COFFEE BREAK

世界のコーヒー

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2025.08.05

アラビカ種が主流だった生産国ブラジルが、 カネフォラ種に熱い視線を注ぐ理由

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日々の生活に潤いをもたらすコーヒー。美味しい一杯を味わいたい!とコーヒー豆の産地や抽出方法にこだわる愛好家も増えてきています。世界で流通しているコーヒー豆は、大きく分けてアラビカ種とカネフォラ種(ロブスタ種とも呼ばれます)の2品種があり、一般的に風味豊かな高級アラビカ種が、美味しいコーヒーの代表とされています。

世界最大のコーヒー生産・輸出国ブラジルは、アラビカ種の生産・輸出量においてナンバー1。2025年のブラジルのコーヒー豆生産量予測は5567万袋で、その66.4%にあたる3698万袋をアラビカ種が占めています。

そんななか、かつて19世紀末から20世紀初頭にかけて世界最大のコーヒー生産地だったブラジルのサンパウロ州で、2024年10月に新たに「カネフォラ種生産奨励プログラム」が発足しました。アラビカ種生産最大手のブラジルで、今なぜカネフォラ種が注目されているのでしょうか? 二人の専門家に話を伺いました。


カネフォラ種にはどんな特徴がある?

カネフォラ種をロブスタ種という場合もありますが、正確にはロブスタ種は、カネフォラ種の亜種です。カネフォラ種の主要生産国は、ベトナムが世界シェア37%で1位、ブラジルが28%で2位、それにインドネシア(12%)、ウガンダ(7%)が続いています。ブラジルでアラビカ種の生産量が緩やかに右肩下がりで推移しているのに対して、カネフォラ種は年々増産されています。

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パラ州マラジョ島で試験的に栽培されるロブスタ種(左)とエスピリト・サント州アラクルスのコニロン種。いずれも低地で栽培されるカネフォラ種

カネフォラ種の味の特徴は酸味が控えめで苦みが強く、アラビカ種に比べて芳醇な香りと味わいに乏しいとされています。そのためカネフォラ種はインスタントコーヒーのような加工用あるいはブレンド用に用いられることが多いことが特徴です。

またカネフォラ種は、アラビカ種に比べ、ほぼ2倍のカフェイン含有量があります。カフェインには覚醒作用があり、眠気を覚まし、集中力を高める効果があることはよく知られていますが、カフェインとはコーヒーノキなどに含まれる天然化合物アルカロイドの一種で、植物が病気や害虫から自らの身を守る防御機能を担うものです。各地のコーヒー栽培で悩みの種のサビ病にも、カネフォラ種は強い耐性があります。カフェイン含有量の多さが、カネフォラ種の生産性の高さの一因ともなっています。

なぜブラジルでカネフォラ種の生産量が増えている?

「カネフォラ種は単位面積あたりで、アラビカ種の最大約3倍のコーヒー豆が収穫できます」と、コーヒーハンターにして飲食品味覚コンサルタントのエンセイ・ネトさんがカネフォラ種の生産性の高さについて語ってくれました。

エンセイ・ネトさんはサンパウロ州コーヒー産業組合(SINDICAFESP)で過去20年コーヒー講座を続けているほか、2023年にコーヒーのメジャーブランドから発売された焙煎豆パッケージ商品「エスピリト・サント州産豆使用100%カネフォラ」を監修するなど、様々なかたちでブラジルのコーヒー産業に携わっています。

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カネフォラへの注目を語るエンセイ・ネトさん

ブラジルの主なカネフォラ種生産地は、大西洋側のエスピリト・サント州北部および隣接するバイア州南部、そして内陸アマゾン流域のロンドニア州にあります。なかでも1972年にカネフォラ種の栽培が始まり、機械の導入が進んでいるエスピリト・サント州は国産カネフォラ種のおよそ65%を担っています。

「ブラジルでのカネフォラ種の生豆の輸出は、ようやく10年ほど前に始まったばかりです。それまではもっぱら国内市場向けに流通するか、インスタントコーヒーに姿を変えて輸出されてきました。それが最近では、アラビカとの生産面での比較で、低コスト・高生産性が特徴のカネフォラの世界での市場価格が上がっていることから、生産者からの注目が集まっているのです。

実は、長らくカネフォラ種が病気や害虫に強いことを頼りに、品質管理が徹底されていませんでした。輸出が増えてきていることから、今後、更に品質の改善が行われていくでしょう」とエンセイ・ネトさん。

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バイア州南部ボン・レチロ農場での収穫に訪れたエンセイ・ネトさん(本人提供)

また、エンセイ・ネトさんは「2024年、東南アジアがエルニーニョ現象による記録的な高温に見舞われたことにより、ベトナムでのカネフォラ種生産量が低下しました。その影響で昨年、ブラジルでは初めてカネフォラ種の価格がアラビカ種を上回ったのです。コーヒー業界関係者は驚きました」と振り返ってくれました。

ブラジルのカネフォラ種の生産量が、ベトナムを今後数年内に上回ると予測するトレーダーもいるそうです。

これまであまりフォーカスされてこなかったカネフォラ種の価格が上昇すれば、生産性の高いカネフォラ種に注目が集まるのは市場原理に適った傾向です。

「カネフォラ種生産奨励プログラム」とは?

