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COFFEE BREAK
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母のコーヒー習慣で、子が太りにくくなる?
「メタボリックシンドローム」という言葉は一般化し、「メタボ」という略称も日常会話でふつうに登場する。メタボとは生活習慣病の前段階の状態を指す。糖尿病や心臓病、脳など血管の病気の原因となるものだ。メタボと認定された人は、メタボではない人に比べて、2型糖尿病(注1)になるリスクが3〜6倍にのぼるほか、心血管疾患およびそれによる死亡のリスクは1.5〜2倍になるといわれている。
また、最近では肥満児が増え、小学生でも2型糖尿病を発症する例が増えている。運動不足や肥満などのほかに「妊娠・授乳期の母親の栄養状態」も要因として挙げられている。つまり母親が口にしたものが胎内に宿る子どもの将来の健康や病気の発症に影響を及ぼすといわれているのだ。
妊娠・授乳期の母親がコーヒーを飲むことで子どもに与える影響を研究した東北大学大学院 農学研究科 准教授の都築 毅さんにお話を聞いた。
人の健康に与える食べものの影響。
都築さんは食品や食品の成分、食の機能性などを研究している。高校生のとき、食べものが人の健康に与える影響について興味を抱き、「病気にならないようにするための方法」を模索しようと農学部へ進学する。
「がんを治療するのではなく、がんにならないための方法を探したかったので、食品科学を学ぶ道を選びました」
しばらくは脂質を研究していた都築さんだが、「食事はいろいろなものの集合体だから1つの成分だけを研究してもわからない」と考えて、さまざまな物質を調べるようになった。
「人間は食事によって何千もの成分を体内に取り込んでいますが、なかには効果を打ち消しあうもの、逆に効果を増強する働きをするものもあります。俯瞰して食事を考えることは、人が健康でいるためにとても大切です」
都築さんによると、メタボリックシンドロームとは「放っておくと死に至る病気になる状態」。だから手遅れにならないように積極的に介入しようと新たにつくられた「病気」である。内臓脂肪量が基準を超え、血圧、コレステロール値、血糖値、中性脂肪値のうち、2項目が基準を超えたらメタボと認定され、薬が処方される。しかし、数値は高くても基準に達しない人に薬は処方されない。その人はどうしたらよいのか?
「数値を下げたいと思ったとき、自分でできることは食事と適度な運動の2つだけ。もしも毎日食べるものに気をつけることで健康になれるとすればみんなが幸せですよね。『メタボになる前にできる方法を、科学的根拠を示しながら伝えたい』というのが私たち食品科学の研究者の目標なのです」
毎日の食事を通して摂りこむ成分によって体を少しでも健全な状態に保つことができれば、その人や家族など周囲の人にとって喜ばしいことだ。社会保障費の抑制を迫られている日本のためにもなる。そうした思いで都築さんは日々研究に取り組んでいる。
母の食事によって、子は体質を変える。
都築さんの研究課題は多岐にわたるが、そのうちの1つに「妊娠・授乳期の母親の栄養状態が子どもに与える影響」がある。妊娠・授乳期の母親の栄養状態は、胎内にいる子どもの将来の病気の発症リスクに大きな影響を与えることがわかっている。
「これは『DOHaD』(注2)と呼ばれています。『子どもの病気の起源は母親の胎内にある』という概念です。胎児のとき、そして生まれて間もない頃の子どもは、体質の変化が激しいため、母親に強い影響を受けるのです」
都築さんは、一例としてナチスの占領下にあったハンガリーを挙げた。
