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コーヒーと健康

脂質と腸内細菌、コーヒーの関係。

細胞内にコレステロールが過剰に溜まると老化を促すが、コーヒーを飲むことで細胞の老化を抑えられるのだろうか。

 年配の方々は「高脂血症」という言葉になじみがあると思う。これは血液中の悪玉コレステロールや中性脂肪が多すぎるため、「動脈硬化」になりやすい状態を指していた。ところが、善玉コレステロールが少なくても同じように危険だということがわかり、悪玉コレステロール値が高い、中性脂肪値が高い、善玉コレステロール値が低いことをまとめて、今は「脂質異常症」と呼ばれている。

 ご存じのように日本では戦後になって食生活をはじめとするライフスタイルが急速に西洋化したため、脂質異常症と判断される人が増えている。体内の血管で動脈硬化が起きると、次第に血管内部が狭くなり血液が通りにくくなる。心臓の血管が詰まると急性心筋梗塞に、脳の血管が詰まったときは脳梗塞になる。脳血管疾患と心疾患によって介護が必要になった65歳以上の人の割合は全体の2割を占め、特に男性に限ると約3割にのぼる。(図1)

 コレステロールや中性脂肪のバランスは生命の維持、そして健康寿命にかかわる問題だ。今回は、動脈硬化の予防を研究する小倉正恒さんが取り組んだコーヒー摂取とコレステロールと中性脂肪、そして腸内細菌叢(腸内フローラ)との関係性について紹介したい。

コレステロールには、善玉と悪玉がある。

 国立循環器病研究センター研究所 病態代謝部 脂質代謝研究室長を務める小倉さんは、防衛医科大学校で学び海上自衛隊で医官を務めたのち、防衛医科大学の大学院に移って善玉コレステロールについて研究した。

「善玉コレステロールと呼ばれているのはHigh Density Lipoprotein cholesterol(HDL)に含まれるコレステロールのことです。HDLは細胞のなかに余分に溜まったコレステロールを取り除き、肝臓へ戻すというとても重要な働きをします。一方、悪玉コレステロールとはLow Density Lipoprotein cholesterol(LDL)に含まれるコレステロールのこと。本来LDLは細胞が必要とするコレステロールを肝臓から末梢に運ぶ大切な役割を果たすのですが、血液中に増えすぎると血管壁に溜まり、『プラーク』というこぶができて血液の流れが悪くなり、動脈硬化を促します。それを放置してプラークが破れたりすると、急性心筋梗塞や脳梗塞を引き起こすのです」(小倉さん)(図2)

 HDLは余分なコレステロールを引き抜いてプラークを小さくする。つまり、動脈硬化を抑制する働きがあるから善玉なのだ。小倉さん自身コーヒー好きということもあって、HDLの働きを研究する最初の実験がコーヒーのポリフェノールを用いたものだった。しかし、当初は実験がなかなかうまくいかなかったと振り返る。

「手技が安定しなくて再現性が得られなかったのです。『研究よりも、患者さん一人ひとりを大事に治療する方が、意義があるんじゃないか』と先輩に話したこともありますが、卒業が迫った4年目に自分の仮説を裏づけるデータがとれました」

 その瞬間、鳥肌が立ったそうだ。その体験が「脂質の研究を続けられたら」と考えるきっかけになったという。

細胞内の恒常性が崩れるから病気に?

 小倉さんが「脂質」と呼ぶのは、血液中にあるコレステロールや中性脂肪、リン脂質、遊離脂肪酸といった物質の総称だ。脂質は、細胞膜やホルモンの材料、活動するためのエネルギーの貯蔵庫になるなどヒトの体のなかで大切な働きを担っており、肝臓でつくられたり、食事から摂りこまれている。ただし、細胞内でも血液(=細胞の外)でも脂質が多すぎるとバランスが崩れてしまい、病気の原因となる。

「細胞内の余剰なコレステロールの蓄積は細胞老化に関与していますので、コレステロールを回収するHDLは抗老化にかかわっている可能性があります。実際に健康な80代の人は若年者よりもHDLがコレステロールを引き抜く機能が高いという発表もあります」

