COFFEE BREAK

インタビュー

インタビュー-Interview-

2019.08.30

横尾忠則【美術家】

横尾忠則【美術家】

仕事と私とコーヒーと。 Vol.16
横尾忠則【美術家】

ビジュアルアートから文筆活動まで、常に独自の観点で作品を作り続ける横尾忠則さん。思い出とともに話してくれた、コーヒーのエピソードとは。

 長年、コーヒーの味になかなか馴染むことができなかった。

「初めて飲んだコーヒーは、焼き芋の焦げたような匂いがしました。おそらく社会人になってからだったと思います。その匂いが苦手で、しばらく自分から積極的に飲むことはありませんでした。ところがその後、1970年代になって、一年間、ほぼ毎日コーヒーを飲むという経験をしました。週刊誌の連載小説の挿絵を描くことになり、作家の柴田錬三郎さんと一緒に一年間ホテルに缶詰になったのです。朝昼晩、食事も一緒で、朝食の時に柴錬さんはいつも煙草はラーク、コーヒーはブルーマウンテンを飲んでいました。コーヒーと煙草はダンディズムとして飲むべし、と柴錬さんに勧められて、僕も毎日飲みました。必ず一緒に出てくる小さなお菓子があって、それがブルーマウンテン・コーヒーの味とよく合っていました」

 親交のあった俳優・高倉健さんともよく一緒にコーヒーを飲んだ思い出が。 「あの方はものすごくコーヒーが好きで、1日に10杯、20杯と飲んでいたと思います。喫茶店に行くと必ずコーヒーで、車の中にもいつでもコーヒーを飲めるようなセットがありました」

パリのエスプレッソで、コーヒーの魅力に開眼。

Illustration by takayuki ryujin

「僕が心底、美味しいと思ったコーヒーは、20〜30年前にパリのサン・ジェルマン・デ・プレの喫茶店で飲んだエスプレッソ。お客さんのほとんど全員が飲んでいるので、注文してみたのです。するとものすごく強い味で。思わず砂糖を3杯か4杯入れて、ドロドロにして甘ったるくして飲んだら、これがすごく美味しい。それ以来、エスプレッソのファンになって、喫茶店に入るといつもそれを飲むようになりました」

 衣服や雑貨のデザインも手がけ、その中にはコーヒーカップもある。 「ちょっと不気味なのがいいのではないかと思って、髑髏の絵を入れたカップ&ソーサーを作りました。アトリエに打ち合わせなどで来客があると、そのカップでレギュラーコーヒーをお出しして一緒に飲みます。今は身体のことを考えて甘いものは控えているのですが、そのコーヒーには砂糖を入れます。やっぱりそのほうが美味しいから(笑)。絵を描いている時は自分では知らないうちに大量の汗をかいているようで、脱水症状になるのを防ぐためによく水を飲むようにしています」

 最近は30〜40年前の未完作品に、新たに手を加えることもしている。 「この作業はある意味、遊びみたいなものですが、それは破壊することでもあります。過去の自分の作品と向き合うのはちょっと奇妙な感じですが、僕は生活も人間関係も、流動して変化しているのが好きなんです。だから自分の作品も静止しているより動いているほうがいい。この1〜2年に制作して発表した作品も、20年、30年と離れて再び見た時に、手を加えることもあるかもしれません。年を取ってきて今は目が霞むこともありますが、このぼんやりとした感じを絵に生かすことができるかもしれないと思って、あえて眼鏡をかけずに描くこともあります。そういう風に肉体のハンディキャップを絵に転換していくということもおもしろいのではないかと思っています」

文 牧野容子 / 写真 河内彩 更新日:2019/08/30
PROFILE
横尾忠則(よこお・ただのり) 1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、小說『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞、『言葉を離れる』で講談社エッセイ賞受賞。
横尾忠則【美術家】
PAGE TOP