COFFEE BREAK

世界のコーヒー

世界のコーヒー-World-

2016.01.05

新旧取り混ぜが面白い、港町ポルトのカフェ事情。

新旧取り混ぜが面白い、港町ポルトのカフェ事情。
交易の街、ポートワインを眠らせる街として栄えた港町ポルト。多くの旅人を魅了する街のコーヒー事情は、古き良き時代のものが今もなお大切に受け継がれている一方で、新しい胎動も確実に見られる。何でもありの懐の深さもまたこの街の美点かもしれない。

Majestic Café マジェスティック・カフェ

左:勤続19年のウェイター、モレイラさん。/中央:新旧2機が並んだコーヒーメーカー。ここにも時間の移ろいが。/右:サンタ・カタリーナ通りに面した正面入り口。

 ハイブランドのブティックが軒を並べるポルト随一のプロムナード、サンタ・カタリーナ通りで一際目を引く建物がマジェスティック・カフェだ。1923年創業。優美な曲線を多用した装飾的なデザインは、当時のヨーロッパで大流行したアール・ヌーボーの影響が色濃い。黒服にボウタイ姿のドアマンに導かれて、ひとたび店内に踏み入ると、そこは何もかもが古めかしく厳かで、まるでファンタジーの世界。 「だからこそ、あの名作がここから生まれたんでしょうね」

左:この女性スタッフによると、観光客が客の大半だが、昔ながらの常連の姿もあるとのこと。/右:オランダからの旅行者。街歩きの途中に一服するには好適な場所。

 勤続19年のウェイター、ジョエル・モレイラさんが言う〝名作〟とは、『ハリー・ポッターシリーズ』のことだ。91年から英語教師としてポルトで暮らした作者のJ・K・ローリング女史は、この店のテーブルでコーヒーを啜りながら『ハリー・ポッターと賢者の石』の一部を執筆したという。シラク元フランス大統領、ミュージシャンのニック・ケイヴなどもこの店のご贔屓だと、モレイラさんは得意げに語った。

港町ならではの自由な気風、その象徴としてのコーヒー。

コーヒーを飲みながら、思い思いの時を過ごす午後の客たち。国籍も世代も多様で、その雑多な感じがまたこの店の独特な雰囲気を醸し出している。

 メニューを開くと、朝食に始まり、英国風のアフタヌーンティー、オードブルから楽しめるグランドメニューまである。日がな一日、いつでも過ごすことができるのは往時のスタイルのままだ。多くの人がこのカフェに望むのはコーヒーと甘い物と過ごすひとときだ。店の雰囲気に合わせるなら、ホイップをたっぷりと入れたコーヒーにラバナダス(ポルトガル版フレンチトースト)かナタ(エッグタルト)を注文したい。コーヒーの前後に、この街の名前が付けられた甘口ワインを嗜む人もいる。ポートワインは、この街を流れるドウロ川の畔で熟成され、船に積み込まれて世界へと出荷されていった。その代わりに主にブラジルからのコーヒー豆を積んだ船がポルトにやってきた。古の交易がこの店のテーブルに自由の気風を今ももたらしている。

左:玉子たっぷりのタルト、ナタ(2ユーロ)。/中央:スペイン・ヴァレンシアで人気に火がついたボンボン・コーヒー(5ユーロ)。まるで、"飲むケーキ"。/右:ホイップクリーム入りコーヒー(4ユーロ)。


Majestic Café マジェスティック・カフェ 世界中でヒットした、あのファンタジー作品の一部はこのカフェで書かれた。"異世界"ムード漂う店内には、この街が育んできたエスプリと自由の気風が今も脈々と息づいているようだ。 ■ http://www.cafemajestic.com/

