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コーヒー海外事情

内藤毅の世界探訪 Vol.1[メキシコ]

世界120ヵ国を旅して、数え切れないほどコーヒーを飲み、カフェの写真を撮ってきた。
連載1回目は、ちょっと怖くて、最高に面白いメキシコからのレポートです

陽気で猥雑なメキシコは、インスタントコーヒー天国。

 私が一番好きな旅行記は、アメリカの作家ポール・セローが書いた『鉄道大バザール』(阿川弘之訳、講談社刊)だ。ユーラシア大陸の鉄道旅行が面白く書かれている。この本に魅せられた私は、1980年代の終わりに、できるだけ鉄道を使い、メキシコを縦断する計画を立て、アメリカのロサンゼルスから陸路でメキシコに入った。

愉快な長距離列車と、記憶に残るコーヒーの味。

1980年代後半に乗車した、グアダラハラ行の急行列車。

  現在、メキシコの鉄道は一部の観光用路線以外は、全面的に廃線されたが、私が初めて旅した当時はまだ現役で、長距離列車は悪名高く泥棒がよく出没する「泥棒列車」といわれていた。怖い。だが、絶対に乗ってみたい。

 最初に乗ったのはアメリカとの国境の街メキシカリ発のグアダラハラ(同国第二の都市)行急行だ。出発は朝9時。一等(二等はない)といっても車内は汚く、椅子も硬い。おまけに座席脇にあったトイレから水が足元に流れてきた。たまらず、床に置いていた重いバッグをひざの上に緊急避難。

 窓の外には、メキシコの北部らしい柱サボテンの荒野が広がっている。ぼんやりと眺めていると、気分も晴れた。細かい砂が舞い込むので、他の乗客が窓を閉める。急に蒸し暑くなった。車内はまるでメキシコの下町。走り回る子どもたち。大声で怒鳴る母親。下手な流しのミュージシャン。隣に酒に酔った中年の女性が座ると、甘い酒の匂いがした。泣き上戸なのか、居合わせたおばあさんと話し出すと突然、涙を流し始めた。

 夕方、少し暗くなると泥棒対策に取り掛かる。膝に乗せていた大きなバッグの上に、網棚に置いていたリュックを重ねる。さらに肩からタスキがけにしていたカメラバッグの紐にワイヤーを通し、膝に置いた二つのバッグとつないで、しっかり鍵をかける。寝ている間に、泥棒が荷物を盗もうとしても、体がひっぱられて目を覚ますはず。トイレにも全部持っていくので大変だ。

 窓の外は真っ暗になったが、車中にも明かりはない。すぐ後ろの特別一等車には、煌々と明かりがついている。19時頃、車掌が通りがかり、懐中電灯で手元を照らして検札していった。そろそろ寝ようと思った22時頃、今度はひょうきん者の車掌が入ってきた。何をするかと思ったら、明かりもつけずに泣き上戸の女性とデッキでお喋り。時々、ドアを開けてご機嫌伺いといった感じで軽口をたたくと真っ暗な車内がドッと沸く。何度かやると飽きたのか、今度は真っ暗な車内をモップで掃除しはじめた。絶対眠らないと決めていた私は、いつの間か眠っていた。

首都メキシコ・シティー のマーケットで立ち寄ったコーヒースタンド。

同マーケット内の食堂。コーヒーを1杯オーダーすると、インスタントコーヒーが入った瓶(中央)が出てきたので驚いた。

 翌朝6時頃、眼を覚ますと荷物は無事だった。コーヒー売りの男から紙コップに入った温かいコーヒーを買う。期待していたのだが、薄くて味がしない。メキシコのコーヒーは、一体どうなっているんだ?

 グアダラハラで乗り換え、首都メキシコ・シティーまでは、導入されたばかりの特急に乗ってみた。さすがに特急は、車両のドアのすぐ外に車掌がいるので安全だ。感動したのは、機内食ならぬ車内食が出たこと。発泡スチロールの容器にハム、チーズ、サラダなどが小奇麗に収まっており、美味いコーヒーまでついてくる。メキシコ鉄道もやるもんだと感心した。

 ようやく辿り着いた、メキシコ・シティーでは嬉しい衝撃を受けた。食堂に入りコーヒーを頼むと、インスタントコーヒーが入った瓶と、湯の入ったカップが出てきたのだ。好みの量だけ入れ放題のシステムで、なんとも得した気分になる。日本では家庭やオフィスでしか見かけなかった瓶と、ここで遭遇するとは。受験勉強や原稿執筆時にお世話になってきたインスタントコーヒーに、旅の疲れも癒される。のだろうか。

