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アレルギー性疾患を、コーヒーが緩和する?
身が縮むような寒い冬から花咲き誇る春へ――。本来ならばわくわくする季節のはずだが、「またこの時期が来た......」と憂鬱になる人も多いのではないだろうか。そう、鬱陶しいスギの花粉症のシーズンだからだ。
花粉症が起こるメカニズムは広く知られているはずなので詳細は割愛するが、簡単にいうと吸い込んだ花粉を体内の細胞が「異物」と認識し、それを排除するためにできたlgE抗体が肥満細胞に結合してヒスタミンやロイコトリエン、プロスタグランジンなどの化学伝達物質を放出。これらの物質が血管や末梢神経を刺激して、くしゃみや目・鼻のかゆみなどの症状を引き起こす。
ところが、コーヒーを毎日飲むことで花粉症をはじめとするアレルギー性疾患を緩和する効果があるかもしれないという。この研究を手がけたのは、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(薬学系)炎症薬物学研究室の准教授、杉本幸雄さんだ。
1963年に見つかった、日本の「スギ花粉症」。
杉本さんは岡山大学薬学部を卒業後、大手製薬企業に入社。リウマチの研究に6年間携わった。そのあと岡山大学薬学部に戻り、アレルギーやリウマチなどの炎症性疾患を研究している。
杉本さんによると、スギの花粉症は1963年に発見された、日本だけのものだという。
「スギは日本固有の植物で、1月から4月にかけて猛威をふるいます。日本の花粉症のおよそ8割がスギ花粉といわれています」(杉本さん)
世界には三大花粉症と呼ばれるものがある。1873年に発見されたのがイネ科花粉症で、家畜の飼料である牧草「カモガヤ」が原因。主にヨーロッパで見られる。また、1900年頃にはアメリカでブタクサ花粉症が発見されている。
「アメリカでは約10%の人がかかっています。日本でも9月から10月に起こりますね」
スギ、イネ科、ブタクサの三大花粉症以外にも、ヒノキやカバノキ科、ブナ科、キク科などの花粉症が認められている。そして、新たに「職業性花粉症」と呼ばれるものまで現れている。
「これは野菜や果物など専門的な栽培で起きる花粉症です。モモやナシ、ブドウ、イチゴ、トウモロコシなどで確認されています」
農業を生業としている人たちにとっては避けることが難しい、たいへんな花粉症といえる。
ダニを増やしたのは、現代の居住空間。
花粉以外にもアレルギー性疾患を引き起こす原因がある。「ダニ」だ。杉本さんによると、チリダニ類のコナヒョウヒダニとヤケヒョウヒダニなどが挙げられるという。
「気管支ぜんそくや鼻炎、結膜炎、アトピー性皮膚炎などを引き起こします。これらのアレルギー性疾患のうち、小児ぜんそくの90%、成人のぜんそくの50%以上はチリダニ類が原因といわれています」
困るのは、人間にとって快適な生活空間はダニにとっても暮らしやすいという点だ。
「25℃くらいがいちばんダニが活動しやすい温度です。また湿度は75%前後が活発です。注意しなければならないのは空気の湿度ではなく、畳やじゅうたん、ふとんなどダニの『すみか』の湿度が問題だという点です」
ダニが増えた原因として、杉本さんは、①住宅の変化、②冷暖房の普及、③じゅうたんや家具の増加、④留守がちな家庭が増えたことなどを挙げる。
「高気密な住宅が増えましたね。換気が不足しがちでダニやカビが棲みやすい環境になったのです。冷暖房で快適な暮らしができるようになった反面、ダニが一年中繁殖しつづけることになります。じゅうたんや家具があると掃除が行き届かないですし、共働きの夫婦が増えたことで室内の換気が足りず、湿気もこもりがち。しかも最近は加湿器を置く家庭も増えています」
