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大腸ガンとコーヒー、 両者の関連とは?

ある街で行われた住民の健康に関する大規模な追跡調査。その結果を解析すると「コーヒーは大腸ガンの発症を抑えるのではないか」という新たな可能性が示された。

出典:厚生労働省「平成22年 人口動態統計月報年計(概数)の概況」

 よく知られているように、日本人の死因でもっとも多いのは悪性新生物、いわゆるガンである。

 かつては脳卒中で亡くなる人が多かったが、1981年からガンは日本人の死亡原因の第1位となった。厚生労働省の「平成22(2010)年人口動態統計」によると、年間35万3000人あまりがガンによって死亡した。死者数は前年よりも1万人近く増えている。全死亡者に占める割合は29・5%で、およそ3割がガンで亡くなっている。

 日本人がもっとも恐れる病気はガンであるといっても過言ではない。

女性の死因第1位は、直腸や結腸の「大腸ガン」。

 私たち人間の身体は約60兆個の細胞で成り立っているが、細胞はそれぞれの役割を果たしつつ、通常は一定の調和を保っている。しかし、たった1個の細胞が変化して異常な増殖をはじめた結果、起きる病気がガンである。そしてそのようなガン細胞が無秩序に増え続けた末に、腫瘍ができ、悪性化が進むにつれて臓器機能が衰えていく。さらに、ガン細胞は正常な周辺の組織に侵入したり、血管やリンパ管を通って至るところに定着し、そこで増殖する「転移」という性質も持っている。

 そのため、ガンは身体のあらゆるところで発生するが、どこにできるガンの死亡率が高いのか、ご存じだろうか。

 ガンを部位別に見ると、以前は胃ガンによる死亡率がトップだった。ところがそれが徐々に減っていき、20年ほど前からは肺ガンが1位となる。2位は胃ガン。3位に肝臓ガン、4位に結腸ガン、5位に膵臓ガンと続く。

出典:財団法人 がん研究振興財団「がんの統計」(2010年版)

 ところが、結腸ガンに直腸ガンを加えた「大腸ガン」としてとらえなおすと、全体の3位に該当する。

 男性と女性でも差異があり、2009年の調査によると女性の1位は大腸ガンなのだ。以下、2位に肺ガン、3位に胃ガン、4位に膵臓ガン、5位に乳ガンとなる。女性にこれほど大腸ガンが多いという事実は、あまり知られていないかもしれない。

コホート研究が明らかにしたリスク。

 大腸ガンは、正式には、盲腸ガン=cecum cancerと結腸ガン=colon cancerと直腸ガン=rectum cancerを合わせたものだ。大腸ガンは高齢になるほど発症しやすくなるが、ガンの発症には喫煙や食習慣などの生活習慣が強く影響していることが、近年明らかになりつつある。従来から行われているガン検診に加え、個人が生活習慣を改善していくことがより重要だ。

 2011年11月には、国立がん研究センター予防研究部が「牛や豚の肉を多く食べる女性は、あまり食べない女性よりも(大腸ガンのひとつである)結腸ガンのリスクが4割以上高くなる」という研究結果を発表した。

 これは「コホート研究」と呼ばれる大規模追跡調査の解析で導き出されたもの。国立がん研究センターは1995年から2006年に岩手や長野、茨城、沖縄などに住む45~74歳までの男女およそ8万人を追跡調査した。このうち大腸ガンになった1145人(結腸ガン788人、直腸ガン357人)について、肉類の摂取量との関連を調べたところ、摂取量と結腸ガンにある関係が認められたのだ。

 女性で、牛肉や豚肉の赤身摂取量が1日で約80g以上(調理前の重量・以下同)を食べるグループは、25g未満のグループよりも、結腸ガンの発生リスクが1・48倍も高かった。

 一方の男性だが、摂取量とリスク上昇の関係は、牛肉と豚肉だけでははっきりしなかった。そこで鶏肉も加えた肉類の総摂取量で見たところ、1日約100g以上食べるグループは、35g未満のグループよりもガンのリスクは1・44倍と高くなった。

 この調査結果を発表した国立がん研究センターは、「(1日35g未満などの)適度な量ならば、肉を食べることは健康にさほど問題はない。むしろ飲酒や肥満などの方が発ガンのリスクを増大させるので、注意してほしい」と呼びかけている。

 このような大規模なコホート研究が国内でも次々と発表されているが、そのなかのひとつに「コーヒーは大腸ガンの発症を抑制する」という結果が得られた研究がある。2006年にその論文を発表した岐阜大学大学院医学系研究科の永田知里教授に話を聞いた。

疫学という研究分野での、コーヒーのとらえ方。

 永田教授の専門分野は「疫学・予防医学」。わかりやすくいうと、病気のメカニズムを解明するのではなく、ライフスタイルのさまざまなことから、病気になりやすい因子(リスク)を見つけるもの。永田教授は、ガンの疫学の研究者だ。
「どういう食生活や生活習慣がガンの発症に結びつくのか、その関連を追うのが疫学です。ガンになるリスクを探し出すことが仕事です」