深夜のコルドバ駅構内で、怪しい男に脅されて……。

 一等、特急と乗ったところで、こんどは二等車両で、コーヒーの産地として知られるベラクルスへ。そこからコルドバを経由して、ユカタン半島のメリダを目指す予定だ。

 コルドバには、深夜に到着した。小さな駅の構内は人影もまばらで、不気味に静まりかえっていた。改札付近の灯りを目がけて歩いていくと、広いカフェだった。カウンターに座り、コーヒーを注文。陽気な酔客たちが店を出ていくと、急に静かになった。少し離れたカウンター席に、人柄のよさそうな男がいる。駅員かと思って話しかけると、「時間があるから、近くの大きな十字架を見に行こう」と誘ってきた。断ると近寄ってきて、私のカメラバッグを見ながら「カメラか?」と聞いてくる。この男は、危ない。話題を変えようと、「メリダ行は危険か?」と聞くと、男は面白がって「この駅も危険だ。強盗が出るぞ」と言って、手で拳銃の形を作り、私の脇腹にむけた。悪い冗談だ。近くにいたウェイトレスに「危険か?」とたしかめると、コクンと頷く。気分を紛らわせるために、コーヒーをお替り。だが、情けないことに、砂糖をスプーンにのせても、手が震えてこぼれてしまう。私は砂糖を入れずにひと口飲み、金を払って、店を出ようとすると、怪しい男が「向こうは危険だ。ここにいろ」とからんできた。すると、奥から年配の女性の鋭い声が……。店主が、しつこい男をたしなめてくれたのだ。改札口で少し待つと、メリダ行の列車がやってきた。これで、ようやく解放される。

 その後、メリダからカリブ海に面する小国ベリーズを目指し(鉄道がないので)、バスで国境の街へ行ったが、ここでも食堂に入ってコーヒーを頼むとインスタントコーヒーの瓶が出てきた。この入れ放題システムは、メキシコ全土でみられるのだろうか。

好みの濃さに調整しやすい、「瓶から入れ放題」のシステム

 2回目のメキシコ旅行は、カリブ海の島々を気ままに旅した帰り道。国境を流れるリオ・グランデ川を渡って、シウダー・ファレスへ入った。1998年のことである。

 アメリカからメキシコに入ると雰囲気ががらりと変わる。陽気な人々、原色のバス、大きな看板……。マーケットも賑やかだ。まるでゴミかと見間違うほどドッサリ積まれて洋服が売られている。ケーキ屋の軒先には、飾りらしき白いプラスチックのフォークを刺したケーキが並んでいる。カウボーイハットを被った、流しのミュージシャンも、ギター片手に気持ちよく歌っている。陽気で猥雑な、独特な雰囲気。私には居心地がいい。

 コーヒースタンドを発見。天井の低い2坪ほどの小さな店で、通路に面してカウンターがある。ここでインスタントコーヒーの瓶を見つけた時は、本当に嬉しかった。初めて訪れた時からずっと気になっていたが、やはりメキシコの飲食店では、客が自分でインスタントコーヒーを入れることは、珍しくないのだ。カウンターには、ほかにミルクと砂糖の瓶も置いてある。壁際のガスコンロの上ではヤカンに湯が沸いている。いい雰囲気だ。一杯オーダーすると、恰幅のいいオヤジが、カップに湯を入れて持ってきた。インスタントコーヒー専門店なのかもしれない。

 表通りの食堂はどうかと思って立ち寄ってみると、やはりテーブルの真ん中にインスタントコーヒーの瓶が置いてある。客は、カウンターで湯の入ったカップを受け取って席に着くシステム。他の食堂も覗いてみたが、どこも似たようなものだった。

 このときのメキシコ旅行は、まるで世界的にも珍しいこのサービスの実情を調査する旅のようだったが、自分の目で確かめることができて、本当によかった。タンザニアやウガンダなどでも、飲食店でインスタントコーヒーを提供されることはあったが、瓶ではなく缶。瓶でサーブするのは、私の知る限り、世界的にも珍しい。

心と身体を癒してくれた、素朴なホットチョコレート

現地で大人気のインターネットカフェ。

食堂街のカフェで、ホットチョコレートを作る様子。

 すっかりメキシコにはまった私。3回目となる旅の目的地はコーヒー生産量の多い州に絞りこみ、チアパス州の旧・州都サンクリストバル・デ・ラスカサスと、オアハカ州の州都に決定。

