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2012.06.27

糖尿病予防にカフェインが効く?

現代病として恐れられる糖尿病。患者数は年々増えているが、コーヒーはその予防に一役買う可能性があるという。コーヒーが果たす予防のメカニズムとは?

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 2011年に交通事故が原因で亡くなった方は4611人。まだ多いものの「交通戦争」と呼ばれた昭和30年~40年代の最悪期は、死亡者数が1万6000人に上ったことを考えれば、大幅に減ったといえるだろう。しかし、それとは逆に昭和30年代から増えているのが糖尿病だ。現在、糖尿病に関連した病気で亡くなる人の数は年間およそ1万4000人。実に交通事故の3倍以上の方が糖尿病で亡くなっているのだ。そして今、コーヒーは糖尿病予防の役に立つ可能性があるのではないかと注目されている。

わずか半世紀たらずで、糖尿病患者数は約30倍。

 日本の推定糖尿病患者数は1060万人(2011年)。しかし、昭和30年代の推定糖尿病患者数はおよそ30万人だったと考えられている。たった50年間でおよそ30倍になっている。神戸大学大学院医学研究科糖尿病・内分泌内科学部門の准教授で、神戸大学病院糖尿病・内分泌内科の診療科長も務める小川 渉氏に、糖尿病に関する国内の現状を聞いた。

「糖尿病の中でも特に『2型糖尿病』が増えています。しかも糖尿病の可能性を否定できない『予備軍』が1320万人もいる。そのまま何もしないでいると、10年以内に『予備軍』の約半数は糖尿病になってしまうという危機的状況です」

 糖尿病にはいくつかのタイプがある。インスリンをつくる細胞が破壊されて起こる「1型糖尿病」や、遺伝子の異常や肝臓や膵臓の病気や感染症などほかの病気が原因となるもの、さらに妊娠中に発見される「妊娠糖尿病」などがある。急増している「2型糖尿病」は、食べすぎや運動不足、酒の飲みすぎといった生活習慣が関係している。日本の糖尿病の95%はこのタイプである。

 誘因は大別して2つあり、これらが作用して発症する。
①インスリンの出る量が少なくなる
②肝臓や筋肉などの細胞がインスリン作用をあまり感じなくなる。
 つまりインスリンの働きが悪いために、本来エネルギー源となるべきブドウ糖がうまく取り入れられなくなるブドウ糖は、食べ物や飲み物を消化して体を動かすエネルギー源となるものだ。血液で体の細胞に運ばれ、筋肉や臓器で使われる。糖尿病の検査基準となる「血糖値」とは、血液中にブドウ糖がどれくらいあるかを示すもの。糖尿病になると、そのブドウ糖が細胞の中に運ばれなくなり、血液の中にあふれてしまう。

 原因は、インスリンというホルモンが足りなくなったり、うまく細胞に作用しなくなってしまうからだ。インスリンはブドウ糖のコントロールをつかさどっているので、これが機能しなくなると筋肉や内臓にエネルギーが行き届かなくなる。

 糖尿病患者が日本で急激に増えている原因について、小川氏は「食べ物を含む日本人の生活様式が大きく変わったことです」と指摘する。そして「体質」も原因の1つだという。

「もともと日本人は糖尿病になりやすい遺伝的要因をもっているようです。ごくおおまかにいうと、日本人はインスリンを出す力が欧米人、特に白人に比べて弱いようだと考えている研究者が多い。日本古来の生活をしていれば糖尿病にはならなかったけれども、この半世紀で生活が大きく変わったから増えたのだといわれています」

 つまり、日本人の生活スタイルは、脂肪分をより多く摂取するようになり、第3次産業に従事する人が増えたことで運動量も低下して肥満傾向が強くなっている。これらはいずれもインスリンの効き目を悪くする要因だ。

 もともとインスリンの出方が悪い体質なのに、生活習慣の変化でインスリンの効き目も悪くなった。糖尿病に至る原因が2つ重なったため、患者数が増えているのだ。

「インスリンをたくさん出すことができると考えられている欧米白人は、日本人よりもはるかに太っている人が糖尿病になる。しかし、日本をはじめとする東洋人の糖尿病患者はあまり太っていない人が多い。肥満になる前に糖尿病になるともいえるでしょう」

