ホーム > コーヒー海外事情 > 新しい歴史を刻む、ウィーンのカフェ文化。

コーヒー海外事情

新しい歴史を刻む、ウィーンのカフェ文化。

新しい歴史を刻む、ウィーンのカフェ文化。

 ウィーンといえば真っ先に思い浮かぶのがカフェではないだろうか。落ち着いた色調の空間にシャンデリアが輝く、老舗のカフェハウスに彩られた街並。最近では伝統に縛られない新たな試みが次々と登場している。人気の4店を訪ねてみた。

 コーヒーは世界中で楽しまれているけれど、こんなにも街の文化とカフェという空間が結びついている街は、世界でもウィーンだけではないだろうか? 今年で開設150周年を迎える、旧市街を囲む環状道路「リング通り」には、豪奢な博物館や劇場、オペラ座、市庁舎などとともに数多くのカフェハウスが建てられた。権力者と芸術家が等しく集う「都会的なもの」の象徴として……。

 ウィーンのカフェの歴史は330年以上前に遡る。1683年、オスマン帝国がウィーンを包囲した。トルコ軍はその後敗退したが、その跡地に残されていたのがコーヒー豆だったのだ。その豆を使いウィーン初のカフェが開かれたのである。その数は19世紀初頭には600軒以上にのぼり、「ウィーンっ子の居間」として、この芸術の都と切っても切れないものとなった。

 この街のカフェは「カフェハウス」と呼ばれ、内装やコーヒーの種類など様々な独自の文化、作法が存在する。しかしその有名な「ウィーンのカフェハウス文化」にも、ここ数年大きな変化が訪れているようだ。「カフェハウス」にとどまらない、新たなコーヒーを楽しむ空間。保守的で伝統を重んじるウィーンっ子をうならせる人気のカフェ4軒を訪れた。

Espressomobil
エスプレッソモビール

最も人気を集める工科大学キャンパス内のスタンド。担当のジョクシさんの笑顔も人気の秘密かも?

 2011年、ウィーンのカフェハウス文化はユネスコの無形文化遺産に指定された。しかし伝統を重んじるウィーンっ子でも、時代とともにライフスタイルは変化。コーヒーの楽しみ方にも影響を及ぼしているようだ。

 文字通り、カフェハウスから飛び出したのが「エスプレッソモビール」。オート三輪にエスプレッソマシンを積み込んだ移動式のカフェは、2012年の創業から売上げを伸ばし続けている。コーヒー1杯で何時間でも粘れる「ウィーンっ子の居間」たるカフェハウスとは真逆の存在で、価格も1ユーロのコーヒー自動販売機やキオスクが並ぶ大学や駅前にしては高めの設定だ。成功の秘密は、どこにあるのだろうか?

アルプスの湧き水が、コーヒーを美味しく。

左から順に:短い休憩時間でも人が集まる。/エスプレッソマシンの裏にはアルプスの湧き水「フレッシュウォーター」が。/メランジェ、(2.40ユーロ)。オーストリア名物の菓子、Manner社のウェハース販売機はウィーンのバーやカフェには欠かせない。/郊外の高級住宅地グリンツィングの駅前にオープンした「市内最小のカフェ」。

 「エスプレッソモビール」のオーナー、ペーター・リンドモーザーさんは実はウォーターサーバー会社を営む起業家。自社で扱うアルプスの湧き水の美味しさを広めるため、移動式カフェのアイデアを思いついた。この水は弱アルカリ性で、コーヒーの味と香りをより引き出す効果があるという。豆もこだわりのオリジナルブレンド。また、移動式カフェは数多くあるが、11台もの規模は欧州でもここだけ。イベントなどの大きな仕事を引き受けられるのも成功したポイントのひとつだ。各車それぞれに常駐の場所があり、バリスタは正社員で担当場所が決まっていることも、リピーター増の要因だ。

 リンドモーザーさんは、昨年、キオスク空間を改装したカフェをオープンした。90×580cmの広さは、カフェとしては市内最小。構想は「エスプレッソモビール」と同じ。 美味しいコーヒーさえあれば、立ち飲みでもくつろげるいいカフェになる。毎朝できる長蛇の列が、それを証明しているのだ。

Espressomobil
エスプレッソモビール

アルプスの湧き水を使ったこだわりのカフェは、ピアジオのアペを改造した移動式。現在11台あり、各出店場所は常時サイト上で確認できる。これまでできた最長のコーヒー行列は132人とか。
■ www.espressomobil.at

