COFFEE BREAK

健康

健康-Health-

2017.12.19

体内の「炎症」を、コーヒーが抑える?

動脈硬化や糖尿病などの生活習慣病は、体内で起こる「炎症」が引き金となる。しかし、毎日コーヒーを飲むことによって、炎症を抑える可能性があるという。

 いつまでも健康でありたい――それは誰もが望むことだろう。しかし、その願いを拒む要因の一つに「生活習慣病」がある。糖尿病や動脈硬化、がんなどは、食べものや運動、休養などの生活習慣と深いかかわりがある。 
 しかし、コーヒーを飲むことでこうした生活習慣病の発症を抑える、あるいは発症時期を遅らせる可能性があるという研究が発表された。東京農工大学大学院 農学研究院 食品化学研究室の准教授、好田正さんに話を聞いた。


体の免疫系に与える、「食べもの」の効果。

 好田さんは学生時代から一貫して「食べものは、免疫系にどういう影響を与えるのか」を研究してきた。今回のコーヒーの研究もその一環である。
「食品と免疫系の関係でいえば、『食品アレルギーはどうして起こるのか』が大問題です。しかし、私はアレルギーを起こす物質や仕組みだけでなく、アレルギー症状を緩和したり、抑制することができる食べものの研究も続けています」(好田さん)
「誰もが安心して食べられる食品を考える」。これが好田さんの研究テーマだ。食べものは栄養をはじめよい影響を体に与えるが、アレルギー反応のような悪い影響を及ぼすこともある。
「アレルギーとは、免疫機能のバランスが崩れることで起こります。通常、免疫系は自分に害のない食べものは攻撃しません。ですから食品アレルギーが起こる場合は、そのメカニズムが破綻していたり、弱まっているのです」
 食べものが体の免疫系に与える効果を解明し、その先にある分子と分子の相互作用まで解き明かして人の役に立ちたい。それが好田さんの目標だ。


放っておけない、体内の「慢性炎症」。

 今回の研究にかかわるテーマは、人の体の内部で起きる「炎症」だ。
「風邪をひいたら熱が出ますし、手に小さな切り傷ができたらその周辺が赤く腫れますね。これらは免疫系が『治そう』と作用してできる炎症です」
 炎症は免疫系が働いている証拠で、人間にとって大事な現象である。
 風邪をひいたときに起こる炎症は「急性炎症」だ。熱が出たり頭痛が起きたりするが、辛ければクスリである程度抑えることができるし、原因が取り除かれれば快方へと向かう。人間にとって問題なのが「慢性炎症」だ。
「自覚症状もない弱い炎症ですが、長く続くといろいろな病気の『引き金』になることがわかってきました」
 慢性炎症がなぜ起きるのかはまだ完全にわかっていない。しかも、体にとってほんとうに必要なのかどうかすらわからないという。
「『弱い炎症だったら放っておけばいい』と思うかもしれませんが、ここ10~20年ほどの間に『放っておいてはいけない』ことがわかってきました」
 弱い炎症がずっと続くことで、周辺の細胞や組織が徐々にダメージを受け、その結果として糖尿病や動脈硬化といった生活習慣病が将来起きてしまう危険が高まる。弱い炎症が起こらないようにすれば、病気を先送りしたり抑えられるのではと期待されているが、それを実証する研究はさほど進んでいない。そこで好田さんは食品の研究者としてクスリに頼ることなく、食べもので慢性炎症を抑える方法やメカニズムを研究してきた。たしかに「長い間、継続して」摂り続けるには、食べものほどうってつけなものはないだろう。
「この瞬間も起きているけれど自分では認識できない弱い炎症に、数十年単位で摂り続けられる食べものが有効ならば、多くの人の役に立つはずです」
 すでに自覚症状がある人よりも「元気でどこも悪くない」と思う人こそ、食べものの力で健康を維持することが大事。好田さんはそう考えている。


