COFFEE BREAK

文化

文化-Culture-

2020.10.12

エッセイ*万城目学【作家のルーティーン。】

 そこにいるのか、いないのか、普段の生活のなかではなかなか見えてこないけれど、社会という目を通したとき、確実に隣にいるコロナウィルスという存在により、私たちの生活はすっかり変わってしまった。

 この三年ほど、私は起きたのち決まって同じメニューの食事を採っている。

 生ハムとレタスのサンドイッチである。

 これを作るため、飽きもせずに同じ作業を繰り返している。まずパン屋で細長いバゲットを買ってくる。それを三分の一ずつに切る。一個は明日のためにトースターの横に置き、残りの二個は冷凍庫に放りこむ。

 翌日、トースターにてパンを三分加熱。その間に湯を沸かし、レタスを洗い、生ハムを用意する。「チン」とトースターが時間を告げると、バターをパンの表面にこするように塗りつける。

 底になるパンの上にレタスを敷き詰め、マヨネーズでうねうねと線を描く。生ハムを置き、最後にパンを重ねる。何となく熱を帯びたほうが生ハムがやわらかく、おいしくなりそうで、あたたかいパンをぎゅうと上から生ハムに押しつけるが、効果は定かではない。パン切り包丁で半分のサイズにガリガリと切り分け、皿に置いて完成。

 さて、湯が沸いたところで飲み物の用意だ。

 普段はコーヒーと紅茶をそのときの気分で飲み分けていたが、近ごろめっきりコーヒーばかりになった。というのも、コロナウィルス流行からの緊急事態宣言発表というあおりを受け、近所の紅茶の茶葉を売る専門店が軒並み閉まってしまったからである(著者注・この原稿は五月に執筆)。一方でコーヒー豆を売る専門店は開いている。何が判断の基準となっているのかわからないが、限定的にオープンしている百貨店の地下の食料品フロアでも、なぜか紅茶の茶葉専門店は早々に休業を決め、コーヒー豆専門店は変わりなく開いている。

 ただ、何となくわかる気はする。

 紅茶はいかにも繊細で、コーヒーのほうは何となくタフそうだ。

 もちろん、これは私の勝手極まりない偏見、憶測であり、同時期にオープンしていた紅茶屋、その逆のコーヒー屋はいくらでもあっただろう。ともに植物から採取され、大事に扱われた末に商品になっているわけで、そこに差などないはずだが、なぜかコーヒーには逆境にしぶといタフガイなイメージがしっくりとくる。逆に、紅茶にはレディの優雅さのイメージが似合う。ちなみにいちばんのお気に入りのパン屋も休業中、こちらは飲食店も兼ねていたため、やむを得ずというやつである。

 そういうわけで、今日もコーヒーを淹れる。

 豆の種類、挽き方等にこだわりはないが、四十歳を超えて、急に酸味に対する舌の親和性が高まってきた。店で挽いてもらった粉をスプーンでステンレスのコーヒーフィルターに落とす。この一年ほど、紙ではなく、ステンレスフィルターを採用しているが、実に使い勝手がよい。何も考えずに粉をとんとんと落とし、表面を平らにしたあとは、その中心にちろちろと湯をたらせば、むくむくと勝手に粉が膨らみ薫り高いコーヒーをどうぞ、という具合になるのでありがたい。

 コーヒーの出来とは別に、このステンレスフィルターを気に入っている理由は、いったいどういう仕組みなのか、表面に無数の穴が開いているはずなのに、漏斗状の側面からはコーヒーが滲み出ず、底部の頂点からのみぽたぽたと漆黒のしずくが流れ落ちる――、その魔法のような働きを眺めるのが楽しいからである。

 ところで、鋭い読者のみなさんはすでに違和感を嗅ぎ取られていたかもしれない。そう、この目覚め一発目の「生ハムとレタスのサンドイッチ、そこにコーヒー(ときに紅茶)」という組み合わせに対し、これまでの文章のなかで「朝食」という言葉を使っていない。

 なぜなら、作家という職業柄、起床時間および就寝時間がめちゃくちゃで、深夜三時に寝て昼前に起きることもあれば、朝の十時に寝て夕方に目が覚めるときもある。八時間の睡眠は執筆に必須なので、そのときの締め切りの状態によって、いかようにもスライドしてしまう。ただし、何時に起きようと最初の食事は「生ハムとレタスのサンドイッチ」だ。さらに我ながら妙な決まりとは思うが、夕食は時間どおりにとる。昼過ぎに起きようと、夕方に起きようと、夜の八時までに必ず夕食をいただく。最初の食事から、わずかの二時間後というケースも発生するが、夕食はその言葉のとおり夜と決めている。それから床に入るのが十二時間後の翌朝となっても、食事はもうとらない。

 早くコロナウィルスの流行が収まって、元の生活が戻ってほしいと願いつつ、一方でどれだけコロナが暴れ回っても変わることのない、作家のルーティーンは継続中である。

Profile

万城目学(まきめ・まなぶ)
1976年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。2006年、第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した『鴨川ホルモー』でデビューする。同作のほか、『プリンセス・トヨトミ』など映画化された作品も多数。©ホンゴユウジ
万城目学

文 万城目学/イラスト 唐仁原多里
更新日:2020/10/12

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