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COFFEE BREAK
文化-Culture-
コーヒーが名脇役、ドイツ映画新旧2作。
人間に憧れる天使が翼を捨てて人間の世界に降りてきた。知らなかった色を感じ、空気を吸い込み、匂いを嗅いで〝生〟を実感。そんな彼がまず最初に望んだものは「コーヒー」だった。
1987年の映画『ベルリン・天使の詩』の話である。翌88年には日本公開され、ハリウッド的な娯楽とは大きく異なるアート映画の魅力を知らしめて、80~90年代のミニシアターの興隆に大きな役割を果たした名作だ。
天使から人間へ。コーヒーをすする歓び。
舞台はまだ〝壁〟が街を東西に分断していた頃のベルリン。美しいモノクロの映像で、街のひとびとの日々の営みを、そっと寄り添いながら見つめている守護天使たちの姿を映し出す。
天使と言っても裸の子供が頭の上に輪っかを浮かべ、翼を生やして飛び回っているわけではない。ほとんどは黒いロングコートを着た中年のオジサンで、その姿が見えても天使だと気づくひとはいないだろう。ただ子供たちだけは彼らの姿が見えるらしく、ときおり目を合わせて微笑んだりしている。
天使たちの役割は人間を見守り、彼らの心の声に耳を傾けること。そして街のあちこちで起こる美しい、ささやかな事象を記録すること。時折落ち込んだひとに手を添えて、明るい気持ちを与えてあげることもある。しかし自殺を図るひとを絶望から救うことはできず、無力を嘆くこともある。
そんな中、ダミエルというひとりの天使がサーカスで空中ブランコに乗る女性に恋をする。もともと限りがある、でも躍動する命に強い憧れを抱いていた彼は、永遠の命を捨てて人間として生きる決意をする。
ダミエルが人間になると、モノクロだった映像もカラフルに色づく。それまで寒暖の感覚を知らなかったダミエルは、通りすがりの男に訊ねる。
「とても寒い?」
「それほどでも」
「コーヒーを飲めたらいいだろうな」
「お金ないの?」
男はダミエルに小銭をくれる。ダミエルは近くのコーヒースタンドで、いままで眺めることしかできなかったコーヒーを歓びいっぱいにすするのだ。
この映画にはほかにもコーヒーにまつわるシーンが多い。ドイツ人はコーヒー好きで知られ、街中に屋台式のコーヒースタンドがあって誰もが気軽にコーヒーを飲んでいる。世界中にコーヒーチェーン店が建ち並ぶ前の話だ。
また冷戦時代のポツダム広場を歩く老人は、昔の繁栄などなかったかのように荒れて変わり果てた広場を嘆く。
「ポツダム広場にはカフェ・ヨスティがあった。午後にはみんなで歓談して、コーヒーを飲みながら道行くひとを眺め、葉巻をくゆらせたものだ。こんな場所がポツダム広場であるものか」
現在のポツダム広場はさらなる激変を遂げている。再開発された広場周辺には高層ビルが建ち並び、壁の痕跡はかろうじて路上の線として残されているのみ。ヴィム・ヴェンダース監督がベルリンという街にラブレターを捧げるように撮りあげた『ベルリン・天使の詩』は、あの時代を封じ込めたタイムカプセルのようでもある。
一杯のコーヒーが象徴する、モラトリアム青年の一日。
『ベルリン・天使の詩』から25年後。同じ街を舞台にもう一本、コーヒーにまつわる映画が生まれた。タイトルは『コーヒーをめぐる冒険』。これまたモノクロームで撮影された、飄々としたユーモアに包まれたコメディだ。
大学を中退したニコは、人生に目的を見出だせず、浮き草のように暮らすモラトリアム青年。そんな彼にとことんツイていない一日が訪れる。運転免許証を取り上げられ、キャッシュカードはATMに吸い込まれたまま戻ってこず、見知らぬ隣人に自宅に押しかけられ、子供の頃イジメていた同級生の女の子と思わぬ再会をしたりもする。
ボタンを掛け違えたようになにもかもが上手くいかない一日を象徴するのがコーヒー。ニコが何度コーヒーを飲もうとしても、なぜだか絶対に手に入らない。小銭が足りなかったり、店のマシンが故障していたり、まるで神様が嫌がらせをしているようだ。
軸足の定まらない若者ニコは、現在のベルリンの象徴でもある。戦争や冷戦で荒廃した過去の面影は消えて、ヨーロッパ有数の大都市として復興したベルリン。しかし豊かになり活気に満ちた街にニコは違和感を隠せない。愛を見つけることができない。自分たちがどこに向かっていくのか、未来像がまったく見えないからだ。
映画の終盤にひとりの老人が登場する。彼が酒に酔いながら語るのはナチス時代のユダヤ人迫害の記憶。ただし被害者としてではない。事態を静観した市民という加害者の立場からだ。
説教臭い作品ではまったくないし、昔話を聞いたニコが突然成長するわけでもない。が、ニコは自分よりも大きなものを落っことした老人と出会ったことで、ようやく地に足をつけようと思う。そのとき、ついにニコはコーヒーにありつける。イタズラ好きの神様は、きっとニコを見守っていたのだろう。
Blu-ray発売中 ¥4,104
発売:NBCユニバーサル・エンターテイメント
人間に恋をした天使の視点でベルリンに暮らす人々の日常を綴った詩的なファンタジー。ヴィム・ヴェンダースがカンヌ映画祭監督賞を受賞。ピーター・フォークやニック・ケイブらカメオ出演も豪華。
2012年ドイツ映画(2014年3月日本公開)
DVD未発売
生きる実感を持てずフラフラと暮らしている若者が、カフカ的な不条理トラブルに見舞われる24時間を描いたコメディ。ドイツの新鋭監督ヤン・オーレ・ゲルスターのデビュー作で、観光では見えないベルリンの今を覗くことができる。