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COFFEE BREAK
世界のコーヒー-World-
2019.08.30
知られざるコーヒー大国、インドの不易と、流行と。
知られざるコーヒー大国、インドの不易と、流行と。
紅茶の生産やチャイの飲用で知られるインド。しかし、この国のコーヒーの歴史は紅茶のそれよりも遥かに長い。中でも生産地が集まるインド南部の人々は特にコーヒーを愛する。
マドラスの旧名で知られるチェンナイを訪ねてみよう。
Wild Garden The Café At Amethyst ワイルド・ガーデン カフェ・アット・アメジスト
熱帯植物が優しい曲線を重ねて日陰を作る、ガーデンの奥に佇む白亜の建物。「アメジスト」はアパレル、ジュエリー、アクセサリーを核に、本や生花、雑貨を販売する高級セレクトショップだ。チェンナイの中心部、ロイヤぺッタ地区にあり、取り扱われているのは南インドの富裕層の美意識とライフスタイルを支える贅沢な品々。それらが物質的な豊かさを提案するものであるとしたら、建物の1階の大部分を占めるカフェは、美しい時間という精神的な豊かさを顧客に与える場。
アンティークに囲まれた屋内のソファ席、掃き清められたテラスの籐椅子、庭の緑の中に配されたガーデンチェア、顧客は気分と天候によって、最も快適な場所を選び、コーヒーやスイーツ、軽食を楽しむ。ショッピングに来た人がカフェに立ち寄ることもあれば、カフェを訪れた人が2階のアクセサリーを覗いていくこともある。
チコリ入りのコーヒーは出さず、コーヒー本来の味わいを。
ここではテーブルの上でラップトップを開ける人はまずいない。敷地内のすべてに共通するゆとりが、あくせくとした振る舞いとそぐわないのだ。人はガーデンを眺め、お喋りを楽しみ、雨の音に耳を傾けつつ、つい長居をする。旅客にとっては、顧客の7割を占める地元の人たちの纏う艶やかな伝統衣装を眺めるのもまた一興である。 南インドの伝統スタイルは、チコリを加えたコーヒー豆を金属製のポットでいれるマドラスコーヒー。しかし、この店ではチコリは加えない。あくまでもコーヒー本来の風味で勝負しているというわけだ。ブラックで飲んでみると、爽やかな酸味があり、苦味の少ないコーヒーだった。カプチーノ(ヘーゼルナッツかバニラのフレーバーが選べる)には3種の豆をブレンドしたエスプレッソを使って、味と香りに奥行きを出している。
Wild Garden The Café At Amethyst
ワイルド・ガーデン カフェ・アット・アメジスト
チェンナイの中心部に広がるガーデンとセレクトショップは、富裕な人たちのための異空間。ひととき街の喧騒を離れ、優雅な気分で過ごしたい──そんな人たちにコーヒーの持つリラックス効果は欠くべからざるもの。
■ http://www.amethystchennai.com/index.html
The Old Madras Baking Company オールド・マドラス・ベーキング・カンパニー
チェンナイ市内に7店舗を展開する本格派ベーカリー。高温多湿の南インドではパンやペストリーにいとも簡単にカビが生えるので、防腐剤添加が当たり前で、無添加のものを見つけるのは至難の業だった。2014年に1号店がオープンしたこのベーカリーのモットーは「すべて自然素材で、防腐剤なしのパンを毎日焼き立てで」。 木製の棚には見るからに焼き立てのパリッとしたパンが並び、その上のボードには「正しいパンの保存方法」が箇条書きにされている。この〝正攻法〟が健康意識の高い人々にミートし、店は評判となって店舗を増やし続けた。この店のもう一つの魅力としてチェンナイっ子たちが認めるのが併設されているカフェのコーヒーの美味しさだ。親しみやすい味わいの、マイルドなマドラスコーヒー。
今回取材したKNK店は、ハイブランドのショップや高級レストランが軒を連ねるポッシュなカダール・ナワーズ・カーン通りにある。南インド的ハイライフのメッカに健全なパンと美味しいコーヒーを出す店はフィットしている。飲み物のメニューを見ると、エスプレッソ・ドリンクよりも先に「マドラスコーヒー」が。PR担当のスウェタ・ガラパティさんによると「マドラスコーヒー用の豆はアラビカ種とロブスタ種をブレンドしたものにチコリを少しだけ加えています」とのこと。マイルドで、ミルクとの相性も良く、親しみやすい味わい。
店内の商品棚にはバンガロールに拠点を置く「ブラック・バザ・コーヒー」の商品が並ぶ。コーヒーをキーワードに、持続可能な社会の実現を目指して活動する企業だ。パン作りの姿勢と方向性を同じくする意識の高さがそこにも認められた。
