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コーヒー海外事情

伝統と革新の街、ベルリンを歩く。
世界有数のコーヒー消費大国として知られるドイツ。首都ベルリンのカフェ4軒を訪ね歩くと、この国の伝統と革新の軌跡が浮かび上がってきた。

伝統と革新の街、ベルリンを歩く。

 ドイツといえば、ビールが有名だがドイツコーヒー協会の統計によれば、1人当たりの年間消費量は、水よりもビールよりもコーヒーが多い。世界で10本の指に入るコーヒー消費大国なのだ。首都ベルリンでは、カフェは日常生活の一部。1日の大半をカフェで過ごすベルリン子も少なくない。多彩なカフェが街並みを作り、歴史を刻み、新しい文化を生み出している。

 ベルリン初のカフェができたのは、1722年のこと。当時ベルリンを治めていたプロイセン王、フリードリッヒ・ヴィルヘルム1世が、オランダからカフェ支配人を招聘して作らせた「カフェ・ロイヤル」である。エキゾチックな飲み物はたちまち人気を呼んだが、王位を継いだフリードリッヒ大王の時代には、植民地にコーヒー豆の産地がないことから、できるだけ地産地消で他国に依存しないシステムを模索。国営の焙煎所にだけ焙煎を許可。高い税金をかけ、流通網も狭めた。

 しかし産業革命により、コーヒーは一気に一般市民に広まっていく。空腹を紛らわせ、眠気を覚ます、素晴らしい飲み物だと歓迎されたのだ。

 いっぽうで当時、公共のカフェに足を踏み入れることが許されていなかった女性たちは、家に集まってコーヒーを飲んだ。「コーヒーの輪(カフェクレンツヒェン)」と呼ばれるこの風習は、19世紀に中産階級から農家にまで広まった。「輪」の言葉からは、テーブルを囲んでコーヒーを飲みながら、うわさ話に花を咲かせる女性たちが眼に浮かぶ。

Operncafé オペルンカフェ
オペラ座に隣接する老舗には、作曲家の胸像が鎮座する。

ベートーベンの胸像や、19世紀の街並を描いた絵画が趣を添える。

 この「コーヒーの輪」の風習はいまでも健在だ。国立オペラ座の隣にある「オペルンカフェ」は、コーヒーを楽しむ女性たちで賑わう老舗。18世紀に建てられた邸宅を修復し、1961年に創業したカフェで、金色に輝くシャンデリアとビロード張りの丸椅子という贅沢なしつらえ。「目と舌で伝統を味わってもらいたい」というオーナーのマンフレッド・オッテの言葉どおり18世紀の宮殿における、優雅なコーヒータイムを髣髴させる空間だ。

 ランチが終わると、テーブルには一斉に午後3時の予約プレートが並ぶ。常時40種類を揃えるケーキで、友達と一緒に「コーヒーの輪」を楽しみに訪れる常連客が多いのだ。ポット入りのコーヒーを注文し、何時間もおしゃべりに興じる客が多いため、アエロテルム方式で焙煎した「ハインブス」社の豆をセレクト。まろやかな味が特徴で、何杯飲んでも飽きがこない。

 ベートーヴェンとヴィヴァルディの胸像が鎮座する、「オペラ・カフェ」なのにBGMがないのは、話の邪魔にならないようにという配慮からだろうか。代わりに、客の楽しげな笑い声が店内を満たしている。

Operncafé
オペルンカフェ

店が入る建物は、1733年建造。プロイセン王の経済大臣の私宅として建てられ、後には皇太子や王妃の宮殿として使われた。東ドイツ時代に修復。
www.opernpalais.de

Café Einstein カフェ・アインシュタイン
20年代の黄金期を支えた、「カフェハウス」とは何か?

ダークトーンの木製家具、大理石のテーブルなど、随所でウィーン風カフェの伝統を忠実に再現。

味わい深い曲げ木のコート掛けや、鏡を多用した内装など、インテリアの見所は満載だ。

 19世紀末に入ると、ウィーンから「カフェハウス」の文化が伝播してくる。コーヒー1杯で何時間もいられる、芸術家のたまり場だ。1877年、目抜き通りウンター・デン・リンデンに、ウィーン出身者が開いた「カフェ・バウワー」は、その代表的な存在。800種類のヨーロッパ中の新聞を集めていたという伝説が残るカフェは、1884年、他の店に先駆けて電力の照明を完備し、話題を呼んだ。専用の部屋を作ることで、女性にも門戸を開くなど、時代を先取り。新しいムーブメントは、カフェから発信されることを実証した。

 「この世にカフェハウスが存在しなければ、文学などできない」とは、20年代に活躍した出版人、ブルーノ・カシーラーの言葉だが、作家に限らず、芸術家たちはコーヒーで脳と舌を活性化させながら、カフェに集まる人と交流を深め、創造へのエネルギーを生み出していた。ベルリン文化の黄金期とされる20年代は、カフェハウスなしでは存在し得なかったといえるだろう。

 しかし活気に溢れたカフェハウスも1933年、ヒットラーの台頭により影を潜めた。知識人が自由に討論をする場が、目の敵にされたのである。

 戦後、壁に囲まれた西ベルリンの中で、20年代のカフェハウスを思わせる場所が生まれた。1979年に創業した「カフェ・アインシュタイン」である。アールヌーヴォー建築、大理石の丸テーブルや鏡張りの壁などウィーン風の内装を忠実に再現。そして、この店には、やはり当時と同じように芸術家、政治家たちが常連として名前を連ねている。