Café Jelinek
カフェ・イェリネク

淡いセピア色に包まれた居心地のよい店内。壁紙も洗浄しているがピカピカの一歩手前で止めているとか。

 実のところ、いま伝統的なカフェハウスの多くが、地価の高騰やオーナーの高齢化といった問題に直面し、新しいオーナーによるスタイルの変化や閉店を余儀なくされている。

 しかし、その中でオーナーの交代を経てもその魅力と常連客を失わず、新たなファンを増やし続けているという奇跡のような例が存在した。

変わらないための努力が、古い伝統をいまにつなぐ。

カフェハウスには欠かせない鏡。ウェイターはどこにいても客の様子が見え細やかなサービスが可能に。

 創業1910年の「カフェ・イェリネク」が評判になったのは、1988年、クナップ夫妻がオーナーとなってからのこと。「急ぐ人にはサービスしません」「犬・子どもお断り」などの看板を掲げる、口の悪いオーナー。しかしルールを守ればいくら長居してもかまわない。古ぼけた内装、オーナーの人柄もオリジナルカプチーノなども評判で、俳優や芸術家、学生を中心にカルト的な人気を誇った。それだけに、2003年末にクナップ夫妻が突然引退した時は大変だった。

「できるかぎり変えないで!と皆から切望する声があがりました」と、現オーナーのステファン・シフナーさん。カフェの向かいにあるレストランの経営者でもある彼は、もともとこの店のファンだったこともあり、「クオリティはアップしながらも、雰囲気は極力変えない」ことを心がけた。

左から順に:100年以上前に作られた年代物の暖炉。/小さなショップが集まるマリアヒルフ地区にある店。/「急ぐ人にはサービスしません」のプレート。/やはりカフェハウスには欠かせない各国の雑誌と新聞。新聞は10紙以上が揃う。

 ウィーンっ子の好みを反映したオリジナルブレンドを開発し、ケーキは全て妻と義母が作る。古い店内は毎日のように修理が必要だが、ペンキが剥げたら、光りにくいマット仕上げのペンキで少しずつ塗るなど、変化が目立たないように注意。掃除を徹底し、「古びているが汚くはない」状態を維持している。営業時間中いつでも食べられるようにした「朝ご飯」は、不規則な生活のクリエイターが常連に多いこの店ならではの新しい名物となった。

「常に向上しなければ、〝普通〟は保てない」というオーナーの思いに支えられ今日も「カフェ・イェリネク」は〝変わらず〟に在り続けている。

左から順に:現オーナーのシフナーさん。パートナーのマンフレッド・ハースさんと共にカフェを率いる。/メランジェ(2.90ユーロ)。/日本で言うウィンナコーヒーの元となったと言われるアインシュペナー(2.60ユーロ)。/ボリュームたっぷりの朝食セット。(10.80ユーロ)


Café Jelinek
カフェ・イェリネク

創業1910年の知る人ぞ知る名店。2004年から新オーナーが引き継ぎ、人気がさらにアップした好例。ウィーンっ子の舌にあわせ、ミルクと相性のよい酸味がきいたブレンドや自家製「粉もの」も好評。
■ cafejelinek.steman.at

Caffè Couture
カフェ・クチュール

左から:足下の暖房機がじんわりと暖かく、外の光が入って来る窓辺は常連客の特等席。/広いテーブルではノート型パソコンを開いているお客も多い。学生が勉強していることも。/ブラニーさんは大学では経済を学び、その後パーソナルトレーナーをやっていたという変わり種。プラハのホテルで、たまたまバリスタ選手権を見かけたことから運命が変わったという。

 ウィーンのカフェシーンに吹く、新しい風の中心にいるのが「カフェ・クチュール」。いたって簡素な作りのカフェは人気のない裏道にあるが、まったくお客が途切れない。それもそのはず、オーナーのゲオルク・ブラニーさんは、国内外で数々の受賞経験をもつバリスタ。味はウィーン市内でも最高という評判なのである。

内装や空間は二の次、味を追求し続ける伝道師。

左から:カウンターの奥に置かれたロースター。/コールドブリュー用のマシンや豆を入れた薬瓶などが並び、まるで実験室のよう。/外には立て看板があるだけ。/1区の美しいパサージュ、パレー・フェルステル内に昨年オープンした支店。有名な老舗カフェハウス「セントラル」のすぐそばだ。

 しかし、2010年のオープン当初は、保守的なウィーンっ子に激しく拒絶されたこともあったという。

「店に入って来るなり『こんな店は半年もたない!』と怒鳴られまして。頭がおかしいと言われたこともありました」とブラニーさんは笑う。
「私にとってカフェとはコーヒーの味を追求する場所。空間や居心地には重点を置いていないんです」

「カフェハウスとは、時と空間を消費する場だが、請求書には1杯のカフェの代金しか書かれていない」とはユネスコのウィーンのカフェハウス文化についての言葉だが、それを真っ向から否定するような発言だ。保守派の怒りを買うのも当然かもしれないが、そもそも彼にとって、「カフェハウス」と「カフェ」は異なる存在なのだと言う。