Guarany グアラニー

店内の壁一面を覆う、先住民の文化をモチーフにしたグラサ・モライス女史の作品〈ブラジリアの紳士淑女〉。

〝カリオカ〟は薄めのコーヒー、小さなカップに入れて出すスペインのコルタードに相当するものは〝ピンゴ〟、〝メイア・デ・レイテ〟はカフェオレ、〝ガラオン〟はカフェラテのこと。この店のメニューには、ブラジル由来のポルトガル語表記が踊り、眺めているだけで旅気分が高揚してくる。1933年創業、前出のマジェスティック・カフェと並んで、ポルトを代表する老舗カフェだ。入って右側の壁に嵌められた一面のガラス窓は坂道に面していて、上り下りする通行人や車の動きが即興劇のように眺められる。それは、人々の暮らしとともにこの店が歩んできた象徴のように見える。一方、左側の壁には、グラサ・モライスというアーティストの手になるブラジル先住民の文化をモチーフにした絵画作品が飾られている。 店名のグアラニーはブラジルはじめ、南米の先住民を指す言葉だ。18~19世紀にかけて、多くのポルトガル人が開拓者としてブラジルに渡った。 その後母国に戻ってきた人たちにとって、「ブラジル」や「グアラニー」という響きとコーヒーの香りは、ノスタルジアを誘うものとなった。

左:アリアードス通りに面した外観。右奥に延びるのがパッソス・マヌエル通りの坂道。店はサン・ベント駅から約200メートルの位置。/右:カフェオレ用のミルクを温めるスタッフ。


夜は音楽に身を任せて、ゆったりとコーヒーを。

左から:孫娘を連れてコーヒーを飲みに来店した地元の紳士。/ホール・スタッフの出で立ちも伝統を守る。/昼間は比較的観光客も少なく、落ち着いた雰囲気。

 創業時からこの店の売り文句は「音楽の聴けるカフェ・レストラン」というものだった。往時にはフルのオーケストラが入って演奏を聴かせていたという。その後、戦争や不況があって、演奏が聴けなくなった時代もあったが、33年前にこの店を買い取った現オーナーが伝統を復活させた。今日ではポルトガルの哀調ファドやブラジル、キューバなどのポップスのライブが毎晩楽しめる。  昼間は坂道の〝ドラマ〟を眺めながらのんびりとコーヒーを味わい、夜は音楽に身を任せてゆったりとコーヒーを味わう。地元ポルトの人たちにとってはそれがこの店の当たり前の使い方であるという。

左:フランセジーニャはステーキ、ハム、ソーセージ、チーズをパンで挟んだ、ボリューム満点の郷土料理(12.80ユーロ)。/中央:ラスカス・デ・バカリャウはポルトガル伝統の干し鱈料理(13.80ユーロ)。これでもポルトでは「軽食」の部類だとか。/右:カフェラテ(1.40ユーロ)。


Guarany グアラニー コーヒー、音楽、アート作品......ポルトとブラジルとのつながりを強く感じさせる、もう1軒の老舗。のどかな昼とエキサイティングな夜、コーヒーは同じでも、それを取り巻く雰囲気はまったく異なる。 ■ http://www.cafeguarany.com

Almanaque アルマナック

左から:午後のコーヒーブレイクに訪れた常連客。/旅行中に店の評判を知ってやってきたブラジル人。/歩道に立てられた店の看板。お隣はアンティーク・ショップ。/この店の唯一のセールスポイントと言えそうなマガジンラックにはアート系のZINE(個人が発行する簡易出版物)も。

 グラシンダ・リベイラさんがこの店の主人になった経緯はちょっとした小説の書き出しのようだ。 「以前はポルトガルでは有名な歌手のマネジャーをしていたんですが、なにかまったく違う仕事がしたくて、辞めて、新しい仕事を探していたのです」  そんな時、知り合いからコーヒーショップをやらないかと声を掛けられる。わけを聞くと、ポルト大学芸術学部の近くに2人の学生がインスタレーション作品として内・外装を手がけた「店」があり、その展示期間が終わった後、そのまま実際の店として営業してくれる人を探しているという話だった。「作品」にはコーヒーメーカーもテーブル&チェアもちゃんと備えられていたので、グラシンダさんは、それらを使って開業することができた。16席のこぢんまりした店を彼女はひとりで切り盛りしている。もともとの作品コンセプトが「雑誌とコーヒーの店」だったので、店名はキリスト教系の雑誌名から取った。マガジンラックには、市販の雑誌に混じって、大学の先生が自主制作した媒体も置かれている。

左:歩道に据えられたテーブルにいたのはスペイン人のカップル。店の外観が気になって入店した。/右:グラシンダさんはポルトから少し内陸に入ったペニャフィエルという町の出身。コーヒー豆はブラジルとアンゴラのものを使っている。

