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COFFEE BREAK
インタビュー-Interview-
別所哲也【俳優】
仕事と私とコーヒーと。 Vol.8
別所哲也【俳優】
俳優、ラジオのナビゲーター、映画祭の主宰など、多彩に活躍する別所哲也さん。"コーヒーとは切っても切れない関係"という半生を振り返ります。
「僕の毎日にコーヒーは欠かせません。月曜〜木曜、朝6時からのラジオ番組をやっていて、5時過ぎには現場に入るのですが、ビルの33階にあるスタジオからの眺めは抜群。朝の光を受けながら飲むコーヒーの味は格別です。舞台のリハーサルや打ち合わせ、こうして取材を受けている時も、いつもコーヒーが傍にあります」 別所哲也さんのコーヒーの歴史は、子供時代の祖母との思い出に遡る。 「大正生まれの祖母はとてもハイカラな人で、自宅では週末の朝はフレンチトーストとカフェオレ。豆はミルで挽いて、ぺーパーフィルターでいれていました。近所のコーヒー店に連れて行ってもらうと、僕はまだ子供でコーヒーは飲めないのですが、マシンとしてのサイフォンを見るのが大好きでした。ガラスの中をお湯が上って、その後でコーヒーが静かに降りてくる様子を、飽きずにじっと眺めていたものです」
大学在学中に演技の道を志すようになり、卒業後にはハリウッド映画への出演が決定、アメリカへと渡った。 「映画のためにロサンゼルスに1年半滞在したのを皮切りに、80年代後半〜90年代にかけて西海岸を中心にたびたびアメリカを訪れました。サンフランシスコ、オレゴン、シアトルなど。思えばその頃はちょうどアメリカのコーヒー事情も変化している時期。最初に行った頃は〝黒い水〟と揶揄される薄味の飲み物でしたが、90年代に行った時には、いわゆる〝シアトル系コーヒー〟が人気になっていました。ちょっと濃いめのコーヒーにナッツの香りやバニラのエッセンスを加えたものを、テイクアウトして飲み歩くというスタイルが大流行。コーヒーはオシャレな飲み物になっていた。数年でずいぶん進化したものです。それが全米、世界へと広がっていったわけですね」
さらにアメリカではもう一つの大きな出合いが。それがショートフィルムだ。その魅力を伝えたくて、99年に日本で国際短編映画祭をスタートさせた。
「旅先で美味しいコーヒーに出合ったら、誰かにその美味しさを伝えたい、気持ちを分かち合いたい、と思う。映画祭もまさにそんな感じです。この短編映画をとにかく見てほしい、見た人はどんな顔をして味わってくれるんだろう......という一心で始めました」
尽きることのない、ショートフィルムへの想い。
その後、自ら国内初の短編専用の映画館も開設。映画祭は年を経るほどに盛大になり、今年は100以上の国と地域から約5,000本の応募があった。
「こんなに長く続くとは思っていませんでしたが、まさに自分の子供のように、年々大きく育っていくのだなあと感慨深いものがあります。ショートフィルムは若手作家の登竜門でもあり、かたやマーティン・スコセッシのようなベテラン監督が70億円をかけて作ったりと、無限の可能性を秘めている。長編にはない世界観や表現が詰まっています。俳優として舞台に立つのも、映画館を経営するのもラジオで話すのも、僕にとって興味の源泉は同じ。驚きや感動を、誰かと分かち合えたらいいなと、そんな思いでやっています。これからも挑戦は続けていきたい。そこに香り豊かなコーヒーがあれば言うことなし、です」