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コーヒー・ワンダーランド

エッセイ*太田和彦【いつもコーヒーがある。】

 朝、仕事場に来て最初にするのはコーヒーを淹れること。
 台所のポットの湯でカップを温め、ドリッパーに紙フィルターを敷いて、挽いたコーヒーを入れ、湯を捨てたカップにドリッパーを載せ、ポットからゆっくり注ぐ。沈まるともう一度。次は箸の頭で縁の粉を真ん中に集めて注ぐ(まんべんなく粉が生きる気がする)。次はカップの向きを変え別角度から注ぐ(まんべんなく湯がまわる気がする)。最後の一滴まで落ちたと判断したらカップを手に仕事机に運ぶが、必ず途中で最初の一口をすする。ああうまい。
 粉は近所にできた豆専門店で買う。詳しくないので「酸味のあるの」と言うと適当に選んでくれる。ポイントカードも持っている。若い主人は夜一人、店を閉めると一〇時ころまで暗い明かりの中で豆を一粒ずつ選別し、熱心さに感心する。コーヒーってそんなに打込めるものなのか。
 新幹線でも車内販売が来ると買う。揺れる車内でこぼさぬよう気をつけるが、車内販売のコーヒーは値段が高い。宿泊先のホテルでも朝のシャワーを終えると、濡れた髪を拭きながらコーヒーだ。最近は一杯だけのフィルター式が多く、おいしい。コーヒーを飲まない日はない。

 本格コーヒーを初めて飲んだのは、今から五〇年以上も前、信州松本の田舎の高校一年生のときだ。友達と不良をきどって喫茶店に入り「コーヒー」と注文した。「通は砂糖は入れないんだぞ」と聞いていたので、まずそのままで。半分飲んでから添えられたミルクを入れ、最後に砂糖ポットから一さじ入れ、コーヒーは三回楽しむんだと知った。
 そのころ流行していたのが西田佐知子の「コーヒー・ルンバ」だ。
  ♫昔アラブのえらいお坊さんが  
   恋を忘れた哀れな男に……
 苦いコーヒーを飲んで恋を知る歌。私は恋は知らなかったが。
 デザインを学ぶため上京して下北沢に下宿し、さあいよいよ一人生活が始まる、生活道具を揃えねばと、裏に「SAKURA CHINA」とある厚手の真っ白なコーヒーカップを買った。飲むのはそのころ出回り始めたインスタントコーヒーだ。あまり学校に行く気になれないまま寝坊した朝、コーヒーを沸かし、唯一の財産のFMラジオでクラシック音楽を聞いた。
 就職した資生堂のデザイン制作室は自由な雰囲気があり、朝タイムカードを押すと、そのまま喫茶店に行くのが当たり前だった。銀座にはモーニングサービスの喫茶店はたくさんあり、それぞれお気に入りがある。よく行った名曲喫茶は、ウエイトレスは白ブラウスに紺のスカート、机は白いテーブルクロスと品がよく、コーヒーもうまかった。静かに流れるクラシックは一週ごとのプログラムが置かれていた。
 一方、美人喫茶もありこちらのコーヒーは高い。静岡新聞二階のカウンター店は新聞雑誌が充実し、「少年マガジン」連載中の「あしたのジョー」はほとんどここで読んだ。

 作家・椎名誠さんを隊長とする「あやしい探検隊」の野外キャンプにまぜてもらうようになり、カヌー川下りや無人島などあちこちに男ばかりで出かけた。メインは夜の大焚火を囲んでの酒宴。十数人の男どもの料理は、名料理人の林さん、通称リンさんが一手に引き受け、下っ端の私はその手伝いだ。水を汲む、焚木を集める、夜はヘッドランプで何か探すと仕事は山のようにある。腹ができると思い思いに地べたにあぐらをかいたり、寝ころんだりのウイスキータイム。話にあきるとカヌーイストの野田知佑さんがハーモニカを吹く。
 片づける習慣がまったくない団体の翌朝は、燃え尽きた焚火の周りに汚れたカップや食べ残し、空のウイスキーボトルが散乱する凄惨な眺めだ。
 早起きしたリンさんが「カズさん、コーヒー飲む?」と、ポットに粉をそのまま入れて沸かし、火から下ろしてしばらく置き、粉の沈殿を見計らって上澄みをそっとシェラカップに注ぐ。ぬるかったらカップを熾火にかざすと温まる。
 朝もやに白い湯気を上げるコーヒーはうまかった。

Profile

太田和彦(おおた・かずひこ)
1946年生まれ。東京教育大学(後の筑波大学)卒業後、資生堂宣伝制作室を経て、アートディレクターとして活躍。居酒屋探訪家としても知られ、日本各地の居酒屋を探訪し、『太田和彦の居酒屋味酒覧』など多くの著作がある。
諏訪哲史

文 太田和彦/イラスト 唐仁原多里
更新日:2019/04/25



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