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コーヒー海外事情

【駐日大使のコーヒーブレイク】駐日オーストリア大使

【駐日オーストリア大使】
フーベルト・ハイッス閣下
ウィーンの絢爛たる、カフェーハウス文化。

見た目も美しく、種類も豊富なコーヒーとお菓子。ウィーンの文化を語るとき、音楽同様に切り離せないもの、それがカフェーハウスです。
その歴史や特徴について、大使が語ってくださいました。

日本庭園を望む大使館のサロン。柱の模様はオーストリアを代表する画家クリムトのモチーフからインスピレーションを得たものだ。

「オーストリアのコーヒー文化には、昔から、そして今も疑いなく首都ウィーンの強大な影響力が感じられます。特に、17世紀に登場した〝カフェーハウス〟という小さな喫茶店が特徴的で、街の中心部のどこにでもあります」
 と話す駐日オーストリア大使フーベルト・ハイッス閣下。確かにウィーンは「音楽の都」であると同時に「カフェの都」としても広く知られている。
「現地の人々にとって、カフェーハウスはただコーヒーを飲むための場所ではなく、新聞を読んだり、友達とおしゃべりをしたりしながらコーヒーを楽しむための場所、そして日常生活から逃避する空間として利用する場所なのです。多くの店が午前6時から午後11時までというかなり長い営業時間を維持しています。小ぶりの大理石製のテーブルやシャンデリアなど、装飾的で豪華な内装が多いのも特徴です」

 ウィーンにコーヒーがもたらされたのは17世紀とされている。
「当時のウィーンはオスマン帝国の脅威にさらされていました。コーヒー文化のルーツはその時代にあると考えられており、さまざまな伝説があります。中でも有名なのはフランツ・ゲオルグ・コルシツキーの物語です。オーストリアの将軍に緊急の通達を届けるため、トルコ人の仮装をしたコルシツキーがトルコ軍の隊列をかいくぐったのです。この英雄的な行為への褒美として、コルシツキーは土地と営業許可証、そしてトルコ軍からの戦利品を与えられ、その中にトルコ兵が残していった正体のわからない黒い豆が詰まった袋がありました。これが、オーストリア人のコーヒー豆との出会いとされ、コルシツキーがウィーン初のカフェーハウスを開いたと、長い間いわれてきました。しかしながらこの説は、現在ではかなり疑わしいとされています。もっと現実味のある説としては、ウィーンの宮廷でコーヒーの用意を担当していたヨハネス・テオダートというアルメニア人スパイが1685年1月17日にカフェーハウスを開店したという記録があり、これがウィーンのカフェーハウス第一号店とされています」

危機を逆手に花開いた、カフェーハウス文化。

大使館は槇文彦氏の設計。サロンの色彩は乳白色を、フォルムは円形と四角形を基調としている。

左から:アートがあしらわれた美しいパッケージのコーヒー豆。/ウィーン・アウガルテン磁器工房のコーヒーセット「マリアテレジア」シリーズ。

 カフェーハウスは徐々に増え、やがて新たな展開を見せることになる。
「1788年にマルティン・ディーガントが初のコンサート・カフェ〝WienerKonzertcafé〟をオープンしたのを皮切りに、新しいカフェーハウスの時代が始まりました。音楽がカフェーハウスの重要な要素となったのです。モーツァルトやベートーヴェンなど、世界的に有名な音楽家もカフェーハウスの客となり、カフェと音楽との関係性はさらに深くなっていきます。現在も、落ち着いた雰囲気に合う音楽を流すことは、ウィーンならではのカフェーハウス文化の特徴の一つです」

 長い歴史の中では、カフェーハウスが危機に瀕した時代もあった。
「1803年から1813年まで、ナポレオンが導入した税制によってヨーロッパのコーヒーの価格が高騰し、取引がほとんど中止になってしまったのです。ウィーンのカフェ文化は危機に陥ります。しかしそれはまた、カフェーハウスの焦点がコーヒーそのものから、店内装飾やケーキへと移行するきっかけにもなったのです。1856年以降は男性だけでなく、女性も入店を許されるようになり、カフェーハウスはさまざまな意味で人々に影響力をもつ場所となりました。周りの人と気軽に会話をしたり、新聞の提供などによって、情報交換をしながら政治に対する世論が形成されるスポットとしても、人気が上昇していったのです」

