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コーヒー・ワンダーランド

コーヒーと世界遺産 Vol.11

カフェ文化の礎を築いた、女帝マリア・テレジア時代。
シェーンブルン宮殿

マリア・テレジア・イエローと呼ばれる鮮やかな黄色の外観が印象的なシェーンブルン宮殿。6歳のモーツァルトが演奏した「鏡の間」やウィーン会議(1814〜1815)の舞踏会で使われた「大広間」など見所が多い。庭園の一角に宮殿名の由来となったシェーンブルン「美しい泉」があり、飲料水としても使われていた。

 オーストリア・ウィーンの歴史は、この地に640年にわたって君臨したハプスブルク家を抜きにしては語れない。「カフェの都」と呼ばれるほどに花開いた独自のコーヒー文化もしかり。その礎となったのは、シェーンブルン宮殿を完成させ、ハプスブルク家の全盛期を築いた女帝マリア・テレジア(在1740ー1780)の時代だ。
 17世紀後半、ウィーンの街にカフェが登場するが、宮廷で愛飲されていたのは専らココアだった。だが、マリア・テレジアが君主の座に就いた後、貴族の間で生クリームやリキュールを入れたコーヒーがよく飲まれるようになる。それには次のような背景があった。
 1747年、女帝は長く折り合いの悪かったカフェ店主とアルコール店主の組合を和解させ、統合する政策を実施。カフェでアルコールの取り扱いが可能になり、そこからリキュールの入ったコーヒーが流行していったのだ。
 今もカフェのメニューで目にする「カフェ・マリア・テレジア」。これは熱いコーヒーにオレンジリキュールと砂糖を加え、ホイップクリームをのせた上に砕いたキャンディをちりばめたもの。その濃厚な味わいは、ココア好きの宮殿の人々にも親しまれたようだ。
「ウィーンのコーヒーは、ミルクや生クリームの割合、状態、他に加えるものの種類などによってメニュー名が細かく違っていて、バラエティに富み、見た目も華やかです。歴代皇帝が甘いもの好きで、晩餐会でさまざまなお菓子を楽しんだハプスブルク家の家風がコーヒーにも反映されているのかもしれません」と話す池田まゆみさん。

女帝が愛した宮殿と、美しい食器たち。

政治を行いながら16人の子供を産んだマリア・テレジア。娘の中にはフランス王妃となったマリー・アントワネットがいる。©UIG/時事通信フォト

「マリア・テレジアはオーストリアを代表する磁器工房にも深く関わっています。1718年、ドイツ・マイセンから連れてきた二人の職人によって、ウィーンにヨーロッパで2番目の磁器工房が生まれました。しかしその後、女帝の時代になると経営困難に陥ります。そこで彼女は1744年に工房を買い上げ、皇室直属の窯としました。ちょうどシェーンブルン宮殿が完成する時期で、宮廷の食卓には連日、美しい食器が並んだのです。コーヒーを飲むためのカップもたくさん作られました。19世紀に工房は再び苦しい時代を迎えますが、20世紀、かつてマリア・テレジアの狩猟の館があったアウガルテン宮殿へと移転し、再興されます。これが現在の〝ウィーン磁器工房アウガルテン〟です。この時代にはウィーン分離派の芸術家ヨーゼフ・ホフマンらと組んで、コーヒーカップなど歴史的名品を次々と生み出し、アウガルテンは新しい輝きを放つことになるのです」
 カフェもコーヒーも華やかでスタイリッシュ。ウィーンのカフェ文化には今も女帝の心が息づいている。

池田まゆみ(いけだ・まゆみ)
美術工芸史家。北澤美術館主席学芸員。日本大学藝術学部非常勤講師。日本ガラス工芸学会理事。学習院大学フランス文学科卒、学習院大学大学院人文科学研究科博士課程修了。著書に『ルネ・ラリック-光への軌跡』『ガレとドーム-四季の花』など。

監修 池田まゆみ(美術工芸史家) / 文 牧野容子
更新日:2018/04/18



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