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カネフォラ種の栽培をアダマンチナにもたらしたトレヴィオロ農場オーナーのエジソン・フラソンさん(左)とAPTA研究員のナカヤマさん

次に、サンパウロ州の「カネフォラ種生産奨励プログラム」に研究者として携わる、サンパウロ農業技術庁(APTA)アダマンチナ支部主任研究員のフェルナンド・タカユキ・ナカヤマさんを訪ねました。

「アダマンチナは、かつてサンパウロ内陸にコーヒー生産が広まるなか、1950年に主にコーヒー豆の搬送を目的とした鉄道が敷かれたことで栄えた街です。しかし、1975年7月18日に霜の被害が広域に発生したことで、サンパウロ州とパラナ州のコーヒー生産が一夜にして崩壊し、国の経済は深刻なダメージを受けました。多くのコーヒー生産者は生活のために他の農作物に乗り換えたのです」とナカヤマ研究員は、APTAに向かう車内で市内に残るかつてコーヒー焙煎所だった施設を指差しながら、コーヒーと街の関係を語ってくれました。

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人口交配を行いサンパウロ州内の栽培に適したカネフォラ種を見出すAPTAの実験農場

APTAアダマンチナ支部では2008年に市内のコーヒー生産者の協力を得て、エスピリト・サント州から25タイプのカネフォラ種のサンプルを持ち込んで育成し、交配を重ねて、サンパウロ州の気候に適したより強い苗木を開発してきました。

「APTAは現在州内13の自治体の19箇所の実験農場でカネフォラ種の苗木の栽培を行っています。サンパウロ州農業供給局は、APTAが蓄積してきたデータから判断して、カネフォラ種の生産を進めるプログラムを発足したのです。今後州政府及び、州内に複数あるインスタントコーヒー製造業者などの民間セクターに投資を呼びかけていきます。すでに投資して頂いている企業もあります」とナカヤマ研究員。

「カネフォラ種生産奨励プログラム」は新たな農地を開拓するものではありません。オレンジなど気候変動や害虫、病気の影響で生産が難しくなる作物があるなか、主にサンパウロ西部地域で農業を持続可能とする代替作物、あるいは小規模生産者の副収入の創出の一つとしてカネフォラ種の栽培を広げていくのが目的です。

「サンパウロ州ではかつてアラビカ種の生産が広範にわたって行われた経験から、今でも天日によるコーヒー生豆乾燥所(テヘイロ)や倉庫が多く残っており、新たにカネフォラ種の生産を始めやすい環境にある」とのことです。

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緑色がサンパウロ州内でカネフォラ種栽培に適したエリアで州内西部に広がる

「アラビカ種はエチオピアの高地が原産の品種ですが、カネフォラ種は同じアフリカでも赤道付近のコンゴが原産です。アラビカと異なり低地での栽培も可能です。アダマンチナ含むサンパウロ西部は標高が低く、降雨量や気温など気候条件がコンゴと似ているためカネフォラ種の生産に適しているのです」とナカヤマ研究員は条件の整うサンパウロ州での生産の成功を確信しているようでした。

「2050年問題」でアラビカ種の生産が困難となる前に

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SINDICAFESPの講習室で自ら監修したコーヒーを淹れてくれたエンセイ・ネトさん

さて「コーヒー2050年問題」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
気候変動の影響で2050年頃までにコーヒーの収穫量が大幅に減少の問題を指します。なかでも熱帯の高地で育ち、18~21度程度の涼しい気温を好むアラビカ種は、温暖化が進めば、適切な栽培のための土地がより高所に求められるため生産が困難なものとなるとされます。

中南米のコーヒー生産者が抱える問題はそれだけではありません。

「従来アラビカ種が生産されてきた中米、コロンビアの多くの生産地では、高所の勾配の険しい土地で栽培が行われています。若年層の都市への流出に伴う生産者の高齢化により、栽培が難しくなってきているのです。また良質なアラビカ種の生産で知られるコロンビアでは、違法であるにも関わらず近年コカインの原料であるコカの栽培が増加しており、それもまたコーヒー栽培を脅かしています」とエンセイ・ネトさんは懸念します。

アラビカ種の取引が約500年前から行われてきたのに対して、ロブスタ種(カネフォラ種)の商取引は100年ほどしか歴史がありません。ロブスタ種(カネフォラ種)は、アラビカ種に比べて古いものでありながら、栽培や様々な環境への適応に関する経験や研究は少ないのです。

サンパウロのコーヒー豆鑑定の現状についていえば、コーヒーのグルメ化に伴い、主にアラビカ種の品質を評価するQグレーダーはサンパウロに数多くいるものの、カネフォラ種の評価を専門的に行うRグレーダーは現在1人しかいないそうです。

APTAのナカヤマ研究員が言うには、自家受粉するアラビカ種とは異なり、異なる木との他家受粉で実を結ぶカネフォラ種は、遺伝的多様性が高く、管理された環境で取り組めば、より良い特性を持つ個体を選抜しやすく、品種改良が短期間で行えるそうです。

確かに高級アラビカ種の魅力は代えがたいものがあります。しかしコーヒーの持続可能性を考えるなら、研究者らによる質の高いカネフォラ種の開発を期待しながら、消費者である私たちもカネフォラ種の魅力を見出していくべきなのかもしれません。

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APTA実験農場に咲くカネフォラ種の可憐な花
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