 いまや「カフェ・クチュール」は市内に数多くの常連客を獲得、昨年には支店もオープンした。ストイックに美味しさを追求したコーヒーの味にウィーンっ子も開眼したようだ。

左から:右奥からカプチーノ(2.60ユーロ)、マロッキーノ(エスプレッソ+ビターチョコ、ホイップミルク、2.20ユーロ)。/「旬のエスプレッソ」で産地の違うコーヒー豆を飲み比べ(各1.80ユーロ)。/今冬、特別開発したココア(価格未定)。砂糖不使用でミルクの甘さだけだが後を引く美味しさ。/ブリュード・コーヒー(3.50ユーロ)。

 コーヒー豆はシーズンによって異なる産地のものを、店内のロースターで焙煎して提供。常に2種類、チョコレートのような香ばしさをもつイタリア系エスプレッソと、フルーティーなものを並べる。まずは定番の味で信頼を築いてから、まだ珍しいフルーティーな味わいの豆や異なるいれ方を試してもらい、コーヒーの味の奥深さにはまってもらおう……というわけだ。

 昨年、「カフェ・クチュール」は、オーストリアのコーヒー文化の発展に貢献したとして、グルメガイド『ファルスタッフ』の「黄金のコーヒー豆」賞を受賞した。自ら店頭にたち、常連客の好みを忘れることなく美味しいコーヒーをいれ続ける。カフェの隣にはトレーニングルームがあり、カフェを始めたい人への講習も行う。ブラニーさんは、まるでコーヒーの伝道師。ウィーンのカフェ文化の新たな歴史が、ここから始まっていくのだ。

Caffè Couture
カフェ・クチュール

2010年に開店したニューウェーブ。手作業で1杯1杯、仕立て屋のように飲み手の個性に合わせたコーヒー作りをする、という気持ちを込めて「クチュール」という店名を付けた。
■ www.caffecouture.com

Das Möbel
ダス・メーベル

棚や照明なども全て取扱商品。

 1998年にオープンした「ダス・メーベル」は、ウィーンのカフェ事情の変化の先駆けとなったカフェ兼家具ショップである。オーストリアの若手デザイナーの家具を紹介するプラットフォームとして、現オーナーのローター・トリーレンベルクさんが3人のパートナーとともに始めた。

「カフェにしたのは、人を呼び込みたかったから。それに、家具を試す時は長い時間使えたほうがよい。ウィーンで長い時間を過ごす場所といえば、やっぱりカフェハウスだからね!」とトリーレンベルクさん。友だちと会ったり、本を読んだり、食事をしたり。カフェで何時間もの時を過ごす間椅子に座っていれば、座り心地が実感できる。使い勝手のよさをじっくり見極めることができるというわけだ。

「ウィーンのカフェ」で、変わるもの、変わらないもの。

 オープン当初からメディアに好意的に取り上げられたこともあって、若いデザイナーが集まり人気スポットに。店と一緒にお客も成長して、後に有名デザイナーとなる人も現れた。人気が出過ぎてカフェが手狭になり、2006年に家具のショップをオープン。いまでは、カフェはショールーム的な存在だ。店で使っている家具は全て購入可能。2か月に1回は新作が取り入れられ、1年に1度は大規模なインテリア替えがある……と、アイデア自体は新しいが、そこここに「ウィーンのカフェハウス」らしいディテールが見られるのが興味深い。風防が取り付けられた入口の横には、各国の雑誌や新聞を置くスタンドが。メニューにはメランジェなどのウィーン定番のコーヒーが並んでいる。

左から:客層は20~50代と幅広い。/日替わりのランチや軽食もある。/入口の風防もウィーンのカフェハウスには欠かせないもの。/オーナーのトリーレンベルクさん。2006年に別途家具ショップをオープン。ドイツ、オーストリアの小~中規模な工房のものを扱う。人気デザイナー、ポルカは開店当初からの付き合い。

 お客は観光客が半分、常連客が半分といったところ。新しさと伝統の要素がほどよくミックスされたモダンな空間はつい長居したくなる。表面的な形は変わっても、味と居心地のよさを重視することは変わらない。それがウィーンのカフェの真髄なのである。

Das Möbel
ダス・メーベル

カフェ&家具ショップという店はウィーン初のコンセプトストアとして爆発的な人気に。コーヒー豆や食材の大半がオーガニック。豆は地元の創業1908年の店で焙煎。地ビールも人気だ。
■ dasmoebel.at/cafe/dascafe

1ユーロ = 約131円(2015年3月現在)

取材・文 河内秀子 / 写真・Gianni Plescia 
更新日:2015/04/10



  • ラブドリ
  • 日本インスタントコーヒー協会
  • 全日本コーヒー商工組合連合会
  • 日本家庭用レギュラーコーヒー工業会