「戦時中、ハンガリーの人たちは妊婦も含めて大変な飢餓状態にあったそうです。そして戦争が終わり、ある程度ふつうに食事ができるようになりました。ところが、戦争中に母親の胎内にいて、戦後に生まれた子どもたちが20歳になる前、次々と糖尿病になってしまったのです。これは、子どもは自分の母親を通じて外の世界を見ていることに起因します。母親がたくさん食べていれば『飽食の世界なんだ』と思い、母親が少ししか食べなければ『飢餓の世界なんだ』と思って、適応できるように体質を変えていくのです」
飢えた世界でも大丈夫な体質にして生まれてきた子どもたちにとって、戦後の食事はあまりにも高エネルギーだった。だから少ない栄養分をしっかり蓄える体質に整えた子どもたちが、糖尿病になってしまったという皮肉な話である。
今も「DOHaD」に基づき、妊娠・授乳期の母親が摂る食品成分が将来の子どもの病気に何かしらの影響を与えるのではないかと研究が進められている。
「高脂肪な食事をしていた母親から生まれた子どもは、たとえふつうの食事をしていても、ほかの子どもに比べて太りやすいことがわかっています。さらに最近では、太りやすい子の子ども、つまり母親から見たら孫にまで影響が及ぶということも判明しました」
妊娠中にコーヒーを1杯飲むとどうなるか。
母親が胎児・子どもに与える影響はそれほどまでに強い。「だとすれば、逆に母親が摂る食事に含まれる成分には、子どもの体質をよい方向に導くものもあるのではないか」と都築さんは考えた。まさに逆転の発想である。その研究に着手しようとしたとき、真っ先に注目したのがコーヒーだという。
「妊娠中の女性がカフェインをたくさん飲むと胎内の子どもによくない影響が出るという説があります。例えば1日にコーヒー約6杯分のカフェインを飲むと乳幼児期の子どもの肥満率を増加させるという論文も発表されています。しかし、コーヒーにはポリフェノールの一種であるクロロゲン酸などさまざまな機能性をもつ成分が含まれていて、抗酸化作用や抗肥満作用があることも報告されています。そこで『コーヒーを少しだけ飲むとどうなるのか調べてみよう』と考えました」
コーヒーと胎内の子どもに関する先行研究はほぼなかった。ただし、妊娠・授乳期の母親に対する実験は倫理上できないのでマウスを用いた。狙いは、母親が食後にコーヒーを1杯だけ飲んだときに現れる影響を探ること。
「それによって、例えば子どもが内臓脂肪を溜めにくくするような体質を獲得して生まれてきたとすれば、今の社会情勢、つまり共働きが増え親がバランスのよい食事を用意することができず、ついつい高エネルギー食になって肥満の子どもが増えてしまう......という時代に合った体質といえます」
朝食を摂らない20代、30代は多い。この世代が親になれば、子どもも朝食を食べずに学校に行くのが常態になる。欠食した子どもはお腹が空いた状態で給食をドカ食いして内臓に負担をかけるうえ、ゲーム機の普及で外遊びをする時間が減って慢性的な運動不足にもなる。こうした社会的な変化も、子どもが糖尿病を発症する一因だと都築さんは指摘する。
コーヒー食の母の子は、エネルギーを消費しやすい。
今回の実験にあたって、都築さんの関心はカフェインにあった。
「ある種のポリフェノールには内臓脂肪を溜めにくくする働きがあることがわかっているため、コーヒーに含まれる少量のカフェインも効くのではないかと考えたのです」
実験1は、まず妊娠させたマウスを2つのグループに分け、1つには普通のエサを、もう1つにはコーヒー食(通常のエサにコーヒーの粉末を0.1%、およそ食後コーヒー1杯分を添加した試料)を、子どもを出産して離乳するまで与えた。生まれた子どもには通常のエサを与え、8週間飼育したあとに解剖し、血清や臓器を採取して分析した。
「子どものマウスはヒトにたとえると小学校高学年から中学生くらいで解剖しました。すると母親のマウスがコーヒー食を食べていた子どもたちは内臓脂肪が減っていたのです」
実験2は、子どものマウスが太りやすい状況をあえてつくって行なった。母親に対する手順は同じだが、生まれた子どもには通常のエサではなく、高脂肪食を与えた。これは肥満に誘導したときの差異を調べるためだった。
