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COFFEE BREAK
健康-Health-
コーヒーに備わる、血栓を溶かす力。
血管内部の出血を止めるためにできる血栓。メカニズムが狂うと心筋梗塞などを引き起こすが、コーヒーには血栓を溶かしやすくする働きがあるそうだ。
第二位の心疾患では「心筋梗塞」が、第四位の脳血管疾患では「脳血栓症」の割合が高い。つまり「血栓による病気」がかなりのパーセンテージを占めているのだ。
血栓は、血管の中(血管壁)がなんらかの原因で傷ついて出血した場合、それを止めるために生まれる。正常の場合、止血して組織の修復が終わると、体内のメカニズムによって血栓は溶かされ、血は再び流れはじめる。ところが、このメカニズムがいったん狂うとさまざまな疾病を引き起こすことになる。たとえば、血栓が心臓で起きると心筋梗塞や狭心症、脳で起きると脳梗塞、肺で起きると肺塞栓などになる。血栓は人体にとって怖い存在だ。
また、「エコノミークラス症候群」と呼ばれる静脈血栓塞栓症も血栓症の1つである。これは下肢静脈血栓症と肺血栓塞栓症の合併症で、飛行機など長時間同じ姿勢のままでいると発症することで知られている。血流が悪くなり、脚の静脈に血栓ができ、それが肺に流れ込んで血液が詰まるもの。呼吸困難や腹痛を引き起こすだけでなく、最悪の場合は死に至る。
このように、血栓はさまざまな疾病を引き起こすが、コーヒーは血栓を溶かすメカニズムに対してよい影響を与えるという研究がある。この実験に取り組んだ倉敷芸術科学大学 生命科学部教授の須見洋行さんに話を聞いた。
健康を保つために、食べ物の成分に着目。
須見さんの専門は「血液生理学」だ。発酵学から研究の道に入り、納豆をはじめとする日本の伝統食品に含まれる生理活性物質の研究とその応用に関する研究を進めている。
わかりやすく言うと、食品成分に備わっている特殊な生理機能を、より積極的に活用しようと生まれた「機能性食品」の研究である。たとえば、栄養価が高いだけではなく、人体にとって薬的な作用をする納豆などの食品を研究している。疾病の治療というよりも「予防」に重きを置いているのだ。
須見さんの研究室では、法律上の機能性食品(特定保健用食品)にとらわれることなく、世界中の食品、あるいはアロマエッセンスの中から生理活性物質を追究し、これまで多くの商品を開発している。それらはすべて「血液凝固―線溶」にかかわるテーマに基づいている。
血液凝固と線溶については説明が必要だろう。血液の中には、血液を固まらせる「凝固因子」と、固まった血液を溶かす「線溶因子」が存在する。人間の体は、出血を起こすと凝固因子が出血した血液を固めて出血を止める。そして、固まった血液を溶かして、またもとの血管に戻すための酵素群が働く。この酵素群が線溶因子である。
血小板が損傷した部分に集まり、粘着・凝集してつくられた血栓を溶かすため、プラスミノーゲンアクチベーター(ウロキナーゼ、t-PAなど)がプラスミノーゲンをプラスミンに活性化する。それによって血栓が溶けて血流が再開するのだが、このバランスが崩れると前述したようなさまざまな疾病を引き起こす。
今回は、プラスミノーゲンアクチベーターのうち、t-PAという酵素の活性化にコーヒーが役立つという話である。
心地よく感じる食品は、t-PAの分泌を促す。
t-PAやウロキナーゼは、心筋梗塞や脳血栓を起こした患者に投与される。かつてはウロキナーゼが主流だったが、現在はより効果が高いt-PAの血栓溶解剤に置き換わっている。
発症してすぐに投与すれば、ウロキナーゼもt-PAも劇的な効果を上げるが、難点もある。発症から時間が経つと効果が薄れること、費用が高いことなどである。さらにt-PAは発症後4・5時間を超えた場合は使用が推奨されていない。
