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コーヒー・ワンダーランド

エッセイ*山川静夫【珈琲と歌と私。】

 考えてみると、珈琲という飲み物は、かつては都会人だけの嗜好品であって、田舎では無縁の存在だったような気がします。

 おまけに、私の育った静岡市は日本茶のメッカで、来客があれば〝和菓子とお茶〟という組み合わせのおもてなしが当たり前でしたから、珈琲をたしなむ家庭はほんのわずかでした。更に、父は神主、母は和裁を教えていましたから、西洋文化が立ち入るスキなどあろうはずもなかったのです。しかし、今は違います。三味線音楽が衰退し、ドレミの音楽教育が普及するのに呼応して、珈琲文化が日本中に広まっていったのです。農家の縁先でも、来客があればすぐ珈琲でくつろぐ時代となりました。

 私が珈琲に親しむようになったのは、東京で学生生活を始めてからのことです。上京した直後、友人に誘われて歌舞伎に親しむようになり、それも貧しい生活を切り詰めてまで連日〝芝居通い〟です。昭和二十八年のことです。当時、歌舞伎座の三階にレンガ造りのおしゃれなBARがあり、そのバーテンダーが飛切り上等の珈琲を丁寧に淹れてくれるとの評判です。とはいっても、貧乏学生には手の届かぬ高嶺の花。もりそば、かけそばが二十五円、ラーメンが三十円の時代です。そのBARの珈琲は五、六十円したのですから手が出せません。

 そんな時には氏神がいるもので、「珈琲の味などわからねぇ学生には、もったいないが」と、大向こうの先輩がおごってくれたのです。ここに発見がありました。サイフォンを使う淹れ方でした。待たされました。上等の珈琲とはなんと手間取ることか。でも、丁寧に淹れた珈琲は重みがありました。それからは食費を切り詰めても、ちょっと格好つけたい時は、このBARの珈琲で幕間を優雅に過ごしたものでした。

 私は今でも、藤浦洸作詞・服部良一作曲の『一杯のコーヒーから』が大好きな曲で、「一杯のコーヒーから夢の花咲くこともある」という歌詞を服部良一のアカぬけたメロディで聞くと、なぜか明るい気分になるのですが、この歌舞伎座三階のしゃれたBARの本格的な珈琲は、私の夢の幕開きでした。

 昭和三十一年に、NHKのアナウンサーになってからは、さかんに珈琲とつきあうようになりましたが、その時々の勤務地の街の様子や自分自身の心模様が、流行歌と共に記憶の中に浮かんできます。

 仙台で勤務していた頃は、なにをやっても仕事の調子が悪く、ヤケになって毎晩のように飲んだくれていましたが、繁華街では西田佐知子の『コーヒー・ルンバ』が明るくはずんでいたのを想い出します。昭和三十六年の『紅白歌合戦』には、その西田佐知子が初出場し『コーヒー・ルンバ』を歌いました。その時の白組の司会は高橋圭三、紅組は中村メイコで、それをテレビで見ながら自分とは遠い存在の世界として眺めていたものです。それが後年、私も「紅白」の仕事に携わるようになるとは……わからないものですね。

 昭和四十三年夏に東京へ転勤となり、その翌年の四月から夜のゴールデンタイムに放送された『おたのしみグランドホール』を九重佑三子と司会しました。その頃、ピンキーとキラーズの『恋の季節』が大ヒットしていて、ここにも珈琲が登場しました。そうです、「夜明けのコーヒー、ふたりで飲もうと、あの人は言った恋の季節よ」の歌詞です。

 あの頃を想い出すと、まだまだ色気盛りで、「夜明けのコーヒー」を「ふたりで飲む」なんてどんな味がするんだろうと、あこがれたものですが、その味わいも知らぬまま歳月は流れ、あっというまに八十路にさしかかっています。

 昨今は、色気もすっかり失せて、ひたすら健康に気を配る毎日です。しかし、珈琲とのつきあいは現在も続いています。私は相変わらず和食好みで三食御飯でもかまいませんが、少し炭水化物が多目になるので一食はパンか麺類をとるようにしています。そのパンにはインスタント珈琲が添えられます。甘味を避けてブラックでゆっくり飲みます。

 珈琲は癌やボケの予防になる、というのも老人にとって心強いかぎりです。この年になると、もう癌などは恐れませんが、認知症や糖尿病からも守ってくれるとはうれしいではありませんか。

 かつて私が司会していた科学番組『ウルトラアイ』で珈琲の効能を調べたことがありますが、カフェインは集中力や自律神経の働きを高める力があり、クロロゲン酸の加熱からできるカフェ酸は気分を落ち着かせる効果があるとか。また、トリゴネリンという成分は悪玉コレステロールを下げ、脂肪を減らす効果があるようです。

 本当は、ロマンチックな珈琲とこんなつきあいはしたくないのですが、健康が一番です。あの霧島昇のなつかしい歌「一杯のコーヒーから夢の花咲くこともある」をモットーにして、老人でも明るい夢を持ちたいものです。

Profile

山川静夫(やまかわ・しずお)
1933年生まれ。エッセイスト。56年國學院大學卒業後、NHKに入局。74年から『紅白歌合戦』白組司会者を9年連続で務めた。古典芸能、特に歌舞伎に精通している。『歌舞伎は恋』『大向うの人々』など著書多数。
山川静夫

文・山川静夫 / イラスト・唐仁原多里
更新日:2014/09/30



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