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コーヒー・ワンダーランド

【コーヒーと世界遺産】人と人の「間」を取り持つ、コーヒーの普遍的な役割。

「アラビアコーヒー、寛容さの象徴」&「マジリス、文化と社会の空間」

カスル・アル・ホスン手工芸館で行われているアラビアコーヒーの実演プログラム。参加者は靴を脱ぎ、マジリスを模して壁に沿って床にコの字型に配されたクッションに座って説明を受ける。実演では安全のために電気コンロを使用。なお、新型コロナウイルス対策として6月現在、手工芸館は休館中。

 人と人の出会いを彩り、交わす言葉を潤すコーヒーは、国境を越えて、来客のもてなしに好んで用いられている。

 アラビア半島には、独特な優雅さをまとった伝統的なコーヒーの振る舞い方がある。ユネスコは、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、オマーン、カタールからの共同申請によって、2015年に、そのコーヒーのもてなしを「アラビアコーヒー、寛容さの象徴」として無形文化遺産に登録した。

 コーヒーのトレンドは、もっぱら欧米主導のビジネスや規格の上に繰り広げられている。しかし、世界で生産されるコーヒー豆の大半がアラビカ種であり、コーヒーの語源がアラビア語の〝カフワ(qahwa)〟(注1)であることを思えば、アラブのコーヒーの伝統は、私たちコーヒー好きが知るべき消費文化の源だと言えるだろう。

 アラビア半島におけるコーヒー消費の暁には諸説あるが、15世紀半ばには半島南部イエメンのスーフィー(イスラム神秘主義修道者)らが、瞑想や祈りの際に眠気覚ましのために愛飲していたと伝えられている。

 紅海を渡り東アフリカのエチオピアからイエメンに伝わったコーヒーはその後、主にメッカ巡礼者や商人によってイスラム世界に広められた。イエメンの山岳地帯ではコーヒーノキが栽培されるようになり、港町モカはコーヒー貿易の創成期を率いた。

注1:ガフワ(gahwa)、カフウィ(qahwi)、アフワ(ahwah)など地域によって異なる欧字表記がある。

アブダビ手工芸館で、アラビアコーヒーを体験。

現在は博物館であるアブダビ最古の石造建築カスル・アル・ホスン。アラビアコーヒーの実演は、敷地内の近代的な手工芸館で行われている。

 当時の飲み方は明らかでないが、現在のアラビアコーヒーの作法は砂漠の遊牧民ベドウィンのものに由来する。

 浅く掘った砂地に炭を敷き、その炭火で煎ったコーヒー豆を煮て、コーヒーを淹れるのがそもそものベドウィンの流儀ならば、その炭と砂によるアウトドアな仕様を座卓型コーヒー専用こんろ「クワール」の上で再現して、客にコーヒーをもてなすのが伝統的なアラビアコーヒーの主な様式となっている。

 真鍮のポット「ダッラー」や取っ手のないコーヒーカップ「フェンジャン」などアラビアコーヒーは、器具もまた独特だが、伝統を守るアラブの友人に招かれない限り、暮らしの中での〝御点前〟に触れることは難しそうだ。

 そんなもてなしを観光客でも疑似体験できるのが、アラブ首長国連邦のアブダビの手工芸館(House of Artisans)で行われる実演だ。客の立場から御点前を眺め、カルダモンの芳香漂うアラビアコーヒーをいただくひと時に、五感は心地よく刺激される。

マジリスのコーヒーがもつ、普遍的な役割と魅力。

 日本人にとって、茶室で抹茶を振る舞うのが茶道の正統ならば、アラビアコーヒーはマジリスで振る舞うのがしきたりだ。マジリスもまた2015年に「マジリス、文化と社会の空間」としてユネスコ無形文化遺産に登録された。

 そもそもアラビア語で「座る場所」を意味するマジリスは、遊牧民のテントや街の住宅における客間から地域の集会所や国会までも指す。それは「場」の様式よりも、人と人が言葉を交える「間」を指す言葉のようだ。

