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コーヒー海外事情

マレーシア・ペナン島、カフェは混淆文化の源。

マレーシア・ペナン島、 カフェは混淆文化の源。

18世紀の昔からアジアとヨーロッパ世界をつなぐ窓口として機能していたペナン島には、今も貪欲に新しい文化やスタイルを吸収する風土がある。アート・シーンやビジネス・スタイルと結びついたペナンのコーヒー&カフェ事情を紹介しよう。

siTigun
シティグン

サンドラさんの故郷クランタン特産の凧が天井から下がる。オーナー夫妻の2人の子供を描いてもらった絵が壁を飾り、アットホームな雰囲気に。

 アジアとヨーロッパの建築様式がミックスされた「ショップハウス」と呼ばれる長屋風の家並みは、混淆文化の名残を留めるジョージタウン独特の景観だ。その中にティグン・ウィビサナさんが妻のサンドラさんと営むこの店はある。天井にはマレー半島東部クランタン州の凧、ロースターの脇にはスポーティな自転車が飾られている。

左から:店はショップハウスが並ぶノスタルジックな一画の角地に建つ。/クラッシュ・コーヒー(RM8.80)。しっかりとした密度を感じる。/扱っている豆はアラビカ種4種とロブスタ種1種。バリ島やジャワティムールの豆も。

「ナゴール通り沿いのこのあたりは、以前はお行儀のよくないエリアだったようです。だからこそ、今も独特の雰囲気があるんですけどね」とティグンさん。インドネシアで生まれた彼は若くしてニューヨークに渡り、30年以上も舞台関係の仕事をしていた。50歳になったのを機に、新たな人生を歩むことを決意。元々好きだったコーヒーを極めるために中米やアフリカをめぐる旅をした。この時使ったのが自転車。カフェを開く土地として選んだのはサンドラさんの母国マレーシアだった。

左:風の吹き抜けるオープンテラスには緑がいっぱい。/右:自転車のアイテムがこんなところにも。「自転車レースのバイクピットのような場所にしたかった」とティグンさん。


店内で味わってほしいから、コーヒーのテイクアウトは不可。

ティグンさんと妻のサンドラさん。そして娘のサヴィーナちゃん。背後にはロースターとティグンさんの愛車が。

「ジョージタウンがよかったのは、ニューヨークと同じように国際的でありながら、ちゃんとペナンらしさを残しているから。シンガポールと違ってね」
 元ニューヨーカーらしい皮肉を込めてティグンさんがニヤリと笑う。

 メニュー・ボードにはラテやドリップ・コーヒーと並んで「クラッシュ・コーヒー」というのがある。これはバリ島でいうところのコピ・トゥブルック(細挽きしたコーヒー豆をカップに入れ、お湯を注ぎ、粉が沈むのを待って上澄みを飲む)。ティグンさんが母国から持ち込んだカルチャーというわけだ。

「コーヒーは店内で席に座って味わってほしい。だからうちではテイクアウトのサービスはしていないんです」
 店名のティグンさんの名の前に付いている「si」は日本語の「~さん」に当たる敬称であるらしい。ティグンさんのこだわりとプライドが店名からコーヒーカップの中にまで溢れている。

左から:シナモンロール(手前、RM7)とアップルパイ(奥、RM14)。いずれもホームメイド。/エスプレッソ・ダブル(RM6.80)。/ラテ(RM8.80)。ティグンさんはコーヒーの味わいをマイルドにするため、水は専用の装置で軟水化したものを使っている。


siTigun
シティグン

元ニューヨーカーの男が「第2の人生」のステージとして選んだのがコーヒーショップ経営。そしてペナン島のジョージタウンという街。そこには男の辿ってきた道のりとこだわりのスタイルが色濃く反映されていた。
■ http://www.sitigun.com

Awesome Canteen
オーサム・カンティーン

左から:塗料の剥げ落ちた壁に付着した微生物による染みも、味わい深く感じられる外観。/パナマの豆からコーヒーを丁寧に抽出するジョアキムさん。「僕の仕事は優れた芸術作品をきちんとした形で見せる美術館のキュレーターのようなもの」/カウンターの常連客カップル。

 この店の成り立ちには、現代マレーシアのスタートアップのありようがよく表れている。元々は倉庫だった古い建物を改修して、若者向けの宿兼フリースペースにした〈セクピン・ヴィクトリア〉がジョージタウンにあった。知人の紹介でここを訪れたダイアン・オンさんはクアラルンプールで成功を収めた、おしゃれで体に優しい料理を出すカフェの共同経営者で、支店を出す場所を求めてペナンを回っていた。一階部分のコートヤードと名付けられた広々としたスペースを一目見て、ダイアンさんは「ここだ」と決めた。

