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コーヒー・ワンダーランド

エッセイ*金子達仁【アイスコーヒーと、バルセロナのカフェ。】

 バルセロナに留学してまず覚えたことのひとつは、「スペイン語の語順は英語とは逆になる(ことが多い)」だった。つまり〝白い・家〟は英訳すると〝ホワイト・ハウス〟になるが、スペイン語の場合は〝カサ(家)・ブランカ(白い)〟になる、といった具合である。

 だから、語順は間違っていないはずだった。では、単語自体が間違っていたのか? そんなはずはない。なのに、いつもは感じのいいカフェのおじさんは絵に描いたような〝びっくり仰天〟の顔をしている。周囲のお客さんから驚きの声が漏れたのも聞こえてくる。

「カフェ・イエロ・ポルファボール」──それがわたしの口から出たスペイン語だった。英語に直せば「アイス・コーヒー・プリーズ」ということになる。語順を入れ換えたあたり、我ながら冴えていると思った。

「もう一度言ってくれるかね、若いの」
 しばし唖然としていたおじさんがそう言うので、もう一度繰り返すことにした。ひょっとしたらこちらの発音が悪かったのかもしれないと思い、ゆっくり、しっかりと発音する。コーヒー、アイス、お願いします。

 おじさん、いよいよ唖然としている。いつもはこちらの拙いスペイン語にも一生懸命耳を傾け、なんとかコミュニケーションを取ろうと頑張ってくれる人なのに、この時ばかりは途方にくれた顔をしてしまっている。

 そうか、忙しい朝の時間帯にアイスコーヒーを作るのはちょっと大変なのかもしれない。そう直感したわたしは、リクエストを変えることにした。コーヒーの分量1に対してミルク2分の1を入れた〝カフェ・コルタード〟に、ハムとチーズを乗せたホットトースト〝ビキニ〟といういつもの組み合わせ。お店の人の都合を考えることができるのは、学生時代にさんざん客商売をやったわたしならではの美徳である。

 これは朝からいいことをした。気分よく語学学校へ登校したわたしは、1時限目、「最近のエピソードを話しなさい」という教師からの指示に、待ってましたとばかりに答えた。

 3分の1のクラスメイトはふんふんと頷いていた。3分の2は露骨に顔をしかめていた。ちなみに、チリ人教師のエリック・セルダ先生はニヤニヤしている。

「イマヒナテ、ネコ」──想像してみなさい、と先生は言う。ネコ、とはわたしのニックネームである。わかりました。想像します。

「アロス・コン・レッチェ。この国ではポピュラーなデザートだが、キミたち日本人はそう聞いてどう思う?」

 うげえーーーーっ! アロスは米。コンは英語のwith。レッチェはミルク……てことは、ご飯の牛乳和え? 絶対にありえんし認めんぞ、そんな気色の悪いもん……という表情を、わたしは想像することに成功すると同時に浮かべていたはずである。我が意を得たり、とばかりに先生が言う。

「キミがカフェで頼んだのは、スペインの人たちにとって、そういう類のものだったのだよ」

 まじっすか? じゃ、カフェのおじさんが困ってたのは、忙しいからとかじゃなくって、想像を絶するゲテ物を注文されてしまったから、だったんですね?──と言いたいところだったのだが、なにせ、ダントツでクラスの劣等生だったわたしにそんな能力があるはずもなく、まずしかめっ面を、次に納得顔をすることで「理解はしました」という意図を伝えることにした。

「毎年必ず、キミのような日本人がいるんだ。アメリカ人の場合もあるがね」

 なるほど、わたしが披露したエピソードをふんふんと聞いていたのは、クラスの3分の1を占めるアメリカ人と日本人だった。顔をしかめていたのは、ヨーロッパ、あるいは南米出身の生徒だった──。

 ずいぶんと前の話である。まだ統一通貨ユーロは導入されておらず、スペインの通貨はペセタだった。日本サッカーがワールドカップに出場するなんて、夢のまた夢の時代だった。それでも、スペイン人にとっての冷たいコーヒーとは、日本人にとってのご飯の牛乳和えぐらいにとんでもないゲテ物である……ということを知った瞬間の記憶は、いまでもびっくりするぐらいに鮮明に残っている。

 ちなみに──。

 その日の夜、家の近所の安レストランでご飯の牛乳和えを頼んでみた。砂糖がかかっていた。翌日、学校で「俺は日本人だがご飯の牛乳和えを食べた。あなたたちもアイスコーヒーに挑戦してみるべきだ」と言いたくて……語学力のなさゆえ断念した。悔しくて、もっと真剣にスペイン語を頑張ろうと思った。

 一年の稼ぎが90万円しかなかった、1995年の思い出である。

Profile

金子達仁(かねこ・たつひと)
1966年生まれ。ノンフィクション作家。97年、処女作『28年目のハーフタイム』、フランスW杯アジア予選を追った第2作『決戦前夜』もベストセラーに。稀代のノンフィクション作家として注目を浴びている。
金子達仁

文・金子達仁 / イラスト・唐仁原多里
更新日:2013/09/9



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