COFFEE BREAK

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2019.04.25

J・S・バッハの「ミサ曲ロ短調」の自筆楽譜/ヴァルトブルク城

【コーヒーと世界遺産】
コーヒー党のバッハ、最晩年の集大成。
J・S・バッハの「ミサ曲ロ短調」の自筆楽譜/ヴァルトブルク城

バッハの生誕地、ドイツ中部のアイゼナハは世界遺産・ヴァルトブルク城でも有名。マルティン・ルターはこの城に9カ月籠って新約聖書のドイツ語訳を完成させた。バッハ家も代々、キリスト教ルター派であった。©dpa/時事通信フォト

 2015年10月、バッハの自筆による「ミサ曲ロ短調」の楽譜がユネスコの世界記憶遺産に登録された(日本では翌16年より名称を〝世界の記憶〟に変更)。自筆楽譜が登録されたのはベートーヴェンの「交響曲第9番」(01年)に次いで2件目のことだった。
「ミサ曲はカトリック教会で用いるミサの通常文に曲をつけたもの。バッハはその全文にわたって作曲したので、演奏に2時間近くかかる大作になりました」と音楽ライターの片桐卓也さん。
「最終的に書き上げたのは彼が亡くなる前年の1749年ですが、部分的にはその16年前や25年前に作曲されていたパートもあり、必ずしもすべてが新作というわけではありません。おそらく人生の最晩年に自分のミサ曲の集大成として完結させたかったのでしょう。完成から270年の年月を経た現在も楽譜の筆致からは作曲家の熱意がひしひしと伝わってくるようです」

コーヒーが好きすぎて、カンタータを作曲?

バッハの「ミサ曲ロ短調」の自筆楽譜の一部。この作品は、「マタイ受難曲」、「ヨハネ受難曲」と並んでバッハの作品の最高峰に位置付けられている。©Bridgeman Images/時事通信フォト

 バッハといえば、コーヒー党には「コーヒー・カンタータ」(1734年頃)を作曲した人としても見逃せない。
「これは、コーヒーに熱中する娘とそれを諌める父親のユーモラスな掛け合いを中心に当時のコーヒーブームを諷刺した声楽曲です。バッハは1723年からライプツィヒの聖トーマス教会の音楽指導者を務めており、当時はドイツ各地でコーヒーが大流行。この曲は現地のコーヒー店または庭園で演奏され、〝千のキスよりなお甘く、マスカットワインよりなおソフト〟とコーヒーを讃える歌詞も随所に出てきます」
 当時のドイツではコーヒーを非難する動きもあり、〝コーヒーを飲むと女性の妊娠の妨げになる〟というデマも流されていたほど。バッハの「コーヒー・カンタータ」は、そんな風潮に対する抗議であったという説もある。
「バッハの遺品の中にはコーヒーポットやカップ類が含まれており、彼もコーヒー党であったといわれています。彼は教会の音楽の仕事だけでなく、教会付属の学校の生徒や自分の子供たちにも音楽を教えるなど、とても多忙な毎日を送っていました。そんな中でこのような世俗カンタータも書き、さらにそれをカフェなどで演奏して民衆に届けるということは、よほどコーヒーに関心があり、大好きで、そのブームも意識していなければできないことだったのではないでしょうか」
 音楽の父と呼ばれ、物静かで哲学者のようなイメージがあるバッハだが、実はとてもエネルギッシュな人だったのではないかと片桐さんはいう。
 人生最後の力を振り絞って「ミサ曲ロ短調」をまとめ上げたバッハ。その作業の傍らに大好きなコーヒーがあったかもしれない。

片桐卓也(かたぎり・たくや)
1956年福島県生まれ。早稲田大学卒業。「音楽の友」「レコード芸術」「モーストリー・クラシック」などのクラシック音楽専門誌に寄稿している。 著作に『クラシックの音楽祭がなぜ100万人を集めたのか』(ぴあ刊)など。

監修 片桐卓也(音楽ライター)/ 文 牧野容子
更新日:2019/04/25

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