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コーヒー・ワンダーランド

時代の文化が見える、パリのカフェ3世代。

19世紀末、カフェ・ゲルボワで印象派が生まれ、1940年代のサンジェルマン・デ・プレのカフェでは実存主義が生まれた。日常の交流の場であるパリのカフェは、文化発信の拠点でもあった。それぞれの時代の空気を感じさせる内装や空間から、パリのカフェの魅力を探る。

アートを満載した“ガラスの帆船”の、
光にあふれる斬新なカフェ空間。
Le FRANK * ル・フランク

左:「フォンダシオン ルイ・ヴィトン」の設計には、航空工学用のプログラムも使われたという。/右:ガラスの曲面が大胆に張り出したテラス席。

 パリのブーローニュの森に「ジャルダン・アクリマタシオン」という遊園地がある。この19世紀から続く遊園地の一角に2014年秋「フォンダシオン ルイ・ヴィトン」が開館した。建築家フランク・ゲーリーが設計した、現代アートの美術館です。

 ビルバオ・グッゲンハイム美術館で衝撃を与え、常識を超えたデザインで話題を集めるゲーリーが、「緑の環境に溶け込み、そこから浮かび上がる光と鏡の帆船のイメージ」という建物は、庭園と19世紀のガラスによる建築から発想したものという。
 まるで風をはらんで動き出すような印象さえ受けるダイナミックな建物は、現代美術の愛好家はもちろん、この建築を見ようという多くの人々で賑わっている。

左:地階から屋上テラスまで続く現代美術の展示が楽しい。/右:明るい客席の頭上を魚たちが泳いでいる。シェフ、ジャン=ルイ・ノミコスによる軽めの料理も好評。

 大小11の展示室を持つ美術館のエントランス・ホールに、カフェ・レストラン「ル・フランク」がある。
 その名が示すように、ここのインテリア設計もすべてゲーリーが手がけている。メインの客席スペースは、庭に面した巨大なガラスの外壁が高く延び、やわらかな光が差し込んで、爽やかな開放感にあふれている。

 いま見て来たばかりの展示作品や、変化に富んだ建物について語り合う客の頭上を、ゲーリーがデザインした魚のオブジェが泳いでいます。
 シックなカウンター席のコーナーからはテラス席へ出られる。まるで帆船の甲板にいるように、カーブしたガラスの帆が頭上を覆っています。

 パリは古い建物を大切にする一方でエッフェル塔やポンピドゥ・センターといった革新的な建築でも世界を驚かせてきた。この美術館もそのひとつ。先鋭なアートを満載した〝ガラスの帆船〟にある「ル・フランク」は、パリの新しいカフェ空間です。

ル・フランク
8 Avenue du Mahatma Gandhi, 75116 Paris

■ http://www.fondationlouisvuitton.fr

モンパルナス“狂乱の時代”の舞台は、
アールデコのインテリア。
Le Select * ル・セレクト

床のモザイクタイルも当時のままの落ち着いた店内。ヘミングウエイはどの席に座っていたのか。

 1918年に終わった第1次世界大戦後のモンパルナス大通りのヴァヴァン交差点付近には世界各地からやってきた芸術家たちが集まって、〝狂乱の20年代〟とよばれる自由奔放な日々を過ごしていた。

 ピカソやダリをはじめ、モディリアーニ、スーチン、フジタ、シャガールなど〝エコール・ド・パリ〟の画家たち、サティ、マン・レイ、ジャコメッティ、デュシャン、コクトー、そしてヘンリー・ミラーなどの作家たちも、レーニンやトロツキーもいた。
 夜ごと果てない議論と狂宴の舞台が、「ラ・クロズリー・デ・リラ」、「ラ・ロトンド」、「ル・ドーム」、「ラ・クーポール」などのカフェだったのです。

奥にはいかにもアールデコらしい格子状の天窓のある客席がある。鏡や照明器具もデコ様式。

 カフェ「ル・セレクト」は、ヘミングウエイの『移動祝祭日』に登場することでも知られている。ピカソやジェイムス・ジョイスなどが常連だったセレクトは、やや観光レストラン化した他の店に比べると、パリのシックなカフェという印象。1923年に開業した店内は、開店当時の内装が、ほぼそのまま保たれています。