乳酸菌が増やす、Treg細胞。

 もともと食品が原因となる重大疾患「食品アレルギー」の研究に取り組んでいた好田さんには二つの着眼点があった。一つめが「アレルギーの原因となるアンバランスな免疫応答を改善する食べものを探すこと」。二つめが「アレルギーになってしまった後の症状を緩和させる食べものを探すこと」だ。
「二つを探す過程で『アレルギー症状の一つである炎症を緩和する効き目があるかもしれない』と思うものを見つけました。一般的に炎症を抑える力は食べものよりもクスリの方が強いと思いがちですが、マウスの実験では、軽度な炎症ならば食べもので改善できるのです」
 とはいえ、悪化したアレルギー症状を改善することは難しいかもしれない。それよりも、生活習慣病の引き金である慢性炎症を起こさないために食べものを用いる方が効果的なのではないか。そう考えて、研究のターゲットをアレルギーから慢性炎症にも広げた。
 このとき着目したのは「乳酸菌」だ。乳酸菌はアレルギー症状を緩和したり、感染症を減らすなど免疫系に影響を与えるという研究が発表されはじめていたある日、「当社が扱う乳酸菌も免疫系に効果があるのでしょうか」と企業から問い合わせがあった。「試してみましょう」と乳酸菌を用いた実験を行なったところ、アレルギーを緩和するだけでなく、アレルギー反応の結果として起きている炎症に対してもよい影響を及ぼすことがわかった。
 乳酸菌がどのような仕組みで炎症を抑えているのかを調べると、「制御性T細胞」(Treg細胞)が増えていた。そこで好田さんは「乳酸菌を食べるとTreg細胞が増える」という論文を2009年に発表する。Treg細胞は免疫系の過剰な反応を抑えたり、免疫系のバランスを整えて恒常性を保つために重要な役割を担う。
「それまでになかった報告なので、大きな反響がありました。さらに、他の研究者からは『健康な人に比べてアレルギー疾患の人はTreg細胞が少ない』という報告もあり、Treg細胞の重要性が確認されました」
 このTreg細胞の存在が今回のコーヒーの研究につながっていくのだ。


コーヒーを飲むことで、Treg細胞が増加する。

 好田さんはTreg細胞をさまざまな角度から検証していった。
 乳酸菌を食べて増えたTreg細胞を他のアレルギー性疾患マウスに投入すると症状が緩和した。乳酸菌でTreg細胞が増えるメカニズムを探ると、腸の免疫器官にある細胞に変化が生じて、Treg細胞を誘導するような物質をつくることも発見した。
 この乳酸菌とTreg細胞の関係を探るなかで「腸の細胞を取り出して培養し、さまざまな食べものを加えて、その変化を読みとる」という実験系体系を好田さんは確立する(図1)。

「いろいろな食品を試しましたが、その一つにコーヒーを選んだのです」
 コーヒーに目を向けたのは、多くの人が日常的に飲んでいること、そして以前に効果を確認していた緑茶と同じくポリフェノールを多く含むからだ。
「ポリフェノールが効くのだとすれば、コーヒーも効果があるかもしれないと考えました。それにコーヒーが体によい影響を与えることは広く知られていますからね」
 コーヒーの最初の実験は「Treg細胞を誘導できるか否か」だった。マウスの腸にある免疫組織から取り出した細胞に、数種類のインスタントコーヒーを添加すると、いずれのコーヒーでも効果があった(図2)。
 次に、もっとも結果がよかった「コロンビア」を、細胞ではなくマウスに経口投与した。結果は「コーヒーを飲ませると、Treg細胞が増える」という明快なものとなった(図3)。さらに「オマケの実験」(好田さん)として、マウスの細胞に乳酸菌とコーヒーを併用することも試みた。ここでもコーヒーは乳酸菌と相乗的な効果を示し、Treg細胞を増やした(図4)。
 さらにマウスに経口投与する実験も行なった。コーヒーを10日間自由に飲めるようにし、乳酸菌も1~2日おきに10日間投与。この実験でもコーヒーと乳酸菌は相乗効果を示した(図3)。
 これらの実験によって、①コーヒーはTreg細胞を増やす、②コーヒー+乳酸菌は相乗効果でさらに効くということがわかった。