左:〈コーヒー・プラッター〉は同じ豆のコーヒーを黒(エスプレッソ)と白(ラテ)で飲み比べる試み。口直しにカスカラのトニックが付く。/右:シアンさんは上のジョアキムさんとともにクアラルンプールのコーヒーシーンから最新トレンドを引っ提げて、ペナンに乗り込んできた。

 一方、セクピン・ヴィクトリアのオーナーでランドスケープアーキテクトのンー・セクサンさんはスペースを上手に使ってくれるパートナーを探していた。両者のニーズは一致し、〈オーサム・カンティーン〉のジョージタウン支店が2015年に誕生した。この時、コーヒー担当として抜擢されたのが、クアラルンプールの先進的なコーヒーショップ〈スペースバー・コーヒー〉のシアン・タンさんとジョアキム・レオンさん。3つのジャンルのそれぞれのプロフェッショナルが一堂に会したスペースがこの店ということになる。

先進のコーヒー・カルチャーが、高感度人間たちを刺激。

店内にも緑が。

 コーヒーはエスプレッソ・ドリンク、ハンドドリップ、水出しと多彩。クアラルンプールで焙煎されて送られてくる豆はパナマ、コスタリカ、ルワンダなど世界各国のシングルオリジンで、ブレンドの中身は週毎に替わる。コーヒーをトニックウォーターで割ったブラックトニックやカスカラ(※コーヒーチェリーの種子以外の部分<果肉や果皮>を乾燥させたもの)を使ったレッドトニックなど、ユニークなドリンクメニューもあって、ツーリストや地元の情報感度の高いクリエーターたちの好奇心にうまくマッチしている。訪れる客の大半がスマホかタブレット端末を操作している。それを店側も歓迎している雰囲気がある。インスタグラムなどソーシャルメディアでの露出が多い店だというのも、むべなるかな。

左から:キーライムパイ(RM11)。/サバとルッコラのパスタ(RM24.90)。フードメニューはパレオ・ダイエット(旧石器時代の食事に戻ることを理想とする食事理論)に基づいたもの。/ブラックトニック(手前)とレッドトニック(奥)はペナン進出を機に商品化。/ペナン島名産のナツメグの果肉を使ったジュース。


Awesome Canteen
オーサム・カンティーン

クアラルンプールからペナンに進出した先端的なカフェは、ランドスケープアーキテクトの手がけたアーティスティックなスペースの中にある。そこに集まる旅行者やクリエーターの感性を世界水準のコーヒーが刺激する。
■ https://www.facebook.com/awesomecanteenpg/

Bricklin Cafe Bar
ブリックリン・カフェ&バー

アールデコ調の旧バス・ターミナル玄関がそのまま入り口に。朽ちた味わいがアーティスティックな雰囲気を醸し出す。

柔らかな自然光がたっぷりと入る入り口脇のテーブル。奥の通路は企画展のギャラリーへとつながっている。

 旧バス停留所の広大な敷地とアールデコ調の建物をリサイクルして2014年11月にオープンしたギャラリー〈ヒン・バス・デポー〉。その入り口に併設されたカフェが〈ブリックリン・カフェ&バー〉。煉瓦がむき出しになったオリジナルの壁を生かし、黒を随所に用いたシックな内装に大きなガラス窓から自然光がたっぷりと入る。ダークグレーのテーブルにエスプレッソ・ドリンクの褐色が映えて美しい。裏手の窓の外に目を転じると、野天になったスペースに壁画やインスタレーション作品が点在する。最大の見所は、なんといってもペナン壁画アート・シーンを代表する作家、アーネスト・ザカレヴィックの作品群だ。

 平日の午後、ランチタイムもすでに過ぎた時間帯に明らかにビジネスマンと思しき男女がラップトップを前に悠然とコーヒーを楽しんでいる。

左:ピッコロ・ラテ(RM10)。/右:ウォールナッツ・グリーンティー・ブラウニー(手前、RM5)とアーモンド・ソルテッド・キャラメル・ケーキ(奥、RM13)。

左:濃厚なチョコレートが入ったアイスモカ(RM13)。/右:ブリックリン・コールド・ブリュー(RM12)。

左:ミルにピンナップされたこの日のハウスブレンドの詳細。テイスティング・コメントを読むだけでも楽しい。/右:店のリラクシングな雰囲気を作り出すスタッフ。右がバリスタのリザルさん。

