COFFEE BREAK

ART

文化-Culture-

2015.08.24

コーヒーと世界遺産 Vol.7

女帝の愛と情熱が創り上げた、ロマノフ王朝の食卓芸術。
祝宴用セット「カメオ・セルヴィス」

セーヴル王立製作所史上、最も大規模で贅沢なセットといわれる「カメオ・セルヴィス」。セルヴィスとはフランス語でセットの意味だ。左から、クリーム容れ、砂糖容れ、コーヒーポット、カップとソーサー。ソーサーの底にはエカテリーナ2世を表す花模様が。カメオの装飾はこのコーヒー用セットのような絵付けタイプと、特別なガラス状のペーストでできた立体的な模造カメオの2種類があった。「ブルー・セレスト」の発色のみならず、セーヴルは金装飾の名人芸でも評価が高く、純金使いの美しいレリーフ装飾は、他では真似のできないものだった。
Photograph ©The State Hermitage Museum /photo by Svetlana Suetova, Konstantin Sinyavsky

 目の覚めるようなブルーと金彩が眩しい輝きを放つコーヒーポットとカップ&ソーサー、そしてクリーム容れ、砂糖容れ。「カメオ・セルヴィス」と名付けられたこのセットは、ロシアのエルミタージュ美術館の所蔵品である。

 女帝エカテリーナ2世がその礎を築いたエルミタージュ美術館は、世界遺産「サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群」を代表する歴史的建築物であり、歴代ロマノフ王朝のコレクションや愛用品を収めた美の宝庫。

「これは女帝が寵臣ポチョムキン公爵のためにフランスのセーヴル王立製作所に注文して作らせたものです。コーヒー用の他にも食事用やデザート用、食卓に飾る陶器の彫像など、60人分、744点のアイテムがありました」
 と語る美術工芸史家の池田まゆみさん。18世紀後半のロシアを政治、軍事だけでなく芸術文化の面でもヨーロッパの大国に押し上げようとしたエカテリーナ2世。彼女には生涯、約10人の愛人がいたが、ポチョムキンは唯一無二の存在だった。恋が終わった後も彼は生涯の友であり、助言者だった。

「注文の際、女帝は特に2つの点にこだわりました。一つは〝ブルー・セレスト〟と呼ばれるトルコ石の青色を使うこと。それは当時、セーヴルが独自に開発した軟質磁器と呼ばれる磁器でしか出すことができない貴重な色でした。もう一つはカメオを装飾に用いること。瑪瑙に古代ギリシア・ローマ美術の図柄を彫刻したカメオは最高級の宝飾品で、彼女は1万点以上をコレクションするほど熱中していたのです」

 ロシアの女帝からの注文にフランス王室はその威信をかけて取り組んだ。カメオの装飾は国王ルイ16世が自身の自慢のカメオ・コレクションの中から見本を提供し、専用の研磨工房や機械を整えるほどだった。

陶芸史上の傑作であり、外交上も重要な意味が......。

皇帝である夫をクーデターによって廃し、自ら女帝となったエカテリーナ2世は、ドイツの小貴族の出身だった。
©www.bridgemanart.com/amanaimages

「女帝が『カメオ・セルヴィス』にこめたものは、ポチョムキンに対する深い愛情だけではありません。当時、磁器でこれほどの贅沢なセットを作ることは、ロシアにそれだけの財政的余裕があり、その君主は当時のヨーロッパで最先端の流行であったギリシア・ローマ美術を理解する教養やセンスを持ち合わせていることを示しているのです。まさにこれは自身と国の威信を示さんがための、エカテリーナ2世の〝女の意地〟だったのではないでしょうか」

 恋に政治にエネルギッシュに生きたエカテリーナ2世。彼女は亡くなる当日も早起きをし、濃いブラックコーヒーを飲んでいつものように仕事を片付けていたという。

池田まゆみ(いけだ・まゆみ)
学習院大学仏文学科卒業、同大学大学院人文科学科博士課程修了。北澤美術館首席学芸員。ガラス、陶芸、金工などヨーロッパの装飾美術を中心とした歴史と生活文化を研究。美術展の企画監修、講演、執筆を行う。
監修・池田まゆみ(美術工芸史家) / 文・牧野容子
更新日:2015/08/24
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