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コーヒー海外事情

受け継がれる“カフェハウス”の伝統。

ウィーンカフェハウスオーナー・クラブ会長
マクシミリアン・プラッツァー氏

 ウィーンのカフェハウスでメニューを開くと、見慣れない名前が並んでいる。メランジェ、フェアレンガーター、アインシュペナー……。これらは全てこの街独自のコーヒーの種類だ。代表的なものだけでも10種類以上。いわゆるブラックコーヒーは「シュヴァルツァー」もしくは「モカ」。カフェハウスの定番は「メランジェ」。大きめのカップに「モカ」(濃いコーヒー)と温めたミルクを注ぎ、ミルクの泡を浮かべたものだ。どの飲み物も長方型の銀のトレイの左側にのせ、右側に水の入ったグラスと砂糖を添えてサーブするのがお約束。なぜ、このように細々と作法が決まっているのだろうか?

「コーヒーを左側に置くのは、新聞を右手で読むからです」と、ウィーンカフェハウスオーナー・クラブ会長、マクシミリアン・プラッツァー氏。彼がオーナーを務める創業1900年の「カフェ・ヴァイマール」には国内外の新聞や雑誌が山のように置かれた一角がある。ここに限らず、ウィーンのカフェハウスには新聞が欠かせない。まだ新聞が一般に普及していなかった時代に、世界中のニュースを取り入れられるようにと始まったものだ。片手で読みやすいようにデザインされた新聞ホルダーも洒落ている。伝統的な「カフェハウス」では、こういった歴史あるディテールが今日まで受け継がれているのだ。それは幾度もの存続の危機を乗り越えた跡でもある。

 まずは19世紀初頭のナポレオン戦争だ。イギリスとの貿易が禁止され、コーヒー豆の関税が高騰。そこでカフェハウスではワインと温かい食事を出すことにした。現在でも充実の食事メニューが提供され、粉ものは自家製とされている。19世紀末には「ウィーンのカフェハウス」はほぼ現在のような形になっていた。友人と会うだけでなくビジネスにも使われるコミュニケーションのメッカ。会話を邪魔しないようBGMは流さない。

 2度の戦争を経て、1956年「カフェハウスオーナー・クラブ」を発足。歴史ある190軒が加盟し、伝統の存続に尽力している。しかし、いま大きな転換期を迎えているようだ。

「大手のカフェチェーンはウィーンでは成功を収めていません。しかし、その進出は既存のカフェの在り方に問いを投げかけました。伝統の価値とはその古さにあるのではなく、いかに導いているかにある。場としてのカフェハウスの文化だけでなく、飲み物としてのコーヒーの文化の保護にも目を向け、発展させていきたいですね」

これが“カフェハウス”のお約束!

伝統的なカフェハウスは大抵建物の角にある。入口には風防があり、店内は常に居心地のよい一定の温度。またウェイターがお客の様子を把握しやすいように空間全体に鏡が張られ、死角がないのも特徴だ。

「カフェ・ヴァイマール」では月700ユーロ以上が新聞代とコストも馬鹿にならないが、国内外の新聞・雑誌はカフェハウスの伝統の最たるもの。歴史は1720年にまで遡る。新聞を読むために通う常連客も多い。

「メールシュパイゼ(粉の食べ物)」と称される焼き菓子は自家製がお約束。極薄の生地が特徴のりんごパイ「アプフェルシュトゥルーデル」はウィーン名物。クリームを使う手のこんだものは専門店に依頼する。

大きなカフェハウスではBGMを流さない代わりに、時間を決めてライブ演奏がある。ピアノはシャンデリアや大理石のテーブル、ロージェ(ボックス席)などとともに、伝統ある店には欠かせない要素だ。

Republic of Austria
オーストリア共和国

オーストリア共和国主要情報
■ 面積 : 約8.4万平方キロメートル(北海道とほぼ同じ)
■ 人口 : 約850万人
■ 首都 : ウィーン ※外務省HPより(2014年11月現在)
※1ユーロ = 約131円(2015年3月現在)

取材・文 河内秀子 / 写真・Gianni Plescia
更新日:2015/04/10



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