落ち着く場所、というこの街らしいポジション。

 

どこにでもあるようなエスプレッソ・ドリンクとスイーツがそれぞれ数種類。これといった特徴がないことがこの店の魅力なのかもしれない。「ただ落ち着く場所にしたかったんです」とグラシンダさんは言う。客の大半は大学の生徒や先生たち。近くに警察署があるので、警察官も多い。完全地元密着かと思いきや、ネットで店の存在を知った人がブラジルや韓国から訪ねてきたこともあるというから、これはもうそういう時代だと言うしかない。 「グラン・カフェ」といった趣の店とはまったく違う発祥、違うコンセプトを持ったこの小さな店。だが、そこにあるコーヒーの香りと誰もがくつろげる気のおけない雰囲気は、やはりこの街ならではなのだ。

左:ポピーシードとレモンのケーキ(1.5ユーロ)。/中央:カプチーノ(1.9ユーロ)。/右:ビーツのケーキ"レッド・ベルベット"(1.8ユーロ)。ケーキ類は知人の店から仕入れている。


Almanaque アルマナック ポルト大学の学生が課題として制作したアート作品だったというユニークな起源を持つカフェ。実際のカフェになって、コーヒーを楽しみに人が集まったことで、いよいよ本物のアートになったのかも? ■ https://www.facebook.com/almanaque.mc.porto

Armazén do Caffè アルマゼン・ド・カフェ

左:マネジャーのパウラさん。/中央:映画帰りのカップル、友だち同士、家族連れなど、あらゆるタイプの客が来店。シーズンには観光客が8割を占めることもある。/右:量り売りのコーヒー豆を袋に詰めるスタッフ。中南米諸国を中心にアフリカ、東南アジアの豆も。

「ニューヨークにあるような店にしたかったの」とマネジャーのパウラ・モンテイロさん。古い映画館のあるビルの1階部分にあって、映画帰りの客も多い。ベルギー産のショコラが並ぶショーケースの背後には、ジャマイカのブルーマウンテンを筆頭に、キューバ、コロンビア、エチオピア、ブラジルなど10カ国のコーヒー豆が量り売り用のサーバーに入れられて並ぶ。メニューには15種類ものエスプレッソ・ドリンクが。「エスプレッソ・グルメ」は豆を7カ国からチョイスできる。ケーキ、ジェラート、フラッペ(かき氷)......ニューヨークっぽいかどうかは別として、極めて豊かなメニューである。  じつはこの店、ポルト北郊に本拠を置く、コーヒー関連のサプライヤーが4年前に開いたもの。本社はコーヒー豆、焙煎機等機器の販売から、技術指導まで行っている。多様なメニューの展開は、会社の技術の見せ所といった意味合いもあるのだろう。

人々の暮らしに寄り添った、この街なりの最先端。

左:ブラジルとエチオピアの豆を使ったエスプレッソ(0.70 ユーロ)とベルギー産のショコラ(1粒0.75ユーロ)。/中央:ボリューム満点のジェラード・ヴェローナ(3.90ユーロ)。/右:ポップには「世界各地の素晴らしいコーヒー豆」と書いてある。麻袋がまたいい感じ。

 この店が扱っている〝世界のコーヒー〟の銘柄を見てもわかる通り、ポルトにはまだ畑やプロセスによる微妙な違いにまで言及するような先進的なコーヒーショップは登場していない。だからといって、この街のコーヒー文化が劣っているわけでは決してない。ある種の潮流には乗り損ねているかもしれないが、ポルトにはポルトなりの歩みがあり、リラクシングなコーヒーの楽しみ方があるのだ。多くの客が150g=15ユーロの豆を買い求めていく。売れ筋は、ティモール、スマトラ、そしてブラジルだという。
Armazén do Caffè アルマゼン・ド・カフェ コーヒー関連のサプライヤーが開いたカフェ。10カ国から取り寄せたコーヒー豆、多様なエスプレッソ・ドリンクによるメニュー展開などで、地元の固定客をがっちりと掴み、飽きさせない。 ■ https://www.facebook.com/pages/Armazem-Do-Cafe/419290114794603
1ユーロ = 約132円(2015年11月現在)
取材・文 浮田泰幸 / 写真・吉田タイスケ 更新日:2016/01/05
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