 また、コーヒーはクロロゲン酸をはじめとするポリフェノールを多く含んでいることは知られているが、コーヒーを飲むとポリフェノールは体内で多様に代謝される。小倉さんたちはかつてその代謝物の「カフェ酸」と「フェルラ酸」がHDLによる細胞内のコレステロール引き抜き能を促進することを突き止めて報告している。

「カフェ酸とフェルラ酸がマクロファージというプラークに含まれる細胞からコレステロールを引き抜くHDLの働きを助けることがわかって以来、ずっとHDLの研究を続けていました。最近考えていたのは、『細胞内のコレステロールの恒常性が崩れるから病気になるのではないか』ということ。例えば、加齢黄斑変性症という老化に関連する目の病気も、HDLによるコレステロール引き抜き反応が落ちていることが影響しているとの報告があります」

 細胞内コレステロールの恒常性破綻が病気につながると考えていた小倉さんのもとに、老年病に興味を抱く大学院生がやってきた。そこで、「コーヒーポリフェノールがHDLによる余剰コレステロールの引き抜き能を高めるなら、細胞老化も抑制できる」と仮説を立て、その検証に取り組むことにした。

他分野の研究者から、知見を借りる。

 ここで小倉さんは過去の実験とは異なるアプローチを試みようと、京都大学農学部で腸内細菌による脂肪酸代謝物の生成やその生理作用を研究している岸野重信准教授の力を借りた。

「サラダオイルなどに入っているリノール酸は多く摂りすぎると体によくないといわれていますが、実は体内に入ると乳酸菌などの腸内細菌がもつ酵素で代謝され、体内の炎症を抑える働きをもつ新しい脂肪酸になることもあるのです。岸野先生はそういう研究をしています。ポリフェノールは脂溶性なので、『腸内細菌とポリフェノールをかけ合わせるとおもしろい研究ができるのでは?』と声をかけました」

 岸野さんの研究グループの協力を得て、フェルラ酸とキナ酸を基質としてヒト腸内細菌を含む菌株に作用させて得られた代謝産物のうち、A~Iの9種類を用いた。

 1つめの実験は、「ヒト単球由来THP-1マクロファージ」を用いて、A~Iの代謝産物によるコレステロール引き抜き反応を見た。しかし、残念ながらHDLによるコレステロール引き抜き反応を助ける化合物は見いだせなかった。

 2つめの実験は、「マウス膵臓β細胞由来MIN6細胞(MIN6)」を用いて、同じくA~Iの代謝産物によるコレステロール引き抜き反応を見たが、こちらもHDLの働きを助ける化合物は見つけられなかった。

「MIN6は、もともとインスリン分泌を見るためによく使われている細胞です。膵臓のβ細胞もコレステロールが溜まってしまうとインスリンの出が悪くなります。HDLと共存させるとインスリン分泌がよくなるという報告もあったので、かなり期待していたのですが……」

肝がん由来細胞で、遺伝子検査を追加。

 2つの結果が芳しくなかったことを受け、小倉さんはヒト肝がん由来細胞の「HepG2」を用いた実験を追加で行なった。

「研究費をいただいたのに結果が出なくて申し訳ないと思って調べました。HepG2を用いたのは、コーヒーを飲むことで肝機能が改善した、または脂肪肝の抑制になるというデータを見たことがあったからです」

 近年、アルコールをあまり飲まないのに脂肪肝になる人が増えている。これは「非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)」と呼ばれ、メタボリックシンドロームの肝臓における表現型といわれる。しかも、NAFLDに併存する慢性炎症は、肝がんや心血管疾患など健康寿命を縮める疾患の原因となる。

「コーヒーによる肝機能の改善や脂肪肝の抑制に関する有効物質はまだ特定されていません。さらに、私はコーヒーに加えてお酒も大好きですが、長年お酒を飲んでいても肝機能のデータがまったく変わらないんです。そういう体質なのか、それともコーヒーが効いているのか知りたいという好奇心もありました」

