COFFEE BREAK

CINEMA

文化-Culture-

2019.08.30

コーヒーの故郷と、女性たちの生き様。

Illustration by takayuki ryujin

 コーヒーとは一体どこから来たのだろう? 最大の産地はブラジルで、世のコーヒー豆の約1/3はブラジルから出荷されているそうだが、コーヒー豆の名産地は世界各地に散らばっている。例えばブルーマウンテンならジャマイカ、トラジャならインドネシアのスラウェシ島。それぞれの味わいの向こうに、エキゾチックな土地と住民たちの暮らしが見えてこないだろうか?

 とはいえ、現地でコーヒー豆を作っている人たちには現実の生活があり、エキゾチックなんて言葉では到底収まらない。例えばデンマークの作家イサク・ディーネセン(アイザック・ディネーセンと呼ばれることも)は、1913年にケニアに降り立ち、女手ひとつでコーヒー農場を切り盛りしようと奮闘した。そんな彼女の回想録を映画化したのが、第58回のアカデミー賞で作品賞に輝いた『愛と哀しみの果て』だ。

アフリカの大地で、コーヒー栽培に挑む。

 裕福な家に育ったカレン(ディーネセンの本名)は、窮屈な毎日から飛び出すために没落貴族のブロアと結婚してアフリカに移住する。当時は女一人で冒険の旅に出られるような時代ではなく、持参金目当てのブロアと結託して便宜上の結婚をしたのだ。
 ところがブロアは酪農をやるはずが勝手にコーヒー農場を購入。しかも本人はハンティングと女漁りにご執心で、カレンは期せずしてコーヒー農場をゼロから始めることになってしまう。

 数々の苦境に見舞われ続ける姿は「エキゾチックな新天地」には程遠い。それでも彼女は現地の部族を雇って農場を軌道に乗せようと決意し、次第にアフリカの大地にも魅せられていく。自由な心を持つ白人ハンターとのロマンスも描かれるが、何よりも百年以上前の異国で一人の女性が〝挑んだもの〟の大きさに圧倒される。パーソナルだが雄大なパワーに満ちた名作だ。

神話のような火山の麓で、コーヒーと共に生きる。

 これまたコーヒーの産地として名高い中米の国グアテマラでは、映画産業がほとんど存在しないというが、そんな中でアカデミー賞にグアテマラ代表としてエントリーを果たしたのが『火の山のマリア』だ。コーヒー農場で働く貧しい先住民たちの生活を描いており、出演者の大半は演技をしたこともなかった本物の先住民だという。

 17歳のマリアには親が決めた婚約者がいる。相手は子供が三人いるずっと年上の男。妻に先立たれ、後添えを探していたのだ。男はマリアの父が働く農園を監督する立場で、マリアの両親にしてみれば娘を裕福な家に嫁がせ、今後は父親も仕事の心配をしなくても大丈夫という一石二鳥の縁談なのだ。

 「火の山」というのは、マリアたちが暮らしているのが火山のふもとだから。住んでいるのは先住民ばかりで、公用語であるスペイン語を話せる者もわずかしかない。誰もが荒れた土地で家畜を飼い、コーヒー豆の収穫の仕事でなんとか日銭を稼いでいる。

 この映画を観ていて、いつの時代の話なのかと何度も不思議になった。マリアは「アメリカに行く」という青年に恋をしていて、自分も連れて行ってくれると信じて処女を捧げ、望まぬ妊娠をしてしまう。そして母親は、マリアを堕胎させようと、呪術師に頼ったり、岩だらけの坂から転げ落とそうとしたりするのだ。旧態依然とした因習と迷信の世界。「アメリカ」という単語や自動車が出てこなければ中世だと言われても納得したかも知れない。

 驚いたのは、映画の中盤になって突然きれいな舗装道路が映ったこと。ああ、これは現代の話なのだ。彼らが作るコーヒーを、私たちも飲んでいるのだ。そしてマリアたちは、道路をドライブしていても決して気付くことがない僻地で、われわれの社会とは何の関わりもなく生きているのだ。

 マリアは言う、「ここは火山とコーヒーの匂い、アメリカはどんな匂い?」と。青年はその問いに答えられず、マリアを置いて姿を消してしまう。結局マリアは、火山とコーヒーの匂いの中に取り残されるのだ。

 この映画の驚きはまだまだある。例えばマリアの母親だ。彼女は(迷信だらけの)堕胎が失敗したと知ると、この赤ん坊は生まれて来る運命なのだと考えを変える。そしてマリアに堕胎を迫ったのと同じエネルギーを、生まれてくる子供のために向けるのである。

 他人の子供を宿したのがわかれば結婚は破談になるに違いない。夫であるマリアの父親ももうコーヒー農場では働けないだろう。ならばマリアを連れて別の土地で仕事を見つけるしかない。最初は生活のために結婚を押し付けているだけに見えた母親が、実は状況の変化に応じて、娘のために最善を尽くしていることがわかってくる。そこにはすべてを受け入れ、「家族と共に生きる」ことに全身全霊を捧げるピュアな価値観が宿っている。

 日本の感覚からは程遠く、マリアたちの境遇を羨ましいとは思えない。しかし、価値観も倫理観も異なるグアテマラの先住民たちの「生きる覚悟と本気」に背筋が伸びるような気がした。

『愛と哀しみの果て』
Blu-ray ¥2,037/DVD ¥1,543(ともに税込・発売中)
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
英国の植民地だった20世紀初頭のケニアでコーヒー農場経営に乗り出したデンマーク女性の実話を映画化。メリル・ストリープが現実に抗おうと奮闘するヒロインを熱演。恋の相手を演じたのは名優ロバート・レッドフォード。
『火の山のマリア』
DVD ¥4,104(税込・2016年9月2日発売)
発売元:新日本映画社・販売元:ギャガ

グアテマラの山麓で素朴な生活をしているマリアは、親に決められた結婚に納得がいかず、アメリカを目指す若者の子供を妊娠してしまう......。グアテマラの様々な社会問題を背景にしつつ、たくましく生きる先住民の姿を描く。

©LA CASA DE PRODUCCIÓN y TU VAS VOIR-2015
©Celine Croze

※Blu-ray およびDVDのデータは2019年7月時点の情報です。

文 村山 章(映画ライター)
更新日:2019/08/30
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