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コーヒー・ワンダーランド

コーヒーと世界遺産 Vol.9

カトリック総本山の教皇を、虜にしたコーヒーの味。
バチカン市国

クレメンス8世(1536-1605年)。聖職者、政治家としてさまざまな評価があり、人間味溢れた人物として知られる。

 イタリア・ローマにある世界最小の独立国家、バチカン市国。ローマ教皇が統治するカトリックの総本山として知られ、約0.44平方キロメートルの国全体が世界遺産に登録されている。国のシンボルは巨大なクーポラ(ドーム=円蓋)が目印のサン・ピエトロ大聖堂だ。

「この聖堂は4世紀にキリストの一番弟子である聖ペテロ(サン・ピエトロ)の墓の上に造られ、歴代の教皇によって改築されて現在の姿になりました」
 と話す池上英洋先生。
「特に大規模な工事が続いたのは16世紀。ルネサンスを代表する錚々たる芸術家たちが建築を手がけました。ブラマンテ、ラファエロ、そして、あの荘厳なクーポラを設計したのはミケランジェロです。高さは132.5m。頂塔部には2トン以上あるブロンズの球と十字架が設置され、完成となりました。
 あの時代にそれだけのことを成し遂げたのは、本当に大変だったと思います。まさに国家の一大事業。この時代のものが、そのまま今に残っています」
 新しい大聖堂の祭壇で初めてミサを行った教皇はクレメンス8世。コーヒーとも深い関わりがある人物である。

ローマの街から見えるサン・ピエトロ大聖堂。直径42mのクーポラが空に映える。その上に小さく見える球はブロンズ製で2トン以上の重さがある。クーポラの内部にはローマ市内を一望できるテラスもあり、上っていくことができる。前任者の時代から始まった工事が、クレメンス8世の統治時代に完成した。

“悪魔の飲み物”から一転、キリスト教公認に。

「1600年頃、トルコからローマにコーヒーが伝わりました。しかしそれは異端であるイスラム教の飲み物。悪魔の飲み物として裁判にかけることになり、時の教皇クレメンス8世が味見をしました。すると彼はその味に魅了され、異端として禁止するのは惜しいので改宗させようということになったのです。教皇はコーヒーに洗礼を授け、キリスト教徒の飲み物としました。これがヨーロッパにコーヒーが普及するきっかけになったとされています」
 クレメンス8世はフランスをプロテスタントからカトリックに改宗させたり、地動説を擁護して宇宙の無限を説いたジョルダーノ・ブルーノを異端の罪で火刑にしたりと、功績・失策、何かとエピソードのある教皇である。
「今もクリスマスに世界中の人がテレビ中継で観るカトリック総本山のミサ。その第一回を行った教皇が彼であったというのもなかなか面白い。コーヒーの一件は、晩年のちょっと可愛らしい話といえるでしょう」

 ローマ最古のカフェ「アンティコ・カフェ・グレコ」(1760年創立)はバチカン市国からほど近い場所にあり、ゲーテやスタンダール、バイロンなど多くの著名人が集ったことで知られる。時の教皇がクレメンス8世でなかったら、ヨーロッパのコーヒー文化は少し違うものになっていたのかもしれない。

池上英洋(いけがみ・ひでひろ)
東京造形大学教授。1967年広島出身。専門はイタリアを中心とした西洋美術史・文化史。著書に『レオナルド・ダ・ヴィンチ―西洋絵画の巨匠8』(小学館)、『美少年美術史: 禁じられた欲望の歴史』(ちくま学芸文庫)ほか。日本文藝家協会会員。

監修 池上英洋(東京造形大学教授) / 文 牧野容子
更新日:2016/12/15



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