The Old Madras Baking Company
オールド・マドラス・ベーキング・カンパニー
暮らしの基礎となる主食から健全なものに、という発想から生まれた自然派ベーカリーがコーヒーでも話題になっていると聞いて訪ねた。そこでは南インドのコーヒーを軸にしたソーシャルな動きの萌芽も見られた。
■ https://www.ombc.in
The Brew Room ブリュー・ルーム
「私たちは顧客にコーヒーのことをもっと知ってもらうために、啓発的なこともしています」と語るのは、経営者一族のメンバーの一人、ニヴルティ・ルディさん。彼女の母親、ニーナさんは市内の4つ星ホテル「サヴェラ・ホテル」を経営する傍ら30軒ほどのレストランを所有する、チェンナイ経済界の有名人だ。ホテルに隣接する敷地でコーヒー専門店をオープンするのに際し、その経営を娘と甥、姪に任せることにした。
コーヒーのアドバイザーとして経営チームが起用したのがスペイン人で自称「コーヒーオタク」のマーク・トゥルモさん。オーロヴィルというインド南部のエコヴィレッジでカフェを営んでいたところをスカウトしたという。
8種類の抽出方法で、アレンジの種類は9つ。
トゥルモさんの信念は「あらゆる場面、あらゆる瞬間、あらゆる好みに合う1杯のコーヒーがある」というもの。これに基づき、店ではサイフォンやトルコ式を含む8種類の方法でコーヒーを抽出、アレンジもチャイ・コールド・コーヒーなど9種類をメニューに掲げ、ひたすらコーヒーの可能性を広げることに注力している。ニヴルテさんの言う「啓発的なこと」とはこのことだ。使用する豆は国内産のみ。マドラスコーヒーは、深煎りの豆を使い、パンチを効かせるようにしている。チコリは入れないスタイルだ。
ニヴルティさんが担当するケーキはブラウニー、キャロットケーキなど英国クラシックの趣があるものを中心に9種類。ヴェジタリアンの多い土地柄、卵を使わないケーキも。終日サーヴィスされるブレックファスト・メニューが充実しているのも英国風。インドの名家の事業とはそういうものか。
高木が日陰を成すガーデン席も、逆に壁面いっぱいのガラス窓で採光していて明るい室内も、いずれも快適だ。
The Brew Room
ブリュー・ルーム
ホテルやレストランの経営者として名を馳せるファミリーが、矜持を持って新たに手がけたコーヒービジネス。アドバイザーとして参画したスペイン人が打ち出した「顧客を啓発するコーヒーショップ」とは?
■ http://www.saverahotel.com/wp/dining-the-brew-room/
Chennai Coffee チェンナイ・コーヒー
取材したゴーパラプラム店の表には「イドゥリ、ドーサ、サーンバール、サモサ、コールドコーヒー、ローズミルク」と記されている。2つの飲み物を除いて、すべてティファンと呼ばれる軽食のメニューだ。店内でも、一般のコーヒー店ではスイーツが占めているはずのショーケースをここではワダ(ドーナッツ状の揚げ物)、カトゥレットゥ、サモサなど、甘くないものが占める。値段はどれも日本円にして40円ほど。この店は、小腹の空いた人が立ち寄り、ティファンとコーヒーで満たしていく場所なのだ。
60年前に創業した焙煎会社のカフェ部門。5店舗展開となった今でも、コーヒー豆販売のみの店舗も健在だ。コーヒーのメニューはマドラスコーヒーとコールドコーヒーのみ。豆は国内2つのプランテーションのもの(もちろん自社焙煎だ)で、チコリをブレンドしている。しっかりとしたコクがあり、飲みごたえがある。
マドラスコーヒーの所作は、南インド男性の必須マナー?
この界隈は高級住宅地で知られ、去年亡くなった元州首相のカルナーニディ氏の邸もある。政治家がテイクアウトする姿がしばしば見られるそうだ。 常連だというモハン・ドゥライさんがマドラスコーヒーの正しい所作を実演してみせてくれた。ステンレスのカップと、ソーサーと呼ぶには深い受け皿とを巧みに使って、砂糖とミルクの入ったコーヒーを一気に泡立てていく。飛沫が衣類を汚すようなことはない。万が一にもそんなことがあったら、きっとこの街では不粋な男と見下げられてしまうのだろう。
Chennai Coffee
チェンナイ・コーヒー
老舗ロースタリーが展開するコーヒーショップは伝統的ないれ方、飲み方にこだわる。コーヒーと共に供される軽食を含め、ここにあるのはカルチャーやスタイルではなく、日常のニーズに即した「用の美」的世界。
■ http://www.vivekanandacoffee.com