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知るほどに味わい深い、「ブラック・コーヒー」の魅力。

Illustration by takayuki ryujin


 もう半世紀も生きているというのに、まだまだ大人になりきれない自分に愕然とすることがある。道を歩いていて、若いコに追い抜かれるとムキになって追いつこうとしたり。かわいい子に出会うと、根拠もないのに急にソワソワしてしまったり。自分でもホント、なんだかなあと苦笑いを浮かべてしまうことが日常茶飯事だから情けない。

 もちろん、そうした笑って許せる類いのことが大半なのだが、なかにはある種の劣等感のように、人生このかたずっと引きずっていることもある。その筆頭が、筋金入りのコーヒー党を自認する身でありながら、いまだにコーヒーは砂糖を入れないと飲めないことだ。嗜好品なのだから好きに飲めばいいではないか、と言われればそれまでだが、カフェで供されたコーヒーに砂糖を入れる瞬間などは、いまなお周りで「あらまあ、まだまだ味覚はお子様ねえ」などと思われてはいないかと気になってしょうがない。

恋人を待つ自身の姿と、苦いコーヒーの関係。

 まあ、それほどにブラック・コーヒーこそが〝大人のかっこいい飲み物〟だと刷り込まれてきた長い歴史があるというわけだ。ハリウッド映画のヒーローがコーヒーに砂糖を入れて飲んでいるシーンを思い出すことはできないし、レイモンド・チャンドラー小説のフィリップ・マーロウをはじめとするハードボイルドな主人公たちもブラック派がずらりと並ぶ。

 音楽もまた、しかりだ。その最たる例が、ペギー・リーの「ブラック・コーヒー」。ジャズの大御所、サラ・ヴォーンのオリジナルもいいが、北欧の血を引く美形ジャズ・シンガーが、そのハスキー・ヴォイスで夜更けにブラック・コーヒーを飲みながら、いつ来るかもしれない恋人を待つ、なんともやりきれない女心を艶っぽく歌う1956年のカヴァーこそが出色の出来。その妖艶な味わいが、ブラック・コーヒー=大人の飲み物というイメージを決定づけたと言っても過言ではないほど、インパクトは強烈だった。

 「ひどい孤独に襲われて
 一睡もできやしない
 部屋を歩き回ってはドアを見て
 そしてその間に飲むの
 ブラック・コーヒーを
 愛なんて作り置きの苦い飲み物ね」

 こんな歌い出しで始まる、トラディショナルな12小節のブルースには、やはりブラック・コーヒーこそがふさわしい。ただ、眠気覚ましに飲むコーヒーだととらえてしまっては、この深い味わいを楽しむことはできないだろう。まず恋人を「シュガー」や「ハニー」と称する英語の世界に身を置けば、恋人を待つ自分自身をブラック・コーヒーに投影していることはすぐにわかるはず。さらに、最後の1文の英語詞「Love’s a hand-me-down brew」にも注目したい。「hand-me-down」は「お下がりの、中古の」を意味するのだが、そこには「待ちわびる時間の長さ」と「女として新鮮さを失ってしまった自分への思い」が見え隠れしているのだ。ブラック・コーヒーは飲めずとも、大人のみぞ知る、深遠な世界の魅力は理解できる。

普通を至福に変える、時代背景への造詣。

 コーヒーにまつわる大人のイメージと言えば、もうひとつ思いつくのが煙草だ。こちらもあいにく嗜まないのだが、健康を害してまで嗜む気はないので、これに関しては劣等感などはまったくない。愛煙家の友人に「最高の相性だ」とまで言われても、心はまったく動く気配はない。しかし、そんな心も不世出のソウル・シンガー、オーティス・レディングの「煙草とコーヒー」の前では動きっぱなし。それほど「最高の相性」を見せつけるのだ。

 午前3時15分前。テーブルの上には煙草とコーヒー。向かい側にはきみがいる。もうそれだけで何もいらない。……そんな至上の歓びを噛み締めるように歌ったサザン・ソウルの傑作バラードは、66年発表のアルバム『ザ・ソウル・アルバム』に収録されている。

 「クリームも砂糖もいらないよ
 僕にはきみがいるから」

とも歌っているので、コーヒーはもちろんブラックなのだが、この曲での注目点は実はほかにある。

 この曲が録音された時間と場所を考えてみよう。時間は60年代半ば、場所はアメリカ南部の地、テネシー州メンフィス。ましてアーティストは、アフリカ系アメリカ人である。そう、公民権運動の発火点であり、公民権法が成立した64年7月の直後くらいなのだ。17世紀、アメリカ南部の奴隷制プランテーションは煙草栽培から始まったと言われる。そうした時代背景を考えれば、奴隷の子孫にあたる自分が煙草を嗜む側に立ち、愛する人と不自由なく普通の生活が送れている。これを至福と言わずに何と言おうか。歓びを噛み締めるように歌う気持ちもよくわかる。

 でも、コーヒーを「ブラック」と表現しなかった意図は何だったのだろう。そんな深読みを大人げなくしてしまう自分に気づき、またまた苦笑いを浮かべているのは言うまでもないだろう。

ペギー・リー
『ブラック・コーヒー』

ユニバーサルミュージック
¥1,847(税込)UCCU-6041

名曲「ブラック・コーヒー」を筆頭に、ジャズ・シンガーとしての魅力が凝縮された56年発表の名盤。引退、カムバック、離婚と、波瀾万丈の人生経験が磨き上げた彼女のハスキー・ヴォイスが胸に響く。ジミー・ロウルズ(p)ほかの名演も聴きどころ。

オーティス・レディング
『ザ・ソウル・アルバム』

ワーナーミュージック・ジャパン
¥1,028(税込)WPCR-27502

米音楽誌『ローリング・ストーン』の“史上最も偉大なシンガー100人”で8位に選出されたサザン・ソウルの巨星が、飛行機事故で亡くなる前年にリリースした4枚目のスタジオ盤。テンプテーションズやサム・クックの秀逸カヴァーなど名曲揃いの1枚。

文・山澤健治(フリー・エディター&ライター)
更新日:2014/06/27



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