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「3分間のドラマ」で輝く、コーヒーという名脇役。

Illustration by takayuki ryujin

 先日、興味深いニュースが飛び込んできた。アメリカの名門ハーバード大学が、学生が制作したラップのミックステープを学位論文として認めたというのだ。これまでも小説や脚本、回想録、詩集などが論文として受領されたことはあったそうだが、ラップの卒論とは前代未聞。なんとも時代を感じさせる話である。
 圧倒的な数の単語を高速で連射できるラップは、確かにメッセージを伝えるのに適した手法だといえるだろう。内容次第では言葉の暴力にも学位論文にもなるわけで、改めてラップの歌詞のもつ可能性を痛感させられる。

自分自身を励ますように、杯を重ねるコーヒーの味。

 そんなラップがまだなかった時代、「歌は3分間のドラマ」だと言われていた。限られた数の単語をメロディにのせながら、想いをどのように聴き手に伝えられるか、アーティストの才能が試された。ラップの卒論では度外視されたであろう、歌詞の長さや単語の総数も、「3分間のドラマ」では無論、制約がつく。その結果、つくり手は単語の量ではなく「質」に気を配り、厳選したワードを駆使しながら歌詞という名の物語を紡ぎ上げていった。

 そうして生まれた楽曲の歌詞には、たったひとつの単語だけで情景を雄弁に物語る「コーヒー」という名脇役を組み込みながら、何気ない日常を巧みに切り取ったものも少なくない。

 4月の来日公演で74歳とは思えないほど精力的なステージを見せ、ファンを魅了したことも記憶に新しいポール・マッカートニーもまた、そんな「3分間のドラマ」を書き上げたひとりだった。彼のようなスーパースターに、何気ない日常などあるはずもないと思いがちだが、実は彼がザ・ビートルズ解散後にソロとして初めて発表したシングル曲「アナザー・デイ」では、日々、淡々とオフィスワークをこなす、独り暮らしのOLの「いつもと変わらない1日」を描いているのだ。

 今では信じがたい話ではあるが、ザ・ビートルズ解散時に吹いたポールへの逆風はすさまじいものがあった。他のメンバーがソロ転向後も高い評価を受けたのに対し、1970年4月の解散直後に発表した初ソロアルバム『ポール・マッカートニー』は、イノセント過ぎると揶揄されもした。そうした逆風のなか、翌71年2月にリリースしたのが「アナザー・デイ」だった。アコースティック・ギターの音色も爽快なナンバーは、朝の身支度を描く歌詞から始まる。コーヒーが登場するのは、仕事場での情景を描いた2番だ。

 「オフィスで書類が増えてくると
 彼女は一息つくんだ
 コーヒーをもう一杯飲むけど
 眠気覚ましにはならないんだ」

 疲れた心身にコーヒーで活を入れながら、なんとか仕事に精を出すOLの姿に当時のポールの姿が重なるようで、イノセントなメロディともども聴いているとなんとも切ない気分にさせられるのだが、聴くほどに、彼女を応援するかのようなコーヒーのぬくもりが感じられて、最後は不思議とほっとさせられる。まさにポール・マジックが息づく名曲だといえる。

乱れた気持ちを立て直す、いつも通りの朝の一杯。

 同じスーパースターであり、日常の風景を描いた曲でありながら、ホイットニー・ヒューストンの「いつもあなたと」(原題「Where You Are」)には、また異なるムードが立ちこめている。

 「今朝ニュースを観ていたら
 画面にあなたの顔が映ったの
 私はコーヒーを注いで
 雑誌を手に取ったわ」

 こんな書き出しで始まるこの曲は、有名人との恋愛に破れた女性の未練を歌った切なくも美しいバラード。ちなみに冒頭の歌詞には、手に取った雑誌にも元カレが載っていて、結局、想いが断ち切れないというオチがつく。

 いつも通りの朝を迎えたはずだった主人公にとって、テレビ画面が映し出す元カレの姿は想定外だったはず。「アナザー・デイ」同様に、彼女は一杯のコーヒーを頼りにいつもながらのリズムを取り戻そうとするのだが、結局、うまくいかず。きっとコーヒーの味もわからないほど動揺しているに違いない。コーヒーの味もわからない朝を迎えるなんて、聴き心地そのままに、なんと切ないことだろう。

 思えば、この曲が発表された87年は、まだ携帯電話も電子メールも普及していない時代だった。会いたくても会えない、話したくても話せない切ない気持ちは、現代の比ではなかった。

 その点を、ホイットニーのためにこの曲を書き上げた作曲家チームは巧みに表現している。もちろん、2012年2月11日、稀代の歌姫が享年48歳にしてロサンゼルスのホテル内のバスルームで事故死してしまったことで、さらなる切なさが重ねられることまでは計算しようもないわけだが、コーヒーが日常のリズムを取り戻す術にならなかったように、人生にはうまくいかないことだってある。コーヒーの苦い味わいの奥深くには、そんなメッセージが隠れているのかもしれない。

ポール・マッカートニー 
『RAM (デラックス・エディション)』
ユニバーサル ミュージック

¥3,909 (税込) UCCO-9994

1971年5月、ポールがザ・ビートルズ解散後に妻リンダとの共同名義で発表したソロ第2弾。2月に発表した「アナザー・デイ」は正式にはアルバム未収録の曲。だが、ボーナス・トラックとして、このデラックス・エディションなどに収録されている。

ホイットニー・ヒューストン
『ホイットニーII~すてきなSomebody』
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル

¥1,944(税込)SICP-30200

1987年に発表されたセカンド作。グラミー賞を受賞した表題曲など4曲が全米No.1を獲得。前作からは7曲連続1位という前人未到の偉業を達成した。アルバムではB面の1曲目を飾った「いつもあなたと」ほか、歌唱力が光る名作バラードも数多い。

文 山澤健治(フリー・エディター&ライター)
更新日:2017/08/10



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