ダニは、人間や犬・猫のフケやアカが大好物なので、じゅうたんを敷かずにこまめに掃除することが予防につながる。
このほか「食物アレルギー」にも注意したい。卵や牛乳、小麦は三大アレルゲンとして知られている。大豆や魚類、肉類、甲殻類、野菜、果物などもアレルギーの原因となる。
恐ろしいのは、食べものやハチの毒、薬物などが原因で起きる「アナフィラキシー」だ。これは急性アレルギー反応の一つで、呼吸困難やめまい、意識障害などの症状を伴う。命を落とすような危険な状態になることもある。
クロロゲン酸を、水に溶かして投与。
こうしたアレルギー性疾患による諸症状を緩和するため、杉本さんは企業と協力して長年研究を続け、効き目があると高く評価されている処方箋医薬品などの開発にも貢献してきた。
また、自然由来の食物にも目を向けている。例えば中国原産のキク科の野菜「チシャトウ」の抗アレルギー作用についても研究している。チシャトウはレタスやサラダ菜の一種で、ポリフェノールを多く含んでいる。
杉本さんが今回取り組んだ「コーヒー成分の抗アレルギー作用に関する基礎的研究」は、コーヒーが含むポリフェノールの一種「クロロゲン酸」に着目したもので、マウスを用いて調べた実験である。
「コーヒーは、疫学的研究によってさまざまな健康効果があるといわれています。しかし、コーヒー成分がもつ抗アレルギー作用についてはまだあまり調べられていません。そこでコーヒーに含まれているクロロゲン酸を調べてみようと思ったのです」
クロロゲン酸は水に溶けやすいし、マウスは必ず水を飲む。そのため、マウスにはクロロゲン酸を0.03%、0.1%、0.3%混ぜた濃度の異なる水溶液を与えて、その経過を見ていった。
実験モデルは大きく分けて2つある。
①アレルギー性鼻炎モデルと②アレルギー性皮膚疾患モデルのマウスだ。マウスは5週齢で、いずれも卵白アルブミンなどを直接お腹に投与する「腹腔(ふっくう)内投与」を2回行なった。腹腔内ならば100%吸収されるので、口腔投与よりもアレルギー性疾患になりやすい。今回は、卵によるアレルギー反応を人工的に起こした。
そのマウスに、14日間、または28日間にわたり、クロロゲン酸水溶液を自由に摂取させることで、アレルギー症状が軽減されるかどうかを見たのだ。
鼻炎症状は抑える、という好結果。
①アレルギー性鼻炎モデルは、二通りの実験をした。
⑴ 28日間を通してクロロゲン酸含有水を与えつづけて「予防的効果」をみたもの。そして、⑵ 0日~13日目までは与えず、14日目以降にクロロゲン酸含有水を与えることで「治療的効果」を測定したものだ(図1)。
14日目からは、マウスをケースに移動して10分間おいて環境に慣れさせたあと、抗原溶液を鼻の中に投与する「局所感作」を行なった。そのうえで、マウスのくしゃみ反応と鼻掻き行動を20分間測定した。その結果は次の通り。
⑴ 予防的効果の測定では、くしゃみ反応で濃度0.03%のクロロゲン酸含有水で、鼻掻き行動では同0.1%のクロロゲン酸含有水でそれぞれ有意差が出た(図2)。
⑵ 治療的効果の測定では、くしゃみ反応で濃度0.1%のクロロゲン酸含有水において有意差が出る結果となった(図3)。
「アレルギー性鼻炎モデルには効果があったと言ってよいでしょう。実は、これとは別に1回だけクロロゲン酸含有水を与える『単回投与』も試みましたが、差は出ませんでした。つまり、最低でも2週間はクロロゲン酸含有水を与えつづけないと効果は現れないようです」
アレルギー性鼻炎のマウスがクロロゲン酸を含む水を継続的に飲むことで、くしゃみも鼻掻きもその回数が抑えられるという結果だった。
皮膚炎のかゆみは、ある程度抑えた。