 1925年にパリで開かれた装飾美術万国博覧会、いわゆるアールデコ博では、建築や内装、家具、服飾などのデザインは直線や円による幾何学的な形のものが主流だった。19世紀末から20世紀初めに流行したアールヌーヴォーは、ツタや爬虫類を思わせる有機的な形が特徴だったのに対し、この時代の幾何学的なデザインが、アールデコ博を契機に〝アールデコ〟とよばれるようになった。博覧会の会場だったシャイヨー宮やパリ市立近代美術館などの建築はもちろんアールデコ様式です。この傾向は世界各地にも広がり、東京の旧朝香宮邸、いまの東京都庭園美術館も典型的なアールデコです。

左:入り口のガラスドアに付いた真鍮製の大きな把手もデコスタイル。/右:トイレのドアにもアールデコ・デザイン。典型的なデコ書体。

 セレクトの店内は、そのすべてが、アールデコ様式。カウンター上のガラス板の図案も、タイルの床も、使いこまれた木のテーブルも1920年代のアールデコスタイル。その率直なデザインと堅牢な造りは、100年近く経ったいまも古びた感じがしない。
〝つわものどもの夢の跡〟、セレクトの客は、落ち着いた年代の人たちです。

ル・セレクト
99 Boulevard du Montparnasse, 75006 Paris

■ http://www.leselectmontparnasse.fr/

19世紀のパサージュで、
パリのカフェの原風景を体感する。
Café de L’Epoque * カフェ・ド・レポック

左:パサージュ入り口と「カフェ・ド・レポック」のテラス。/右:店の看板の切り文字の書体も建設当初に統一されている。

 19世紀のパリの都市景観を代表するのがパサージュとよばれるガラス屋根のついた商店街です。
 鉄とガラスによる建設技術が可能にしたパサージュは、風雨や馬車の通行を気にすることなく、流行の商品をゆっくり見て歩くことができることから、貴族に代わって登場した新興ブルジョワ階級の欲求に応える場所として建設されたのです。

ザンクとよばれる錫の合金で作られたカウンターと気のいいギャルソン。

 レ・アールとパレ・ロワイヤルの中間にあるギャルリ・ヴェロ・ドダは、現存のパサージュの中では最も古く、1826年の開設。当時の姿がほぼ保全されている。
 天井の曇りガラスからの光が白黒の市松模様のタイルの通路をほのかに照らし、両側に並ぶ店のガラス窓に映りこんでいる。まるで時間が静止したような気分。
 通路中ほどのアヴァンギャルド芸術専門古書店と隣の弦楽器専門店は、共に30年前の開店。数年前まで活版印刷所だった場所は、人気の高級靴店「クリスチャン・ルブタン」が占めている。隣に昔からあった靴修理店はいま、ルブタン指定店になって大繁盛している。

ギャルリ・ヴェロ・ドダは国の歴史記念建造物。タイムスリップしたような空間に佇むカフェ。

 ルブタンの反対側、パレ・ロワイヤル寄りの入り口にあるのが、このパサージュの開設と同じ1826年の開業という「カフェ・ド・レポック」です。
 パサージュの通路に面した店の外装は、他の店と同様、連続するアーチのガラスも店名の書体もすべてパサージュ開設以来守られている。
 ただ内装は、床タイルの一部や地下の石壁などを除いて、19世紀末から20世紀前半に改装されたもの。なにしろ開店当時は照明もガス灯の時代だったのです。

 とはいえ、使いこまれたカウンターや木のビストロ椅子、昼のメニューが書かれた黒板や窓辺のレースのカーテン、そして気さくなギャルソンたちと、古き良き時代のパリのカフェのキホン要素ばかり。
 かつてはゲンズブールやカトリーヌ・ドヌーヴも通ったというレポック。いまの常連は、パサージュの古本屋の店主やルブタン氏、そして近くの文化省に勤める人たちです。

カフェ・ド・レポック
2 Rue du Bouloi, 75001 Paris

■ www.paris-bistro.com/choisir/paris1/CafeEpoque.html

パリのテロで犠牲になられました皆様に、心からご冥福をお祈り申し上げます。(取材2015年9月)

写真・文・ 稲葉宏爾
更新日:2016/01/05



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