しかし、本来t-PAは体の中で自然につくられるもの。アメリカでウロキナーゼとt-PAを研究していた須見さんは、帰国後にウロキナーゼやt-PAの分泌を促す食品中の物質を研究する。つまり食べ物の摂取を通してt-PAの分泌を増やし、血栓症を予防しようというのだ。
須見さんは、納豆に含まれる血栓溶解酵素「ナットウキナーゼ」を発見した実績がある。酒やコーヒーを研究しているのはその一環である。
「t-PAが減っている状態のときに分泌をほんの少し高めることで、血栓症を防げるのです」(須見さん)
心筋梗塞や脳梗塞は朝に発症することが多いが、t-PAやウロキナーゼなどの酵素は朝方に分泌が減るからだという。
また、t-PAを生み出すのは血管内皮細胞だが、須見さんは人間が「心地よいな」「いい匂いだ」と感じる食べ物を摂取したときに、t-PAが盛んに分泌されることをつかんだ。
「ブランデーを飲んでもt-PAは出ます。また、パンやお菓子を焼いたときはなんとも言えない、いい匂いがしますね。これはピラジン化合物という香り成分で、これにもt-PAの分泌を促す効果がありそうです」
実験に用いたのは、10種類のコーヒー。
今回紹介する実験の前に、須見さんはすでにブタの耳の灌流実験を通じて、ある種のコーヒーが固まった血液を溶かす活性を高めることをつかんでいたのだ。また、コーヒーの成分が血小板の凝集を阻害する(血栓ができることを防ぐ)という研究報告もあった。
そこで須見さんは、生のコーヒー豆10種類の熱水抽出物がt-PAの分泌に与える影響を調べた。その結果、コーヒーの熱水抽出物はt-PAの分泌を促すことがわかった。特にブルーマウンテンや雲南、キリマンジャロなどでは水と比べておよそ29~35倍の高い数値を計測したのだ(表)。
実験に用いたコーヒー豆は、岡山県の企業から入手したもの。それを200度で40分間焙煎し、10倍量の沸騰水を加えて1分間加熱抽出する。さらに濾過したものを凍結乾燥して得た粉末をイオン交換水(水)で0.5%のコーヒー溶液としてHeLa(ヒイラ細胞=ヒト子宮頚がん細胞)に与え、48時間培養してt-PAの分泌量を調べた。
「コーヒーはt-PAの分泌を促すだろうと予測していましたが、種類によってこれほど大きな差が出るとは思っていませんでした」
コーヒーはt-PAの分泌に効果があることがわかったが、別の側面からも調べた。コーヒーは熱湯や水で抽出するものだが、エタノールやメタノールで抽出した場合も比べたのだ。結果は、水で抽出したほうがt-PAの分泌をより促すことがわかった。
「コーヒーをアルコール類で抽出するほうがより多くt-PAを分泌するのではないかと考えていました。ところが結果は水で抽出したものがいちばんよかった。これも予想外でした」
須見さんの予想をいい意味で裏切る結果が得られたのだ。
t-PAの分泌に効果的なコーヒー。
コーヒーの中のどの成分がt-PAの分泌に効果があるのか気になるところだが、須見さんはそれもきちんと調べている。
クロロゲン酸、カフェインなどコーヒーの主要7成分を選び出してt-PAの分泌を見たのだが、いずれの成分にも活性は認められなかった。ところが、雲南とブルーマウンテンにはt-PAの分泌を促す活性が見られた(図1)。
「コーヒーの作用物質として知られるクロロゲン酸やカフェイン、キナ酸などには効果が見られませんでした。むしろ熱水で抽出したふつうのコーヒーのほうがよい結果が得られました。とても苦労した実験でしたが、報われませんでしたね」
須見さんは苦笑いするが、コーヒーの主要成分だけを取り出しても効果が得られなかったという結果は興味ぶかい。つまり、個々の成分はともかく、総体としてのコーヒーを飲んだほうが、t-PAの分泌を促すことを裏付けるものだからだ。
須見さんは、30mlに濃縮したコーヒー(雲南)を成人男女12人に飲ませて血液を測定する実験も行った。すると、2時間後の血漿からELT(ユーグロブリン溶解時間)が21・2%短縮することが認められている(図2)。