バラエティ豊かな、コーヒーとお菓子。

音楽の都を擁する国らしく、音楽にちなんだオブジェもあちこちに。

 2011年、「ウィーンのカフェ文化」はユネスコの世界無形文化遺産に登録された。
「昔からカフェーハウス文化を愛し、誇りにしている私たちにとって、非常に嬉しいことです。世界無形文化遺産のタイトルを獲得した48店を始め、ウィーン中心部には約210軒ものカフェーハウスがありますので、きっと居心地のいい場所が見つかるはずです」
 ウィーンを訪れてカフェーハウスに入ると、コーヒーだけでも何十種類とあるメニューに驚かされる。
「現在、よく飲まれているのはブラウナー(Brauner)とメランジュ(Melange)の2種類のコーヒーです。ブラウナーはミルクまたは生クリームの入ったウィーンの一般的なコーヒーで、大きいサイズのグローサーと、小さいサイズのクライナーの2種類があります。私はグローサー・ブラウナーが大好物です。メランジュは、温かいミルクとエスプレッソを1対1でいれたものに、泡立てたミルクを浮かせたもの。カプチーノに似ています。他にも、歴史あるコーヒーが沢山あります。ユニークなのはアインシュペンナー(=一頭立ての馬車)という名前のコーヒーです。昔は、御者が馬車の手綱を片手で持ったまま、もう片方の手にコーヒーを持って飲んでいる姿がよく見られたことから、この名前が付きました。熱いコーヒーの上に冷たいホイップクリームをたっぷりとのせ、グラスで出されます。分厚いクリームがコーヒーの熱を保ち、寒い季節に御者が休憩中に飲んでも冷めにくかったのです」

左から:ハプスブルク家に愛された、世界でもっとも有名なチョコレート菓子、デメルトルテ。/ザルツブルガーノッケルン。スフレが連なる山々のように。/アプフェルシュトゥルーデル。透けるほど薄く伸ばした生地でリンゴやレーズンを巻いて焼き上げる。

「ブラウナーが大好きですが、夜はブラックでいただくことも」と語る大使。

 そして、コーヒーに合う、見た目も美しいお菓子が豊富にそろっているのも、オーストリアならではだ。
「私が好きなのは日本でも有名なザッハー・トルテ。じつは私はコーヒーの代わりにビールと一緒にいただくこともあります。甘いものと苦いもののコンビネーションを楽しむという意味で、なかなかいけますよ(笑)。私は日本に赴任して約1年ですが、日本のコーヒーのおいしさにも驚いています。カフェだけでなく、マーケットに出店していた移動販売式のコーヒー屋さんで買ったこともあり、それもとても美味しかった。2019年には日本とオーストリアの外交関係開設150周年という記念の年を迎えます。今後も両国の友好関係が続いていくように、私も努力していきたいと思います」

駐日オーストリア大使
His Excellency Dr. Hubert HEISS
フーベルト・ハイッス閣下

1955年、オーストリアに生まれる。インスブルック大学にてMBAを取得。経済学・社会学博士取得。ウィーン経済大学にて商学博士取得。在EUオーストリア大使館参事官(91~94年)、オーストリア連邦首相府参与(2000~03年)、駐仏オーストリア大使(モナコ兼任、07~11年)、オーストリア外務省(11~16年)などを経て、2016年9月より駐日オーストリア大使として赴任。

Republic of Austria
オーストリア

■ 面積:約8.4万平方キロメートル(北海道とほぼ同じ)
■ 人口:約860万人
■ 首都:ウィーン
■ 言語:ドイツ語
※外務省データによる

オーストリア大使館
Austrian Embassy

東京都港区元麻布1-1-20
☎03-3451-8281

文・牧野容子 / 写真・大河内禎
更新日:2017/08/10



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