 アラブのマジリスに伝統的なコーヒーが愛用されることに、改めてコーヒーに人と人の「間」を取り持つ普遍的な役割と魅力が備わることを思う。


アラビアコーヒーの伝統的なおもてなし

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1ディルハム硬貨に絵柄が刻印されているダッラーは、アラブのもてなしの象徴だ。優雅な器具に囲まれたアラビアコーヒーの接待には、主客の間で交わされる作法がある。アブダビ手工芸館の実演企画者から聞いたマナーのいくつかを紹介しよう。マジリスで客にコーヒーが注がれるとき、コの字に配された客席の中央に座す年配者など最も“偉い”客に先に、その後は右から順に注がれる。アラブでは左手は不浄とされているので、客は予めコーヒーが注がれたフェンジャンを右手で受け取っていただく。コーヒーは主の長男が淹れるのが伝統的で、フェンジャンに注ぐ際には立ち上がってそれを行う。客がおかわりを求めるときは、フェンジャンを握った右手をまっすぐ差し出し、おかわりを断る場合には同じ手の手首を回しながらフェンジャンを返す。

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アラビアコーヒー普及へ、アブダビの取り組み。

「バイト・アル・ガフア」実演プログラムとガフア選手権の企画を担ったノラ・アル・カミスさん(左)と手工芸館キュレーターにして食文化研究者のアイシャ・カンサヘブさん(右)。

 アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビでは、ユネスコ無形文化遺産登録を機に、文化観光局が中心となってアラビアコーヒーの再評価と普及に精力的に取り組んでいる。

 歴史的建造物カスル・アル・ホスンに2018年に附設された手工芸館のバイト・アル・ガフア(コーヒーの家)での実演に加えて、2019年12月にはアラビアコーヒーの腕を競う第1回ガフア選手権を主催した。

 客へのもてなしにまずコーヒーを勧めるように、手工芸館ではコーヒーの家をエントランスホールに構えて来場者を迎え、実演プログラムを定期的に行っている。

「コーヒーにデーツを添えて客をもてなすのは今も変わらぬ習慣です。しかし、生活の近代化に伴い、伝統的なアラビアコーヒーは日常から遠ざかり、若者の多くは、そのしきたりを知りません」と郷土食文化の研究者である手工芸館キュレーターのアイシャ・カンサヘブさん。
「アラビアコーヒーの実演は観光客だけにではなく、エミラティ(UAE市民)にも向けて行っているのです」と語る。

 アブダビ政府はアラビアコーヒーをもてなしの象徴として外交にも役立てている。2019年には、ロンドンと北京へのアブダビ政府高官正式訪問の際に、バイト・アル・ガフアで行われる実演を友好の印として披露した。

次世代に受け継ぎたい、選手権で知り得た多様性。

左から:コーヒーメイク、焙煎、創作ドリンクなど5部門で競われた第1回ガフア選手権。勝者には最高12万5千ディルハム(注2)の賞金が贈られた。/ロンドンにUAE元大統領ザーイド氏の名を冠したザーイド小児難病研究所が開所した際に催されたデモンストレーション。

左から:浅煎り部門優勝者。/中・深煎り部門優勝者。

 アラブ諸国のみならず、遠くはフィリピンから計370件の参加申し込みを数えた第1回ガフア選手権は、主にアラビアコーヒーの多様さを認識し、その文化的価値を確立する目的で行われた。

「国や共同体によって異なるアラビアコーヒーの伝統や技を記録することができました」とガフア選手権を企画したノラ・アル・カミスさんはその成果を語る。「地域のマジリスで門外不出だったダッラーや、アブダビのとは異なる作法や器具を目の前で披露されるのは、貴重な経験でした。技術面では、それぞれに異なるコーヒー豆焙煎のプロファイルを記録しました。これはアラビアコーヒーにとって初めての科学的な分析だったのです」という。

 ガフア選手権設立のため、審査や競技の基準はコーヒーに関する複数の国際選手権から学び、ソーシャルメディアを活用して参加者を世界に募った。
「アラビアコーヒーは、アラブ世界が誇る伝統的なもてなしの作法です。私たちが選手権を通じてデータを収集し始めたのは、この伝統を維持し、次世代にしっかりと継承したいからです」と選手権企画者は取り組みの長期的な視野を語ってくれた。

注2:日本円相当額は約363万円


文・写真 仁尾帯刀/イラスト マツモトヨーコ / 協力  カスル・アル・ホスン手工芸館
更新日:2020/10/12



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