COFFEE BREAK

文化

文化-Culture-

2015.04.10

エッセイ*門上武司【求道者たちの心はひとつ。】

「マンデリン、お願いします」
「私、マンデリンをいれられないんです。ブレンドなら大丈夫。もうすぐ主人が帰ってきますので、お待ちいただけますか」
「どのぐらいで帰ってこられますか?」
「だいたい20分ぐらいだと」
「時間がないので、ブレンドにします」
 ......というやりとりがあり、僕はブレンドを飲むことになった。数年前に福島県で旅取材が終わり、飛行機に乗るまで少し時間があったので、立ち寄ったコーヒー店での出来事である。

 マダムの言葉によると、この店のマンデリンは深煎りで、マスターでないとその持ち味が出せないとのこと。酸味と苦みのバランスがいいブレンドに満足し、店を去ろうとした時、「コーヒーがお好きそうなので是非ともマンデリンを飲んでいただきたかったのですが、主人はまだ帰ってきませんので豆だけでもお持ち帰りください」とマンデリンを豆のままいただくこととなった。

 帰宅後、袋を開けると黒光りする艶やかなマンデリンが顔をみせた。たしかにこれを上手くいれるのは難しそうだ。ペーパードリップでチャレンジしてみた。苦みは十分抽出できたが、マンデリンが持つコクやじんわり滲みでるような甘みを感じるまでにはいたらなかった。ネルドリップでやってみた。少し甘みは感じたが、おそらくマダムが話していたイメージとは遠い味わいなのだろうと思った。そして正直にその経緯を手紙に書いて送ったのである。

 すると1週間ほどのちに、そのコーヒー店からごっそりと豆が届いたのだ。そこには豆の種類、一人前の分量、抽出温度まで書かれてあった。「豆の使用量と抽出温度は当店の抽出方法によるものです。参考にしていただければ幸いです。ではリラックスタイムを」と、マスターからの手紙が添えてあった。わぁ、これは大変なことになった。たしかに僕はコーヒーに対して相当好きものだと自負していたが、やはりプロフェッショナルともなると、心構えと心意気が異なると実感したのだ。

 その注釈通りに分量と温度を守りながらコーヒーをいれた。豆ごとのちがいは明確にわかるが、マスターが望んでいるイメージに近いかどうかは不明であった。とはいえ、この時点で面識はない。確かめる術もなく、届いたコーヒーを飲みきった。以来、コーヒー豆を送ってもらったり、コーヒーに関するメールや手紙のやりとりが続いた。

 一昨年の春のこと。「今度夫婦で関西コーヒーツアーに行きます。どこかでお目にかかることができれば」とのメールが届いた。喜んで関西のコーヒー店に何軒かご一緒した。「じつは京都のあるコーヒー店のコーヒーが飲みたくて、その近くの宿に泊まったんです」とマスターが言い、マダムは「私は観光もしたかったのですが、コーヒー店ばかり回りました」と笑う。

 そんな会話からもマスターのコーヒー好きは半端ではないと思った。なんと白バイ隊に勤務し50歳近くまでその仕事を続け、いわゆる脱サラのマスターであることがわかり、余計に驚いたのだ。

 すっかり打ち解け、この二人の「関西コーヒーツアー」は翌年も続いた。伊丹空港まで迎えに行き、近くのコーヒー店から始まり、大阪でもう一軒。一旦解散して、再び夕食後に京都のコーヒー店で集合となった。そこに友人でコーヒー好きの蕎麦屋の店主も加わったのだ。マダムはコーヒー好きのオジサン談議には付いていけないということで、ホテルで休息。

 午後9時過ぎにコーヒー店のカウンターにオジサン3人が揃い、濃密なコーヒーの話題が縦横無尽に飛び交った。カウンターの中からも参戦し、コーヒー談議はさらに続いた。よくぞコーヒーだけで3時間強も話せるものだと、あとから驚いたものだ。蕎麦屋の店主も、とことん物事を追求するタイプである。僕はかつて、焼き鳥屋の主人が炭の組み方だけで2時間も話しているのに立ち会ったことがある。まさにその時の様子を思い出すような熱気に、カウンターは包まれていた。

 コーヒーをキーワードに新たなネットワークが出来上がった。蕎麦屋にも福島のコーヒー店から定期的に豆が届くようになり、お互い感想の交換などが始まる。蕎麦屋も抽出方法を変えたとかどこそこのコーヒー店の豆はどうだったなど、細やかな感想が届く。あの3時間のコーヒー談議前後では、僕も蕎麦屋もコーヒーに対する意識の持ち方が変わったような気がするぐらいである。ますますコーヒーとの関係性が濃厚になってゆくのだ。

 僕は毎月各地に取材の旅にでかける。そして各地で気になるコーヒー店に足を運ぶ。また、そこでマンデリンを注文する。マンデリンは、本当に各店で焙煎度合いや熟成度が異なり、同じ豆かと思うぐらいに印象が異なる。自分の中には、苦みや甘み、香りなどの基準がある。それを座標軸として、その店の味わいについて考える。そして福島のマスターや蕎麦屋ならどんな評価をするのだろうと思ってしまう。

 しかし、思えば僕はまだマスターのいれたマンデリンを飲んでいない。

PROFILE
門上武司(かどかみ・たけし)
1952年生まれ。フードコラムニスト。食関係の執筆、編集業務を中心にプロデューサーとして活動。生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぐ役割も果たす。主な著書に、『スローフードな宿』(木楽舎)など。
門上武司

文・門上武司 / イラスト・唐仁原多里
更新日:2015/04/10

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