 小倉さんは、HepG2を用いて、コーヒーポリフェノールの腸内細菌代謝産物A~IがNAFLDの病態形成にかかわる分子のmRNA()レベルに及ぼす影響を調べた。(図3)

 すると興味深いことがわかった。いくつかのコーヒーポリフェノール代謝物がNAFLDの予防に関与する可能性が示唆されたのだ。(図4、5)

「肝臓は中性脂肪を合成しますが、肝臓自体も脂質の恒常性を保ちたいので、不要なものはリポタンパク質として分泌したりします。ですので、私たちが次々に栄養素を摂ると肝臓も恒常性を保ちにくくなって困るはず。するとFASN(fatty acid synthase)やSREBF1といった複数の脂肪酸や中性脂肪の合成にかかわる分子の発現を抑えるポリフェノール代謝物があることがわかったのです」

 この結果は、コーヒーポリフェノールが肝臓病や脂肪肝の予防につながるメカニズムの一つであり、ヒトの腸内フローラや体内で代謝されたさまざまな物質が複合的に効いているのではないかとの推測をもたらすものだった。

「特にFASNやSREBF1では、代謝産物Aがとてもよく効いていますね。一方、代謝産物Bはちょっと違っていて、飢餓に対応して中性脂肪をきちんと蓄えようという働きを示しています。先進国においてはAが効くことがよいですし、逆に貧困地域ではBが活発な方がよいかもしれません」

 また、余った脂肪酸を肝臓に取り入れて有効利用しようとする「CD36」については、代謝産物Cだけが発現量を有意に減少させた。(図6)

「CD36は栄養を蓄えようとするものなので、恵まれた食生活を送る多くの日本人にとっては厄介者ですが、十分に栄養素が摂れない貧困地域の人々にとってはよい働きをします」

 地球上に脊椎動物が誕生して約5億年、ヒトとチンパンジーが分かれてからおよそ700万年。ヒトの体のしくみはすぐに変わらないということか。

* mRNA:DNAから写しとられた遺伝情報に従い、タンパク質を合成するリボ核酸。伝令RNAともいう。

体に悪い物質の経路をふさぐ。

 HepG2を用いた実験によって、コーヒーポリフェノールの腸内細菌代謝産物、特にAとBで大きな違いがあることがわかった。ここから導き出されるものは、ただ単にコーヒーを飲めばよいわけではないということだ。

「Aは脂肪酸合成を抑えるけれど、Bは逆に脂肪酸合成を促す可能性がある。つまり、腸内フローラの違いによって、コーヒーを飲むことによる脂肪肝の抑制効果には個人差が出るかもしれないと考えられるのです」

 小倉さんは、代謝産物Bの追求に価値があるかもしれないと話す。

「Bが本当に悪いものだとすると、フェルラ酸からBにつながる酵素はわかっているので、その酵素を阻害する物質をつくれば薬になりますよね。体によいものを追求する研究は大切ですが、『体に悪いものを調べてその経路をふさぐ研究』というのは、もう一つの大事な道かもしれません」

 そう話す小倉さんは、2週間に一度、お気に入りの自家焙煎店でコーヒー豆を買い求める。そして毎朝、ハンディータイプのミルで豆を挽いてはコーヒーを楽しんでいる。コーヒーとの付き合い方についてこう語った。

「コーヒーは、カフェインで目を覚ますためではなく、リラックスして豊かな気持ちになるために飲みたいものです。香りがいいし、種類によって味も違う。しかも体によい効果がある可能性が高い。だから私は患者さんたちにも『体によいものと思って飲んでください』と話しているんですよ」

小倉正恒(おぐら・まさつね)
国立循環器病研究センター研究所 病態代謝部 脂質代謝研究室長。博士(医学)。専門分野は脂質代謝、動脈硬化予防。防衛医科大学校卒業後、海上自衛隊で医官を務め、2013年10月に国立循環器病研究センター研究所へ転身。

文 前川太一郎 / イラスト 西田ヒロコ
更新日:2021/04/15



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