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COFFEE BREAK
インタビュー-Interview-
泉麻人【作家】
いまも忘れられない、寒中のホットコーヒー
泉麻人【作家】
当時、僕は慶應義塾大学の附属中学に通い、サッカー部に所属していました。いつも港区三田の綱町グラウンドという場所で練習していたのですが、敷地の中に古びた木造の管理人の家があったんです。そして、なぜかこの家の中ではいつもコーヒー豆が焙煎されていました。それが趣味だったのか、実際に商売のための仕事だったのかはわかりません。ただサッカー部の厳しい練習の思い出に、あの豆を焙る強い匂いが分かちがたく重なっています。
そして、久しぶりの友達に会ったときは、「コーヒーを飲みに行こうよ!」と、声をかける。「久しぶりにゆっくり話そうよ!」というニュアンス。これも、とても日常的な会話です。
レストランを経営していた父の知り合いに、コーヒー農園を営んでいる日系の方がいて、幼い頃、私も家族と共に遊びに行った記憶があります。私が住んでいたサンパウロから、車で1時間半ほどかかる場所にありました。農園で栽培された出来のよいコーヒー豆は全て輸出にまわし、選別から外れた豆が、ブラジルの一般家庭で飲まれます。当時はまだ子どもだったのでわかりませんでしたが、コーヒーを飲みはじめてからは、この一般的なブラジルコーヒーが、どのコーヒーよりも美味しいと感じています。品質の評価は低いのかもしれませんが、私にとって、ホッとできる味なのです。
映画のワンシーンに憧れて、中学生でブラックを飲んだ。
味の記憶となると、中学2、3年の頃でしょうか。ちょうどグループデートのようなことが流行って、友達何人かでロードショーに行き、その後、喫茶店に入ってコーヒーを飲んでいました。
その頃に見たアメリカ映画で『おもいでの夏』(監督ロバート・マリガン)という作品があります。夏の避暑地で男の子のグループと女の子のグループが出会うという青春物語なのですが、男の子のひとりが別荘地で未亡人の女性に誘惑されるのです。その時、少年は年上の女性の前で格好をつけて、コーヒーをブラックで飲む。そのシーンが印象的で、一時期、ブラックコーヒーを飲むのが仲間内で流行しました。僕も苦いのを我慢して、ミルクも入れずに飲んだことがありましたね。
大学時代はアメリカンコーヒーの全盛期で、今でいう浅煎りをいつも飲んでいました。70年代後半くらいまでは、どこの喫茶店でもアメリカンが看板メニューだったと思います。その後、アレンジしたメニューが増えましたが、僕自身はシンプルなコーヒーが好きですね。砂糖はほとんど使わず、ミルクがあれば少し入れる程度です。
いままで本当にいろんな場所でいろんなコーヒーを飲み、自分で淹れることもあれば、家族や友人が淹れてくれたこともあります。だいたい人が振る舞ってくれるコーヒーは美味しいものですが、中でも記憶に残っているのは、アウトドアで飲んだコーヒーの味です。
ある高山に登った時、同行していた人がポットにコーヒーを持ってきて、それをごちそうしてくれた。寒中、野外で飲んだ熱いコーヒーは忘れられません。それは簡素な、しかしその場でしか感じることのできない美味しさだったと思います。
僕は散歩が好きで、街並みの中のひとつの存在として、喫茶店に興味があります。きっと店の佇まいのようなものが好きなのでしょう。高級住宅街であれば落ち着いた雰囲気が似合うでしょうし、多少柄の悪い場末の町なんかの場合、テーブルにインベーダーゲームがいまだに備えつけられてあるような店でも許してしまう。
こういう喫茶店に入る目的は、散歩の途中でのひと休み。そして、もうひとつの目的は、その場の雰囲気を嗅ぎとりたいからなんです。地域の風土に馴染んだ場所に単身で入りこんで、常連客や店の人の会話を、じっと黙って聞いている。そんな過ごし方が僕にとっては心地よい。
地方によって異なる、喫茶店のスタイル。
これまで日本各地の喫茶店に立ち寄りましたが、西日本はコーヒー文化がより深く定着しているような気がします。京阪神の町でふらりと喫茶店に入ると、一見、ごく普通の店でも、コクのあるちゃんとしたコーヒーを出す。特に大阪は商人文化が強いからか、東京とは少し違った印象があって、年配のひとり客が目につきますね。
また名古屋圏もコーヒーにつまみが出てきて面白い。数年前、長野県の伊那の方から峠を越えて、愛知県の端にある稲武という町に行ったことがあります。岐阜と長野の県境にあるこの町の喫茶店に入ったら、コーヒーと一緒に柿の種が出てきました。名古屋圏特有の文化がこういう形で浸透しているんだ、と感心したことを覚えています。
日常に戻っても、1日1杯は必ずコーヒーを飲みます。仕事を始める前にちょっと飲んで、くつろいだ状態で原稿を書き始めることが多いですね。若い頃と比べると多少、味へのこだわりも出て、好みがわかってきましたし、いつかコーヒー豆を研究して、僕のオリジナルブレンドを作ったら面白いかもしれないと考えることもあります。
もっとも今は他にもやりたいことが沢山あって、なかなかそこへ辿り着けない。おそらく当分、コーヒーとは、今のようなフランクな付き合い方を楽しんでいくのだろうなと思っています。
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