慢性炎症を抑制する、コーヒーと乳酸菌。

 好田さんは、コーヒーの一連の研究の最後に「コーヒーが慢性炎症に効くかどうか」を探った。コーヒーによって誘導されたTreg細胞が慢性炎症を抑えられるなら、コーヒーを飲み続けることで生活習慣病が予防できるはずという考えがあった。
 体のなかで起こる慢性炎症の原因はまだよくわかっていないものの、肥満はその一つであると考えられている。そこでまず炎症を起こしやすいように高脂肪なエサをマウスに5週間食べさせ、同時にコーヒーを5週間自由に飲めるようにし、さらに乳酸菌を1~2日おきに5週間経口投与した。その実験結果が「コーヒーによる抗炎症活性の評価」だ。コーヒーや乳酸菌を投与することで、脂肪組織の炎症が抑えられる傾向が見られた(図5)。
「人に置き換えると、自覚症状のない元気な人の体のなかで起きている炎症を抑える働きが、コーヒーや乳酸菌にあることがわかったのです」
 太ると生活習慣病になりやすい理由は、実は長い間よくわかっていなかった。最近、大きな原因の一つが慢性炎症だということが判明した。
「体が太ると細胞も太りますが、太った細胞は炎症を起こしやすい物質を放出します。逆に言えば、太っていても炎症さえ起きなければ生活習慣病にはならない。そう言われはじめています」
 生活習慣病にならないために痩せなければいけない。私たちはそう思い込んでいる節がある。しかし、慢性炎症さえ防げれば、痩せなくてもよいのだ。
「『慢性炎症は生活習慣病の引き金で、太ることが炎症の引き金である』という因果関係がわかりました。炎症さえ抑えればいいのです。無理して痩せるよりも、毎日の食べものに気をつけて慢性炎症を防ぐ方がずっとやりやすいはずです」
 好田さんは、動脈硬化や糖尿病になったマウスでコーヒーの効果を実験したいと願っている。
「半年から1年もあれば実験はできるはず。そうすれば『コーヒーを飲むことで生活習慣病にならない、あるいは発症時期を遅らせられる』というところまで踏み込めると思います」


多様性に富むからこそ、一種類に絞らずに。

 コーヒーは、Treg細胞を増やすことで炎症を抑え、アレルギーや生活習慣病などの予防や緩和に効果を発揮する可能性が示唆された。また、この活性は乳酸菌との相乗効果が期待できる。今回の結果について、「おおむね予想通り」と好田さんは言う。
「唯一の不安は『コーヒーがTreg細胞を誘導できるか』という点でした。ですので、Treg細胞を誘導できることがわかった後は、想定していた通りでした」
 コーヒーに含まれるどんな成分が炎症を抑えるのかは定かではない。ポリフェノールは有力な候補だが、かつて緑茶で炎症抑制の実験をした際にポリフェノールの一種「エピカテキン」のみ投与したが効果が認められなかったことがあるので、ポリフェノールではないかもしれないとも考えている。
「コーヒーにある程度の量が含まれている『多糖』も候補かもしれません」
 グリコーゲンやデンプンに代表される多糖は、種類によっては免疫系に強い影響を与える物質だ。この多糖の免疫調節作用についてもゆくゆくは調べてみたいと好田さんは語った。
 好田さんはかなりのコーヒー好きだ。
「平日はなかなか時間がとれないので缶コーヒーが多いですが、休日には豆をがりがりと挽いて、コーヒーサイフォンでポコポコと上下している様子を見るのが好きです。アルコールランプだけだと時間がかかるので、ある程度温めた湯を入れてクライマックスにすぐ到達するようにしたりしています」
 そう笑う好田さんに、体内の炎症を抑えるための心がけについて尋ねた。
「筋肉を動かすと炎症を抑える成分が放出されるので、ほどよい運動は必要です。またストレスや睡眠不足も体のバランスを崩して炎症の原因になりますから注意が必要です」
 最後にコーヒーとの付き合い方についてアドバイスをお願いした。
「コーヒーもお茶も品種は豊富ですから、いろいろ試した方がよいです。今回は市販のコロンビアがいちばんよく効きましたが、焙煎の具合や保存状態で変わる可能性もありますし、食べものはクスリではないので、たとえよいものであったとしても一種類だけ摂ればいいというわけではありません。バラエティーに富んだ食事は生活を豊かにします。まだ研究途上ですしね」
 食べものは多様性に富んでいる。ふだんからいろいろな食べものに興味をもって、味を楽しみながら摂る。それが健康につながるのだろう。

好田 正(よしだ・ただし)
東京農工大学大学院 農学研究院 食品化学研究室 准教授。博士(農学)。研究分野は「食品化学」。東京大学農学部農芸化学科卒業。東京大学農学生命科学研究科博士課程在籍中に東京農工大学助手に就任。
文・前川太一郎 / イラスト・西田ヒロコ
更新日:2017/12/20
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