一方、②アレルギー性皮膚疾患モデルのマウスの実験はどうだったのだろうか。
「アレルギー性皮膚炎で苦しんでいる人たちは多いです。私は、なかでも『かゆみ』を緩和する方法を探したかったのです」
杉本さんがそう考えて行なったこの実験では、マウスの後足に小型の磁石を装着して観察用ケージに入れて「掻疼行動(引っ掻き行動)」を測定装置で計った。予防的効果の結果は図4の通り。
「クロロゲン酸含有水を与えなかった群は、1時間で100回もの引っ掻き行動をとりました。クロロゲン酸含有水を与えたマウスの方は毎時80回程度です。つまり有意差こそ出なかったものの、25~30%ほど回数が少なくなったのです。実は、アレルギー反応を起こしていない正常なマウスでも毎時40~50回程度は引っ掻きます。つまり、ある程度の抑制傾向は期待できるという結果です」
皮膚疾患モデルの実験でも1回だけクロロゲン酸含有水を与える「単回投与」を行なったが差は出なかったと杉本さんは話す。やはり、ある程度継続的に飲まなければ効き目は期待できないようだ。
ちなみに杉本さんの計算によると、クロロゲン酸含有水の濃度を人間が飲むコーヒーに置き換えた場合、濃度0.03%は1日1~2杯分、同0.1%がコーヒー3~5杯分、同0.3%がコーヒー10~20杯分にそれぞれ相当する。
①アレルギー性鼻炎モデル、②アレルギー性皮膚疾患モデルの2つの実験を振り返って、杉本さんは次のように語る。
「鼻炎モデルについては期待以上の好結果でした。クロロゲン酸含有水を14日間以上飲ませることで、有意な抑制作用を示しましたから。また、皮膚炎モデルについては予想の範囲内です。劇的に効いたら、『これまでどんな研究をしてきたんだ』と叱られてしまいますから」
今回の実験を終えて、杉本さんのなかでは「クロロゲン酸だけじゃないのかもしれない」との考えが湧いてきたという。
「期待以上の好結果と言いましたが、実はクロロゲン酸以外も含めてコーヒーそのものがアレルギー性疾患の抑制に効くのかもしれません。サンプルさえ入手できれば、コーヒーの実験をさらに続けたいと思います」
居住空間を清潔にして、コーヒーを毎日飲む。
杉本さんによる今回の一連の実験によって「コーヒーは継続的に摂取することで、アレルギー性疾患を緩和する飲料として有用である」という結果が示唆された。
「人類は、コーヒーを長いあいだ飲みつづけてきました。一時期は『コーヒーは体によくない』という話もありましたが、歴史的な経緯から考えても、コーヒーが体によくないことはないはずです」
そう話す杉本さん自身、1日に3~5杯は飲むというコーヒー党だ。
最後に、増えつづけるアレルギー性疾患に対して、私たちはどんな心構えでいればよいのかと尋ねた。
「医食同源という言葉がありますね。つまり、食事に注意することが病気を防ぐ最善の策です。科学的根拠のある食べものを、必要な量だけきちんととることが大切です。昨今『免疫力を高めよう』とよくいわれますね。たしかに風邪の予防などの面で免疫力は大切ですが、あまり高めすぎるとlgE抗体が増えるので、逆にアレルギー性疾患にはかかりやすくなるといわれています。注意してください」
室内をこまめに掃除して、気づいたら空気を入れ替える。また、がんばりすぎず、できるだけ規則正しい生活を心がけ、バランスのよい食事をとり、毎日コーヒーを飲む。これがアレルギー性疾患に対する緩和・予防策といえるのかもしれない。
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(薬学系)炎症薬物学研究室 准教授。岡山大学薬学部卒業後、(株)大塚製薬工場入社。リウマチ研究に携わる。岡山大学薬学部助手を経て2003年から現職。専門はアレルギー性疾患。