成分こそわからないものの、コーヒーを飲むと線溶系が高まることは明らかだった。つまり、血液循環がよくなることが期待される。
血小板凝集を抑える、コーヒーの成分。
次に、須見さんは、コーヒーが血栓をつくりにくくする効果について測定した。すると、水の凝集率65.5%に対してコーヒー(雲南)の熱水抽出成分は48%となり、わずかながら血小板の凝集を阻害する働きが見られた(図3)。
興味を引かれるのは、コーヒーの主要成分を投与した結果だ。トリゴネリンヒドロクロライドは6%、キナ酸は11%とそれぞれかなり高い阻害活性を示している。
また、コーヒーやパンを焼いたときの香りに代表されるピラジン化合物にも、血小板の凝集を妨げる効果が見られたという。
「特に『2‐エチルピラジン』はアスピリンと同じくらいの強い活性を持つことがわかりました。アスピリンは頭痛薬などに使われていて、血液をサラサラにする効果がありますが、それを凌ぐほど強いのです。これは今回初めてわかったことで、驚きました」
これらの実験結果から、コーヒーの成分は、それ単独ではt-PAの分泌は促さないものの、血小板の凝集を抑制する効果はあることがわかった。
「コーヒーがt-PAの分泌を促すことは明らかです。結果を考え合わせると、ブルーマウンテンや雲南、キリマンジャロなどにはまた別の物質が含まれているのでしょう。コーヒーはおもしろいですね」
今回はコーヒーの種類によって大きな差が出たものの、須見さんはあまり気にしないでよいと考えている。
「今回は10種類の豆すべてを1分間抽出で統一しているからです。抽出時間を長くするとまた変わるかもしれません」
結論は、①ある種のコーヒーにはt-PAの分泌を促す効果がある(成分はわからない)、②コーヒーの成分には血小板の凝集を阻害する働きがある、という2点である。
悪いことばかりではない。血栓のもつ大事な役割。
そもそも須見さんがコーヒーに着目したのは、自身がコーヒー好きであることも一因だった。大学生時代はさほど飲まなかったが、アメリカに留学したとき、コーヒーを飲みながら雑談する文化に触れる。たとえ短い時間でも、他の研究生に交じって話をすることで、その日のコミュニケーションがとても円滑になることを知ったという。
「私の下手な英語でも、コーヒーを飲みながら話をすることで相手の反応がよくなったんです。そこで毎日飲んでいたら『コーヒーっておいしいな』と感じるようになりました。今でも毎日4~5杯は飲んでいますよ」
須見さんは、コーヒーやパンを焼いたときに出る香り成分(ピラジン化合物)やアロマエッセンスなども研究対象としている。
「インスタントコーヒーの封を切ったときにもいい香りがしますね。ああいった匂いも研究しています。香りによって狭心症や脳梗塞が予防できるかもしれませんよ」
最後に、血栓について忘れてはならないことがある。血栓はえてして悪い面ばかり強調されるが、本来は「血を固める」という大事な機能であるということだ。出血しても血が固まらなければ人は死んでしまうので、血を固める機能はとても高度なものだそうだ。血を固めるメカニズムは1秒単位で働くが、血栓が溶けるのはゆっくりと進む。そのギャップが疾病につながるのだ。須見さんはこう言った。
「強いストレスがかかると、血液の凝固機能が高まります。つまり、血液が固まらない状態とは、人体にとってある程度余裕がある状態なのです。ブランデーやコーヒーを味わいながら飲むときは、リラックスしているケースが多いはずですね。そういった余裕がある状態だからこそ、t-PAの分泌も進むのです」
ストレスがあると血栓ができやすい。ならば、やはり「リラックスしてコーヒーを飲む」という習慣をつくることが大切なのだろう。
倉敷芸術科学大学 生命科学部 教授。医学博士。徳島大学医学部大学院修了。浜松医科大学助手を経て、文部省(当時)在外研究員としてシカゴマイケルリース研究所に2年間留学。宮崎医科大学、岡山県立大学などを経て現職。