アートも仕事もコーヒーも、彼らのスタイルに必須のもの。

「ずいぶんゆっくりのランチタイムですね」と話しかけると、銀行員だという男性は「いえ、仕事中なんですよ。僕らの仕事はどこでもできますから。ここだと仕事がはかどるんです」と答えた。新しいライフ&ワークスタイルを実践するのに相応しい、快適な場所のおいしいコーヒーというわけか。

 バリスタの大会で上位入賞の経験もあるスタッフのリザル・シャムスディンさんによると、この店の売りはエスプレッソ・ドリンクとコールド・ブリュー(水出し)。コーヒー豆はフィーカというクアラルンプールの定評のあるロースターから仕入れ、店で独自のブレンドをする。この日のブレンドは、ブラジル、コロンビア、スマトラの3つの産地の豆を合わせたもので、ボディがあり、後口にシトラスの風味があるのが特徴。エスプレッソよりもさらに濃く、風味も強いリストレットの人気が高いという。水出しは時間かけてじっくりと抽出した緻密な口当たりのコーヒー。

左から:カフェに隣接する企画展のギャラリー。/バックヤードの廃屋の壁をカンバス代わりに描かれたザカレヴィックの作品も一見の価値あり。


Bricklin Cafe Bar
ブリックリン・カフェ&バー

広大なアートギャラリーの一角を占めるシックな内装のカフェ。オフィスを離れ、コーヒーカップ片手にラップトップひとつで仕事をするビジネスマンも、この場を構成するアートなパーツのひとつ。
■ http://bricklincafebar.tumblr.com

Coffee Addict
コーヒー・アディクト

店内の壁に描かれたザカレヴィック作、シンガポールの初代首相を務めたリー・クアン・ユ氏が子供を抱いた肖像。笑顔が印象的な作品だ。

 ここ数年、新規開店が目白押しで〝カフェ激戦区〟といわれるジョージタウンのナゴール・プレース地区。その路地裏に2015年にオープンしたこの店を共同経営するジャスティン・チュアさんは今、ちょっと話題のバリスタだ。街のコーヒー好きの間で彼が評判になったのは「客の好みに合わせてコーヒーを一杯一杯カスタマイズすることができる」から。試しにチュアさんの入れるコーヒーをメニューに沿って何種類か飲んでみると、彼の手腕の本領がコーヒーそのものの抽出技術ではなく、コーヒーと共に使うミルクやスパイスの絶妙な加減にあることがわかる。例えば、マジック(ミルクの量を半分にした濃い目のラテ)やダーティー・チャイ(スパイスティーにエスプレッソを混ぜたもの)を飲めば、その点は明らか。人々が「アディクト(やみつき)」になるのもうなずける。

ペナンのアート・シーンの、牽引者に会えるかも。

左から:マレーシア特産、パンダンのケーキ(RM16)。注射器に入った黒糖をかけて。/アメリカーノ(手前、RM7)とカプチーノ(奥、RM10)。/「今日を素晴らしい1日に。でも、まずはコーヒーを」と記されたボード。

 このカフェが入る元建築事務所だった建物(ジョージタウンのカフェはほとんどが「元○○だった建物」に入っている)は、間口は狭いが天井が高いので、ゆったりとした印象がある。カウンターの奥は中庭を挟んで表通りに面した塗料屋さんのオフィスにつながっている。京都の町家を思わせるような作りだ。実はこのカフェの大家でもある塗料屋さんの経営者は、前ページでも紹介したリトアニア人壁画作家、ザカレヴィックのペナンでの活動を支援し、アトリエ(カフェの上階部分)も提供している人。店内でザカレヴィックさんの作品が見られるのはもちろん、運がよければ、制作の手を休めてコーヒーを飲みに降りてくる画家本人に会えるかも。

左:カウンター席では会話もはずむ。ランチのセットメニュー(サンドイッチやパスタに飲み物が付いてRM20)も人気。/右:共同経営者のジャスティンさん。

Coffee Addict
コーヒー・アディクト

ペナンの“コーヒー激戦区”でも一際輝くニューカマー。この店の共同経営者の1人で人気のバリスタのジャスティン・チュアさんが入れてくれる珠玉の一杯を求めて、今日も街のコーヒー好きやツーリストが訪れる。
■ https://m.facebook.com/Coffee-Addict-723079924502691/

取材協力・マレーシア政府観光局 Malaysia Tourism Promotion Board
1リンギット(RM)=約24.5円(2016年6月現在)

取材・文 浮田泰幸/写真 吉田タイスケ/コーディネート 丹保美紀
更新日:2016/08/18



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