COFFEE BREAK

MUSIC

文化-Culture-

2016.04.15

J-POPのくせ者は、不思議なコーヒー好き?

Illustration by takayuki ryujin

 まだネットの炎上などがなかった時代、ジョン・レノン派の人たちに、深みのないラヴ・ソングばかりを書くと揶揄されたポール・マッカートニーは、「誰もがみんな馬鹿げたラヴ・ソングはもうたくさんだと思ってるって君は言うけど、ぼくはそうは思わないね」と歌った「心のラヴ・ソング」(原題「Silly Love Songs」)で反撃に出たのは有名な話。ポールにしては結構あからさまな反骨心で曲を書いたわけだが、それすらも全米1位にしてしまったあたりは天才ヒットメーカーの面目躍如といったところ。さすがだった。

 いま、このやりとりが行われたとしたら、ネットが荒れるのは確実だろう。匿名性を隠れ蓑に誰も彼もが好き勝手を書いて、相手を攻撃するに違いない。

書き手のセンスが問われる、紋切り型のコーヒー表現。

 そんなネット上で最近、J-POPの歌詞の劣化が叫ばれているのをご存じだろうか。もともと心象描写の多いJ-POPの歌詞だが、それにしても「翼広げ過ぎ」「瞳閉じ過ぎ」だと言うのだ。ある女性シンガーにいたっては、3曲に1曲は「会いたい」系の言葉が歌詞に出てくることから「会いた過ぎ」だろうと冷笑されもした。

 もちろん、無責任な発言だと無視してもいいのだが、ではJ-POPの歌詞が向上したかというと、それはそれで、そうとは言い切れない面もあるのが辛いところだろう。深みのないラヴ・ソングばかりとは言わないまでも、コーヒー関連の歌詞ひとつを見ても、どうも紋切り型のものが多い気がしてならないのだ。温かいコーヒーは人の優しさや励ましを意味し、冷めたコーヒーは失恋の歌詞の枕詞のようなもの。モーニングコーヒーともなれば、迎える朝までの官能的なプロセスが匂わされることになる。10代半ばの女の子に無邪気な笑顔で、「一緒にモーニングコーヒーしようよ」なんて歌われた日には、意味わかって歌ってるのか?なんて意地悪な言葉のひとつもかけてみたくなるほどだ。

 そんな紋切り型な表現を良しとせず、聴く者を良い意味で裏切る〝くせ者たち〟がいるのがJ-POPシーンの救いだろう。小島麻由美はそのひとりで、「トルココーヒー」はその代表曲だ。

 レトロ風味な昭和歌謡から洒脱なジャズまでを呑み込んだ小島の曲には、いつも何か驚きが用意されているのだが、2006年発表の7作目『スウィンギン・キャラバン』に初収録されたこの曲は、その最たる例。スウィンギンでサイケデリックな曲調から、ジャズDJの支持率も高かった曲であり、同時に、一部のファンの間では〝カフェイン効果の高い歌〟としても親しまれてきた、摩訶不思議な人気曲である。

コーヒーのイメージを逆手に、語るべきことを肉付けする。

 「あなたが私に飲ませてくれた
 誰かのおみやげトルココーヒー
 深く芳ばしい初めての香り
 さぁさ、遠慮なく、さぁ、どうぞ」

 こんな歌い出しで始まり、アラブ色濃厚で大道芸的な音世界も相まって、聴く者をどんどん巻き込みながら痺れたような感覚をも与えてしまう、なんともパワフルな曲なのだが、終盤、

 「なんか入ってる絶対おかしい
 誰かのおみやげトルココーヒー」

 と歌うものだから、〝カフェインの歌〟なんて解釈がされてしまったりしたようだ。しかし、じっくり聴いていると、ひと口飲むたびに「何かが違ういつもと違う」と確信し、どんどんトルココーヒーのエキゾティックな味わいにのめり込んでいく女心を、ハイテンションな曲調でなぞっていくことで、これまで体験したことのない恋愛の深みにどんどんハマっていく、ひとりの女性のウキウキした恋心を見事に浮き彫りにしていくのである。このウキウキ感を増幅するのが、エキゾティックなトルココーヒーだったわけだ。

 もうひとりのくせ者、堀込高樹率いるKIRINJIの「だれかさんとだれかさんが」にも、一癖あるコーヒーが登場する。歌詞の冒頭はこうだ。

 「授業終わりの理科室に
 お湯の沸く音シュルルルー
 濾紙と漏斗とビーカーで
 淹れたコーヒ 不思議な味」

 放課後の理科室、ビーカーでいれるコーヒー。なんとも非現実的な情景のようなのだが、疾走感のあるポジティヴなメロディとスリリングなバンド・アンサンブルに身を任せて聴いていると、だれかさんとだれかさんが恋に落ちそうな、この甘酸っぱい青春ストーリーが、我がことのように蘇ってくるからたまらない気分になってくる。

 当然、ビーカーでコーヒーをいれるなんて、若さゆえの戯れ事だと決めつけるのは簡単だろう。そんな青春の1ページを閉じ込めた歌詞であるのも確かだ。しかし、書き手は手練リリシストの堀込高樹である。実験室にあったフラスコにヒントを得て生まれたロングセラー・コーヒーメーカーの存在や、フレンチプレスの原型がビーカーであった事実を踏まえたうえでこの歌詞を書いたことは想像に難くない。ビーカーでいれたコーヒーの「不思議な味」は、甘酸っぱいだけではなさそうだ。

小島麻由美『WITH BOOM PAM』
AWDR/LR2
¥2,800(税込)DDCB-12078

昨年、デビュー20周年を迎えたシンガー・ソングライターが、イスラエルのサーフ・ロック・バンド、ブーム・パムとともに、彼女の代表曲をセルフカヴァーした異色作。アラブ感が薄まった「トルココーヒー」ほか、新味に舌鼓を打つエキゾ・ポップ盤。

KIRINJI『11』
ユニバーサル ミュージック
¥3,024(税込)UCCJ-2117

J-POP史に名を刻む兄弟ポップ・デュオが袂を分かち、兄・堀込高樹を中心に6人のバンド編成となって発表した2014年の再出発盤。新たに手にしたバンド・サウンドと、ポップ職人・堀込高樹の緻密な音楽性が融合した、珠玉のポップ・アルバム。

文 山澤健治(フリー・エディター&ライター)
更新日:2016/04/15
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