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COFFEE BREAK
世界のコーヒー-World-
新旧取り混ぜが面白い、港町ポルトのカフェ事情。
Majestic Café マジェスティック・カフェ
ハイブランドのブティックが軒を並べるポルト随一のプロムナード、サンタ・カタリーナ通りで一際目を引く建物がマジェスティック・カフェだ。1923年創業。優美な曲線を多用した装飾的なデザインは、当時のヨーロッパで大流行したアール・ヌーボーの影響が色濃い。黒服にボウタイ姿のドアマンに導かれて、ひとたび店内に踏み入ると、そこは何もかもが古めかしく厳かで、まるでファンタジーの世界。 「だからこそ、あの名作がここから生まれたんでしょうね」
勤続19年のウェイター、ジョエル・モレイラさんが言う〝名作〟とは、『ハリー・ポッターシリーズ』のことだ。91年から英語教師としてポルトで暮らした作者のJ・K・ローリング女史は、この店のテーブルでコーヒーを啜りながら『ハリー・ポッターと賢者の石』の一部を執筆したという。シラク元フランス大統領、ミュージシャンのニック・ケイヴなどもこの店のご贔屓だと、モレイラさんは得意げに語った。港町ならではの自由な気風、その象徴としてのコーヒー。
メニューを開くと、朝食に始まり、英国風のアフタヌーンティー、オードブルから楽しめるグランドメニューまである。日がな一日、いつでも過ごすことができるのは往時のスタイルのままだ。多くの人がこのカフェに望むのはコーヒーと甘い物と過ごすひとときだ。店の雰囲気に合わせるなら、ホイップをたっぷりと入れたコーヒーにラバナダス(ポルトガル版フレンチトースト)かナタ(エッグタルト)を注文したい。コーヒーの前後に、この街の名前が付けられた甘口ワインを嗜む人もいる。ポートワインは、この街を流れるドウロ川の畔で熟成され、船に積み込まれて世界へと出荷されていった。その代わりに主にブラジルからのコーヒー豆を積んだ船がポルトにやってきた。古の交易がこの店のテーブルに自由の気風を今ももたらしている。
Guarany グアラニー
〝カリオカ〟は薄めのコーヒー、小さなカップに入れて出すスペインのコルタードに相当するものは〝ピンゴ〟、〝メイア・デ・レイテ〟はカフェオレ、〝ガラオン〟はカフェラテのこと。この店のメニューには、ブラジル由来のポルトガル語表記が踊り、眺めているだけで旅気分が高揚してくる。1933年創業、前出のマジェスティック・カフェと並んで、ポルトを代表する老舗カフェだ。入って右側の壁に嵌められた一面のガラス窓は坂道に面していて、上り下りする通行人や車の動きが即興劇のように眺められる。それは、人々の暮らしとともにこの店が歩んできた象徴のように見える。一方、左側の壁には、グラサ・モライスというアーティストの手になるブラジル先住民の文化をモチーフにした絵画作品が飾られている。 店名のグアラニーはブラジルはじめ、南米の先住民を指す言葉だ。18~19世紀にかけて、多くのポルトガル人が開拓者としてブラジルに渡った。 その後母国に戻ってきた人たちにとって、「ブラジル」や「グアラニー」という響きとコーヒーの香りは、ノスタルジアを誘うものとなった。
夜は音楽に身を任せて、ゆったりとコーヒーを。
創業時からこの店の売り文句は「音楽の聴けるカフェ・レストラン」というものだった。往時にはフルのオーケストラが入って演奏を聴かせていたという。その後、戦争や不況があって、演奏が聴けなくなった時代もあったが、33年前にこの店を買い取った現オーナーが伝統を復活させた。今日ではポルトガルの哀調ファドやブラジル、キューバなどのポップスのライブが毎晩楽しめる。 昼間は坂道の〝ドラマ〟を眺めながらのんびりとコーヒーを味わい、夜は音楽に身を任せてゆったりとコーヒーを味わう。地元ポルトの人たちにとってはそれがこの店の当たり前の使い方であるという。
Almanaque アルマナック
グラシンダ・リベイラさんがこの店の主人になった経緯はちょっとした小説の書き出しのようだ。 「以前はポルトガルでは有名な歌手のマネジャーをしていたんですが、なにかまったく違う仕事がしたくて、辞めて、新しい仕事を探していたのです」 そんな時、知り合いからコーヒーショップをやらないかと声を掛けられる。わけを聞くと、ポルト大学芸術学部の近くに2人の学生がインスタレーション作品として内・外装を手がけた「店」があり、その展示期間が終わった後、そのまま実際の店として営業してくれる人を探しているという話だった。「作品」にはコーヒーメーカーもテーブル&チェアもちゃんと備えられていたので、グラシンダさんは、それらを使って開業することができた。16席のこぢんまりした店を彼女はひとりで切り盛りしている。もともとの作品コンセプトが「雑誌とコーヒーの店」だったので、店名はキリスト教系の雑誌名から取った。マガジンラックには、市販の雑誌に混じって、大学の先生が自主制作した媒体も置かれている。
落ち着く場所、というこの街らしいポジション。
どこにでもあるようなエスプレッソ・ドリンクとスイーツがそれぞれ数種類。これといった特徴がないことがこの店の魅力なのかもしれない。「ただ落ち着く場所にしたかったんです」とグラシンダさんは言う。客の大半は大学の生徒や先生たち。近くに警察署があるので、警察官も多い。完全地元密着かと思いきや、ネットで店の存在を知った人がブラジルや韓国から訪ねてきたこともあるというから、これはもうそういう時代だと言うしかない。 「グラン・カフェ」といった趣の店とはまったく違う発祥、違うコンセプトを持ったこの小さな店。だが、そこにあるコーヒーの香りと誰もがくつろげる気のおけない雰囲気は、やはりこの街ならではなのだ。