「高脂肪食を与えましたが、結果は実験1と同じで、母親がコーヒー食を食べていた子どもたちの方がそうでない子どもたちよりも内臓脂肪が少ないという結果になりました」
高脂肪食という負荷にもかかわらず、内臓脂肪がある程度減少する現象が見られたことから、都築さんは母親のコーヒー摂取によって内臓脂肪が溜まりにくい体質を獲得したと考えた。さらにこのメカニズムを解明するために、脂質の代謝(脂質の生成と消費)に中心的な役割を果たす肝臓の遺伝子について調べた。
「肝臓の状態がよかったのです。調べてみると、肝臓に脂肪を溜める遺伝子の発現が減少し、逆に脂肪を消費するような遺伝子の発現が高まっていました。これは実験1と2ともに同じ傾向です。肝臓は筋肉以外の臓器のなかでもっともエネルギーを消費するところです。つまり、コーヒー食を食べた母親から生まれたマウスの子どもは、エネルギーが消費されやすい体質になると考えられます」
実験1も2も、内臓脂肪が減って脂肪を溜める働きも落ちていることから、「妊娠・授乳期の食後1杯程度のコーヒー摂取は、子どもの肥満発症リスクを低下させる」ということが明らかになった。
成分の有力候補は、カフェイン。
都築さんはこの結果を「はっきり言って意外でした」と語る。
「コーヒーについては『多少なら飲んでも悪い影響がない』という結果が出ればいいと思っていました。そうすれば妊娠・授乳期の母親に『少しならコーヒーを飲んでもいいですよ』というメッセージが出せますからね。ところがはっきり差が出ましたので『こんな効果があるのか』と驚きましたし、コーヒーに対する認識が変わりました」
具体的にコーヒーのどの成分が効くのかはこれから探っていくが、カフェインがその候補の1つであることは間違いないと都築さんは考えている。
「実は、デカフェを用いて同様の実験を行なったのですが、その効果はふつうのコーヒーを用いたときよりも少し弱まったんです。とすればカフェインは有力な候補といえるでしょう」
今後は成分をある程度特定することと、その成分がどのように働いて肥満発症リスクを抑えるのかというメカニズムの解明を目指して研究を続ける。
「最初にお話ししたように、人間が摂りこむ何千もの成分のなかには、一緒に摂ると効果を打ち消してしまうものや逆に効果を強める組み合わせもあります。メカニズムがわかれば、効果をさらに増強する食品成分とコーヒーを一緒に摂ることで、より高い効果が得られる可能性があるのです」
正しい食事と運動で健康な状態を保つ。
自身もデスクワークのときに一息つくためにコーヒーを1日5〜6杯飲むという都築さんに、メタボにならず健康を保つためのコツをお聞きした。
「疫学的な調査でコーヒーを1日2〜3杯飲むとメタボを抑制する効果があることはわかっていますので、休憩がてら飲むのはよいですね。ただし、忘れてほしくないのはバランスのよい食事と適度な運動が基本ということです」
都築さんによると、理想的な食事は小鉢がたくさん並ぶ「旅館の朝ごはん」。少しずついろいろなものを食べることで、さまざまな成分を体内に摂りこめるからだ。また、マスメディアの過剰な情報に踊らされないことも大事だと警告する。
「例えば『納豆は血圧を下げる』とテレビで紹介されると、翌日のスーパーの売り場から納豆が消えるという現象が起きますね。たしかに納豆は血圧を下げる働きはありますが、血圧の高い人が納豆と一緒に塩分や脂質の多いラーメンを食べて『これで帳消し!』と思うのは大きな間違いです。ごはんと汁物とおかずをバランスよく食べるベースがあってこそ、納豆は効果を発揮するのです」
特定の食べものに頼ることなく、正しい知識に基づいたバランスのよい食事を心がけ、運動も適度にして、仕事の息抜きにコーヒーを――。これが健康に過ごすコツといえそうだ。
東北大学大学院 農学研究科 准教授。博士(農学)。1975年愛知県生まれ。東北大学大学院農学研究科博士後期課程修了。宮城大学食産業学部助手、同助教を経て、2008年4月から現職。第13回杉田玄白奨励賞など受賞多数。