 2009年4月。空路でメキシコ・シティーへ。空港では、飛行機のオブジェが目を引くカフェを発見。この先、どんなカフェに出会えるのだろうか。自然と胸が高鳴ってくる。

 オアハカに着いたのは昼すぎ。少し暑く感じるが、高原なので過ごしやすい。カラフルな建物の並ぶ美しい街で、先住民が多いのが特徴だ。マーケットの場外では、長いおさげ髪の女性が食用のサボテン、カカオ豆を売っている。観光客で賑わっている1軒を覗いてみると、飲料に使うチョコレートを売る店だった。原料であるカカオ豆の原産地は中南米。この地方では古くから、チョコレートを飲む習慣がある。オアハカの特産品なのだ。板状、ペースト状、丸いコイン状のものまであった。

 マーケットをうろついていると、食堂街で白いエプロン姿の若い女性が「チョコラーテ」とスペイン語で声をかけてきた。オーダーして様子を眺めていると、金属の容器をガスコンロにかけながら、チョコレートを溶かしている。写真を撮ると、他の女性と連れ立って店奥に隠れてしまった。広い店内にただ一人。カップから口に含むと、牛乳が入っているからか、まろやかな味が広がる。ふとテーブルを見ると、やはりこの店にもインスタントコーヒーの小さな瓶があった。ほくそ笑みながら外に出ると、隠れていた彼女が追ってくる。お金を払っていなかったのだ。

 マーケット探索を終え、通りのレストラン・カフェでひと休み。前夜からほとんど一睡もしていなかったので、いつの間にかウトウト。でも店の人は嫌な顔せずに料金を受け取ってくれた。バス乗り場へも、親切なおばあさんが連れて行ってくれる。オアハカの人はとても感じがいい。

コーヒーの名産地で出会った、小粋なカフェと極上の1杯。

コロニアル様式の建物が並ぶ、美しい街並み。看板類が景観を損ねないよう配慮されている。サンクリストバル・デ・ラスカス撮影。

 サンクリストバル・デ・ラスカサスへは、夜行の一等バスで向かう。乗る前に入念なボディーチェックを受け、発車間際にはビデオカメラで乗客全員を撮影。ここまでやられると、さすがに気が滅入る。翌朝、目が覚めるとターミナルだった。飛び降りて、街の中心に行ったが、間抜けなことに別の街。

 1時間ほどで軌道修正して、ようやくたどり着いたサンクリストバル・デ・ラスカサスは、白いコロニアル様式の建物が並ぶ、美しい街だった。色鮮やかな民族衣装を着た先住民たち。マーケットの外で、巻貝にカメラを向けると水滴が飛んできた。売っている女性に、無断で撮影しようとしたから怒ったのだ。メキシコで水を掛けられたのは2度目。気を取り直して、小さな飲食街へ向かう。先住民のおばあさんから飲み物を買って、その名前を聞くと「アトレ」とひと言。中米、メキシコの伝統的な飲み物で、トウモロコシの粉を湯に溶かして作るらしい。

民族衣装を着た先住民が集う屋外マーケット。

 メキシコ随一の生産量を誇る州の中心地だからなのか、この街にはシンプルだが、洒落たカフェが多い。街並みに調和するように、看板も控え目。そして多くの店が、レジ前でコーヒーの豆を売っている。そんな一軒で旨いコーヒーを飲んでいると、入口脇にある焙煎機に、店主がバケツに入れたコーヒーの豆を入れようとしている。重そうなので手を貸そうとしたが、相手はプロ。かわりにカメラを向けると、恥ずかしそうにはにかんだ。

United Mexican States
メキシコ合衆国

メキシコ合衆国主要情報

■面積:197万k㎡(日本の約5.3倍) ■人口:1億420万人
■首都:メキシコ・シティー
※外務省HPより(2011年5月現在)

世界第6位の生産量を誇るメキシコ
 アメリカ農務省(USDA)の最新データによれば、2010ー11年の全世界のコーヒー生産量の見通しは139,084(千/60㎏袋)。メキシコの生産量は4,500(同)と世界の約3.2%でブラジル、ベトナム、コロンビア、インド、インドネシアに続く第6位。主な産地は南部のチアパス州やオアハカ州やベラクルス州などだ。
 一方、同統計の2010ー11年の全世界のコーヒーの消費量の見通しは131,025(千/60㎏袋)で、メキシコの消費量は1,860(同)。メキシコと人口にさほど開きがない日本の消費量の約28%に止まっている。
 コーラ(1人当たりの消費量が世界一)や、チョコレートがよく飲まれているからか。

内藤 毅(ないとう・つよし)
出版社勤務を経て、フリーランスへ転向。海外での取材・撮影歴が長く、訪れた国は120カ国以上。その作品は、新聞、雑誌、テレビ番組などでも数多く取り上げられている。主な著書に『TOKYO図書館ワンダーランド―首都圏オモシロ図書館100館走破』(日本マンパワー出版)などがある。

文・写真 内藤 毅 / イラスト おおの麻里
更新日:2011/05/27



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