 肥満になりにくい日本人は、さほど太ってはいないのに体が耐えきれなくて糖尿病になる。つまり、日本人は気づかないうちに糖尿病になってしまう率が高いともいえる。

「2型糖尿病」ならば、生活習慣で予防できる。

 糖尿病の初期は痛みなどの自覚症状がないので、健康診断で血糖値が高かったり、治療が必要といわれても何もしない人が多い。しかし、糖尿病を放っておくとたいへんなことになる。合併症が危険なのだ。

 糖尿病の合併症には、①人工透析が必要となる「糖尿病性腎症」、②視力が弱まり、ときには失明する「糖尿病性網膜症」、③手足のしびれや筋肉の委縮などが起こる「糖尿病性神経障害」の3つがある。

 糖尿病性腎症は、人工透析を受ける原因の第1位である。1日3~4時間の透析を週に3日は受けなければならない。患者の日常生活は大きな制約を受ける。失明に至るケースもある糖尿病性網膜症、立ちくらみや発汗異常など自律神経障害の症状も現れる糖尿病性神経障害も恐ろしい病気だ。

「合併症になると、患者さんの生活はたいへんな負担を伴います。例えば糖尿病性腎症が原因で透析を受けておられる方の総数は11万人ですが、さらに年間1万6000人の方が人工透析を新たに導入しているのです」

 付け加えると、1人あたり年間約500万円の費用がかかるので、関連医療費もたいへんな額になる。小川氏の試算では、人工透析、失明、壊疽による肢切断、さらに脳卒中や心筋梗塞の危険性が3~4倍に高まるため、年間でおよそ2兆円を超える糖尿病関連医療費がかかっているという。

 しかし、糖尿病の合併症に関していえば「予防できる」という点が重要だ。仮に糖尿病になったとしても、血糖値が高い状態が5~10年続かなければ、合併症は起こらないからだ。早期からきちんと治療をすれば「合併症の発症」は(理論的には)ほぼ100%予防できる。また、「2型糖尿病」の場合は、生活習慣に気をつければ「糖尿病の発症自体」もかなり予防できるのだ。

「病気には予防法がないものもたくさんあります。どんなに気をつけていても、私がある種のガンになる可能性は否定できません。しかし、糖尿病特有の合併症は、きちんと治療すれば理論的にはほぼ完全に予防できるのです」

 小川氏によると、「糖尿病予備軍」の人たちが生活習慣を改善し、体重を減らせば6割くらいは糖尿病の発症を予防できるという。そのために大切なのは「食事習慣」と「運動習慣」、「肥満の解消」という生活習慣だ。これらが改善できれば、「2型糖尿病」は予防できる。

 さらに小川氏は「コーヒーを飲むことが、場合によってはその改善に寄与できるかもしれないのです」という。図2を見てほしい。これは国内11の保健所と国立医療センターによるコホート研究(注1)の調査データだ。コーヒーを飲む人の方がコーヒーをほとんど飲まない人よりも糖尿病にならない率が2割くらい多いという結果が出ている。これはなぜだろうか。

(注1)コホート研究 長期間にわたり、特定の地域や集団に属する人々を対象とする大規模追跡調査のこと。健康状態と生活習慣などさまざまな要因を調査する。

予防に有効な遺伝子を増やすカフェインの働き。

 小川氏はコーヒーの中に含まれるカフェインが糖尿病予防に役立つのではないかと考えている。その根拠は、カフェインを体内に摂りこむと、運動したときと同じような効果(運動類似効果)を体に与えることにある。

 先ほど「2型糖尿病」の原因として、①インスリンの分泌が悪い場合、②インスリンの感受性が悪い(インスリンの効き目が悪い)場合の2つを挙げた。②に関しては運動や肥満解消が改善につながることがわかっている。そこでカフェインが糖尿病を予防する役割を果たすかもしれないと考えられるのだ。

 ちなみに小川氏は、②の分野の研究者だ。
「大学院に入るころ、インスリンの作用など糖尿病の発症にかかわる基本メカニズムが解明されはじめていたので、糖尿病を専門に研究しようと思ったのです」

 以来、糖尿病の新しい治療法や新薬の開発につなげようと、ミトコンドリアの機能を決定する遺伝子や機能にかかわるメカニズムを研究している。

 小川氏は「骨格筋のミトコンドリア機能」に着目した。MRスペクトロスコピー(注2)で細胞内脂肪含量を簡単に量ることができるようになると、骨格筋の細胞内脂肪含量が増えることがインスリン感受性の低下につながるというメカニズムがわかってきた。

