COFFEE BREAK

文化

文化-Culture-

2022.09.29

生も死も包み込む、ベッドで飲む目覚めのコーヒー。

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 朝、ベッドから起き上がり、寝不足気味の目をこすりながらコーヒーを淹れる。この目覚めの1杯を活力と合図にして1日を本格的にスタートさせる人もきっと多くいることだろう。毎日繰り返すこととはいえ、コーヒーなしには新たな日を迎えられないコーヒー愛飲家とすれば、これはもはや朝の儀式と呼んでも差し支えない崇高な習慣である。

 もちろん、いくら崇高であったとしても、ときには習慣も心地よく打ち破られてしかるべきもの。非日常性を楽しむ旅などはその最たる例だが、日常生活においても、愛する人が、まだベッドでまどろむあなたにやさしく手渡してくれる淹れたてのコーヒーは、嬉しいサプライズの最上級。自ら毎朝淹れる目覚めのコーヒーとはまたちがった味わいの、格別の1杯と言えるはずだ。

 とはいえ、映画でもたびたび描かれてきたように、愛する人のためにベッドにコーヒーや朝食を運ぶシーンの多くは、ふたりが初めて愛を確かめ合い、結ばれた朝の情景であることがほとんど。燃え上がるほどの愛あればこその、目覚めのベッド&コーヒーなのだ。そこが自邸のベッドであったとしても、毎日の習慣化を狙って乱用するのは禁物。あくまでもロマンティックな状況でのみ嗜むべきものと心得ておくことが肝要だろう。習慣にしようとすれば、それは相手に好意を強制することになり、その結果、愛のコーヒーが苦味しか感じない1杯に変わってしまう。まさに朝から、愛の"冷めた"コーヒーを飲むはめになるだろう。

コーヒーを舞台装置に、目覚めの朝に愛を育む。

 それでもなお、ベッドで飲む目覚めのコーヒーに多くの人が憧れを抱くのは、それがロマンティックな関係性の象徴だからである。では、ロマンティック以上の欲望指数の高い関係性だったとしたら、それでも人は憧れを抱くだろうか。その試金石となりそうなのが、女性R&Bグループ、デスティニーズ・チャイルドの一員として一世を風靡し、ソロ転向後も数々のスマッシュヒットを記録したケリー・ローランドの「Coffee」だ。なにせこの曲、朝にはコーヒーを飲んで愛し合い、ベッドで朝食をいただき、喜悦の声を上げる、なんて官能的な歌い出しで始まるのである。その冒頭部分のあまりのストレートさに眉間に皺を寄せる人がいても、まったく不思議ではない曲なのだ。

 ところが、である。この曲、確かにあからさまな歌詞で始まるのだが、セクシャルなイメージを抱かせるのは冒頭の部分だけ。あとはいかに自分が男に相応しい女であるかをあくまでも品よく綴っていくのである。デスチャ時代に、現代最高峰の歌姫にしてセックスシンボルの筆頭のようなビヨンセの影となりながらも、その清廉な美貌とコケティッシュな魅力でファンを魅了したケリーを知る者には、冒頭の歌詞にすら、男の仕事のストレスを軽減させようとする、けなげな女性像が浮き立ってくるほどなのだ。朝のmorning、喜悦の声のmoaning、と韻を踏むためだけに歌詞にしたわけではないだろうが、メロウな曲調もあいまって、R&Bシーンではベッドルーム・バンガーと称される、この官能的なR&Bチューンがどこか癒し系にすら聴こえてくるから興味深い。偏見なく聴けば、そこにロマンティックな響きを感じることもできるだろう。

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Z世代がコーヒーで醸し出す、ロマンティックなイメージ。

 一方、ベッドで飲む目覚めのコーヒーのロマンティックなイメージを、そのまま素直に歌詞に託した曲もある。その代表格が、フィリピンに生まれ、ロンドンに育った、Z世代の女性シンガー・ソングライター、ビーバドゥービーの出世作「Coffee」だ。

 なんでも彼女、ロンドンのカトリック系の女子校に通ったもののフィリピン系の生徒が自分だけだったため、とても辛い経験をしたのだとか。そんな彼女を救ったのが音楽。父親から中古のアコースティック・ギターをプレゼントされると、独学で弾き方を習得し、初めて書き上げた曲が「Coffee」だったという。ベッドにいる、まだ少し寝ぼけた大好きな男の子に献身的にコーヒーを淹れてあげると歌う、10代の少女らしいまっすぐな感性のローファイ・ラブソングなのだが、その実直な想いがエバーグリーンな曲調やアコースティックなサウンドと響き合い、なんとも幸せな聴き心地へと誘ってくれるのだ。YouTubeにアップロードされると、同じZ世代の若者を中心に数日で30万回以上のストリーミングを記録。この人気に目をつけた音楽レーベルと契約し、スター街道を駆け上がる礎となった曲だけに、その原石の魅力はいまも輝きを放ち続けている。

 ちなみにこの曲、2019年にカナダのラッパー、パウフーの曲「death bed」にフィーチャーされ、TikTok41億回再生の大記録樹立に貢献。彼女が献身的にコーヒーを運ぶのは、ベッドにいる死期の近い男という筋書きで、パウフーの男性目線のラップが泣けると評判を呼んだのだった。

 目覚めの朝も、最期の瞬間も、コーヒーはいつでも安らぎに満ちている。

ケリー・ローランド「Coffee」

2020年4月にリリースされた、ミディアムテンポのベッドルームR&B。ソングライティングには、ケリーの他に、LAの人気メロウ・ソウル・バンド、ジ・インターネットの中心人物シドも関わっている。品のある官能性がいかにもケリーらしい楽曲。

ビーバドゥービー「Coffee」

ビートリス・クリスティ・ラウスのソロ・プロジェクト、ビーバドゥービーの名を一躍有名にした、2017年のデビュー曲。YouTubeにアップロードされると30万回以上のストリーミングを記録、時代を担うポップスターへの階段を駆け上がる出発点となった。

文・山澤健治(フリー・エディター&ライター)/イラスト・龍神貴之
更新日:2022/09/29
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