まされたのだが、酸いも甘いも知り尽くす親世代には、なんだか青臭い歌詞だととらえる向きもあるかもしれない。コーヒーはただ苦いだけの飲み物ではないよ、と教えてあげたくもなるだろう。しかし、疾走感のあるビートと瑞々しいメロディに乗せてこの歌詞をまるごと飲み干してもらえれば、若者と同じように共感し、自身の過去と重ねながらだんだん応援したい心持ちになるに違いない。この曲には新社会人の青くも健全なひたむきさが感じられるのだ。

太陽や水と同じ価値の、恋人たちに不可欠な一杯。

 海外のミレニアル世代の台頭も凄まじいが、カナダ発の次世代R&Bシンガー、ダニエル・シーザーもそのひとり。95年生まれの24歳ながら、2018年の第60回グラミー賞で複数ノミネートを果たした若き実力者だ。バラク・オバマ前米国大統領もお気に入りリストに彼の作品を入れたと言われるほど、そのデビューは当時話題を呼んだものだった。

 その彼が気鋭のR&B歌姫H.E.R.とデュエットしたラヴソング「ベスト・パート」は、若い男女が愛の言葉を紡ぎあい、人生を映画に例え、あなたがベスト・パートだとしっとりと歌い上げる。歌詞もかたちもラヴソングのデュエットの定型を脱しているわけではないが、実力派のふたりがアンビエントなムードも漂うスローバラードをじっくりと歌うと、イノセントな歌詞に深みが増してくるから不思議である。あなたは毎朝飲むコーヒーだと綴り、土砂降りの中に現れる太陽と、砂漠で迷子になったときの水だと続けるあたり、コーヒーの価値がすごいことになっている気がしないでもないが、それほど恋人たちの日常に不可欠なものなのだろう。その点、コーヒー好きには好感のもてる歌詞である。

 ミレニアル世代にとって、もはやコーヒーは日常にあって当然のもの。そんなことがうかがい知れる歌詞に親世代はなんだか嬉しくなるのだ。

Official髭男dism「コーヒーとシロップ」
2016年のミニ・アルバム『MAN IN THE MIRROR』収録。

ミニ・アルバム第2弾に収録され、リード曲として発表された「コーヒーとシロップ」は、若々しい疾走感のあるヒゲダンの人気曲のひとつ。"新社会人"がテーマで、頑張る社会人の応援歌としてミレニアル世代を中心に高い人気を集めている。

ダニエル・シーザー「ベスト・パート」
2017年のアルバム『フローディアン』収録。

カナダ出身の気鋭R&Bシンガーがデビュー盤に収録した極上のラヴソング「ベスト・パート」は、デュエット相手だったH.E.R.のバージョンで第61回グラミー賞ベストR&Bパフォーマンス賞を受賞。愛する男女の想いを紡ぐスローナンバーの逸品。

文 山澤健治(フリー・エディター&ライター)
更新日:2020/04/16
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