「ミトコンドリアとは細胞内に存在する器官です。脂肪や糖を燃焼してエネルギーを産出する『発電所』のような役割を果たしています。骨格筋の脂肪含量を決めるのはミトコンドリアの機能ですが、その機能が落ちると脂肪が溜まり、インスリンの効きは悪くなります」

 ミトコンドリア機能の制御に重要な働きをする遺伝子の1つが「PGC1α」だ。実はこの遺伝子を増やす働きがあるのでは、と以前から考えられていたのがカフェインだった。

 肥満の糖尿病患者の細胞でPGC1αの発現を見ると、たしかに減っているそうだ。つまり、PGC1αが減ると、ミトコンドリアの機能や脂肪酸化に障害が起き、インスリンの効きが悪くなる。

 逆に、PGC1αが多く存在していればミトコンドリアの機能は上がり、脂肪がよく燃える。運動すればPGC1αは増えるし、コーヒーに含まれているカフェインを摂ってもPGC1αは増加していく。

「PGC1αの遺伝子をうまく増やしていくことができれば、肥満してもインスリン感受性が悪くならないようにできるかもしれない。また、カフェインは運動していないのに運動したのと同じような効果が得られるので、カフェインを含むコーヒーには『糖尿病の予防効果がある可能性がある』といえるのです」

 図4は、小川氏が実験した結果をグラフ化したものだ。マウスを運動させたときのPGC1α遺伝子の発現量(増加倍率)と、カフェインで骨格筋細胞を刺激したときの発現量を表している。カフェインは明らかに運動に似た作用を及ぼすことが見て取れる。

 この半世紀で変わったのは、糖尿病の「後天的な要因」だけだ。先天的な要因がたった50年で変化するとは考えにくい。ならば、30倍にも増えてしまった糖尿病の患者数を、元通り30分の1に減らすことさえ可能だと小川氏は考えている。

「遺伝子を操作することで、運動してもPGC1αが増えないようにしたマウスは、やはり太ったり糖尿病になりやすい傾向があります。それは動物実験で確かめた事実です」

(注2)MRスペクトロスコピー MRIの装置を使う測定法。MRIは通常「画像」として見るが、物質の量を量ることもできる。MRスペクトロスコピーによる骨格筋脂肪の測定は、日本では神戸大学ともう1大学でしか行なっていない。

コーヒーを楽しみながら、謎の成分に思いを巡らす。

 医学に携わる研究者は、病気のメカニズムを明らかにするだけでなく、効果の高い薬の開発もめざしている。もし、運動しなくても運動したのと同じ効果が得られる物質があれば、糖尿病の予防薬や治療薬になるはずだ。

「それが私の研究のメインストリームですが、すでに知られている物質にも、同じような作用をもたらすものがあります。その1つがカフェインです」

 カフェインはPGC1αという極めて重要な遺伝子を増やすことができる。だからこそ「コーヒーには糖尿病の予防効果がある可能性がある」といえるのだ。

 ただし、誤解してほしくないことがある。もっとも重要なのは「生活習慣を改善すること」という点だ。コーヒーさえ飲んでいれば予防できるという性質のものではない。

「私は1日にコーヒーを必ず5~6杯は飲む『Coffee lover』なんです」と笑う小川氏に、コーヒーの楽しみ方を聞いてみた。

「1日にコーヒーを5~6杯飲む人は糖尿病の発症が少ないという調査結果がすでにあります。その程度の量なら飲みすぎの心配もありません。ただし、眠る前にコーヒーを飲むと人によっては寝つきにくくなるので、それだけは気をつけてください」

 コーヒーにはさまざまな成分が含まれている。だから、各種のコホート研究が示すコーヒーの糖尿病予防効果は、カフェインだけでもたらされたものではないかもしれないと小川氏は話す。

「コーヒーは食物ですから多種多様な成分を含んでいます。その中の1つの成分だけが重要であるとは言いきれないのです。複合的な要因があるのかもしれません」

 カフェインがミトコンドリアの機能を高めることは明らかになったが、コーヒーはまだまだ謎を秘めている。ならば、味や匂いを楽しみながら、解明されていないそれらの謎に思いを巡らす――。そんなブレイクタイムがあってもよいかもしれない。

小川 渉
(おがわ・わたる)

神戸大学大学院医学研究科糖尿病・内分泌内科学部門准教授。神戸大学病院糖尿病・内分泌内科診療科長。医学博士。1984年神戸大学医学部卒業。米国スタンフォード大学分子薬理学研究員などを経て2007年から現職。
文・前川太一郎 / イラスト・ヨコイエミ
更新日:2012/06/27
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