 朝8時、オープンと同時に客がやって来る。ゆっくりと新聞に目を通しながらコーヒーを1杯。厳しい目つきで討論を交わしている2人は、ギャラリストらしい。その間を、ブラックタイ姿のウェイターが、きびきびとコーヒーを運んでいく。1日に1000杯近いコーヒーを淹れるバリスタは、数種類を同時に準備しながら、カウンターに座る常連客と言葉を交わす。濃厚なクレマの層を持つ香り高いコーヒーが取り持つ交流が、変わらず存在しているようだ。

Café Einstein
カフェ・アインシュタイン

黒と白のフォーマルな制服も、ウィーンのカフェハウスの伝統的スタイルだ。
www.cafeeinstein.com

Café Cinema カフェ・シネマ
ついにベルリンの壁が崩壊、コーヒーの東西交流を促した。

壁のポスターは、旧東ドイツのために作られた「西側の映画」のもの。2008年にベルリンで禁煙法が施行されたが、この店では分煙で対応。

店を開いたのは奇しくも東西ドイツ統一が発表される、2時間前のことだった。

 「カフェ・アインシュタイン」が西ベルリンで人気を集めていた頃、東ドイツは物資不足に悩まされていた。80年代、東ドイツでのコーヒー豆の値段は125gで約9マルク。平均月収が1500マルクの国民にとっては、本物のコーヒーは高級品で、大麦で作られた代用コーヒーが一般的だった。

 1989年に、東西ドイツを分断していた壁が崩壊。翌年、ベルリンは再び首都に返り咲いた。東ベルリン地区は街灯も少なく、持ち主がわからない空きビルが並ぶ灰色の街だったが、新しいものへの期待に溢れていた。

 そんな激動の時期を象徴するのが、当時開店した「カフェ・シネマ」だ。役割を終えた東ドイツ国営映画・テレビ協会ビルの1階を、壁一面のポスターやスポットライトなどはそのままに、カフェとしてオープン。周囲に公共の飲食店がなかったこともあって、西と東側の人が初めて出会う貴重な場所となった。

 「大体は距離を取りつつ、時には偏見の目で見たり。でも何より、多くのキスが交わされていた」と、オーナーのミヒャエル・ブッフは思い返す。

 2008年に禁煙法が施行されるまで、ベルリンのカフェには煙草が欠かせなかった。煙草の煙で飴色に染まったポスターを見れば、「カフェ・シネマ」で、どれだけのコーヒーが飲まれ煙草が吸われていたのか想像できる。しかし喫煙空間を残すカフェは、いまでは珍しくなった。

 使い込まれた店内の家具は、最初から古道具屋で揃えたもの。唯一新しいものは、イタリア製のコーヒーマシンだけだ。

 90年代後半に入ると、同じような、古いものと新しいものを組み合わせて即興的に作られたカフェが増えた。改装前のビルを安く借り、拾った家具を並べて「カフェ」と称する。夜になれば煙草の煙で視界が霞み、大音量のBGMで隣の声も聞き取れない。コーヒーの味はともかく、カフェには発展途上の街の魅力が凝縮され、世界中の人々を惹きつける磁力となっていた。

Café Cinema
カフェ・シネマ

新しい店が軒を並べるミッテ地区で唯一、壁崩壊当時の面影を残す。

Roderich ローダリッヒ
時代は移り変わっても、カフェは社交場であり続ける。

コーヒーマシンとミルは「lafaimac」製。ミルはエスプレッソ用とコーヒー用の2種類がある。

アーティストが集まるカフェらしく、店の一角 に膨大なフライヤーが積まれたコーナーが。

 ドイツコーヒー協会による、面白いアンケート結果がある。ドイツ人がコーヒーを飲む理由は「眠気覚まし」に次いで「社交」が8割。確かにいつの時代も、カフェはコミュニケーションの場であった。

 2010年末にオープンしたばかりの「文化サロン・ローダリッヒ」を訪れれば、現在の「社交」の形がわかるだろう。レンタルDVD店と本屋を併設し、20年代のカフェにオマージュを込めて「文化サロン」と名づけられたカフェだが、ひとりで訪れる客が多い。パソコンやスマートフォンを携帯し、ネットで交流を深め、仕事もしている。

 以前は「家の外にある居間」だったカフェの位置づけは、「家の外にあるオフィス」に変わった。全体では2%だが、若い人ほどカフェを理想の仕事場とする割合が上がるという統計も。

 でも、自宅でコーヒーを飲んで仕事をすれば良いのでは?「行きつけのカフェでは約束しなくても知り合いに会えるし……」。スタイルは変わってもカフェの一番大事な役割が変わっていないことに、ちょっと安心した。

Roderich
ローダリッヒ

ランプ工場だった場所を大改装。1階の店舗は250m²、地下には同じ広さの舞台空間もある。
http://roderich-berlin.blogspot.com

文・ 河内秀子 / 写真・Gianni Plescia
取材協力: Karlheinz Rieser、Stefan Bracht
参考文献:『Café Einstein Stammhaus 』(Kirstin Buchinger著)
     『Damals im Romanischen Café… 』(Jürgen Schebera著)
更新日:2011/05/27



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