 疫学の一例として、永田教授はタバコと肺ガンの関係を挙げた。
「タバコが身体に悪いのは明らかです。だから一般の方々に向けて『肺ガンのリスクを減らすために、タバコをやめましょう』と呼びかけます。患者さんという個人ではなく、もっと広い集団を対象に、ライフスタイルと病気の因果関係を暴いて、生きていくためのリスクを減らしたいのです。私は、人々が健康でいるにはどうしたらいいのかを考えるのが好きなんでしょうね」

 社会を相手にする研究のため、対象は自然とマスになる。したがって永田教授は罹患率の高い胃ガンや大腸ガン、乳ガン、前立腺ガンなどを追っている。

 あらゆる生活習慣が研究対象になるが、根拠のないものを選ぶわけにはいかない。永田教授がコーヒーに着目した理由はどこにあるのか。

「コーヒーを飲む――これは現代のライフスタイルのなかで頻繁に行われている行為ですね。コーヒーにはさまざまな成分が詰まっていますが、抗酸化作用があるなどよい点も多いけれど、逆にガンを発生させるのではないかと疑われている物質もなかにはある。私は『飲み物としてのコーヒーはガンとどのような関連があるのか』に注目しています。一般の人の感覚に近い研究分野なのかもしれませんね」

「高山スタディ」でわかったコーヒーの大腸ガン抑制作用。

 何を食べたり飲んだりすれば病気になりにくいのか……。その関連を明らかにするために、永田教授らのグループは「高山市 健康と生活習慣調査」を行った。「高山スタディ」と呼ばれるコホート研究である。

 1992年、岐阜県高山市の35歳以上の住民およそ3万人(男性1万4427人・女性1万7125人/計3万1552人)に、健康と生活習慣に関するアンケート調査を行った。

 町内会の人たちもボランティアとして手伝ってくれたという大規模なものだが、ベースラインの調査として、年齢や身長、体重、喫煙歴、飲酒の有無、運動習慣などを聞いた。このときにコーヒーの摂取量も全員に尋ねている。また、カフェイン抜きのコーヒーや紅茶など、さまざまな飲み物の摂取についても設問に盛り込んだ。

「コーヒーについてはかなり細かく聞きましたが、細分化しすぎても傾向がわかりにくいので『コーヒーはまったく飲まない』『1日に1杯以上飲む』『飲むけれど1日に1杯未満』と分類しました」

 2000年までの8年間にわたって追跡踏査したが、その間に大腸(結腸)ガンになる人もいる。患者となった方々のデータを病院から提供してもらい、過去に聞いたベースラインの調査を、統計学の手法を用いて分析した。

「もしもコーヒーが大腸ガンに何らかの影響を与えるとすれば、コーヒーを日常的に飲んでいた人と、さほど飲んでいなかった人とでは発症率が変わるはず。それを追いかけたのです」

 ガンとの関連性を表すために使う指標を「相対危険度」という。仮に「コーヒーはまったく飲まない人」、「1日に1杯以上飲む人」が1万人ずついたとして、大腸ガンになった人がそれぞれ10人と5人であったとしよう。コーヒーを飲まない人の相対危険度を「1」とすると、大腸ガンに対するコーヒーの相対危険度はその半分の「0・5」となる。この指標を用いて分析すると、かなりはっきりとした結果が出た。下のグラフを見てほしい。

 相対危険度「1」は「コーヒーはまったく飲まない人」である。それに対して「1日に1杯以上飲む人」の相対危険度は、男性が「0・81」で、女性はなんと「0・43」という結果になったのだ。

「男性の相対危険度も下がっていますが、女性の方がより大きな違いが出ました。大腸ガンの発症を半分以下に抑えたという、とてもきれいなデータが得られたのです。対比が必要なので『緑茶』とも比較しましたが、コーヒーほどの差は出ませんでした」

ひとつの結果だけで言い切れない難しさ。

 このように、コーヒーを飲むことは大腸ガンの発症リスクを抑える働きがあるようだということがわかった。

 しかし、ひとつだけわからないことがある。なぜ男性と女性でこれほどの差が出たのか。

「男女差の背景には、ひょっとしたら男女で異なるホルモン環境があるのかもしれない。でもそれは憶測にすぎません。原因はわかりませんが、結果はとてもわかりやすいものになった。ひとつの可能性として提示できるものになったと思います」

 追跡調査が重要かつ貴重なのは、罹患する前に聞くことができるからだ。ガンになったあとで質問したのであれば「ひょっとしてあの生活習慣が悪かったのでは?」と回答者(患者)が考えてしまってバイアスがかかるかもしれない。その意味ではきわめてニュートラルなデータといえる。また、データをできるだけ正確な数値に近づけるために、永田教授は年齢や身長、BMI、喫煙の有無、飲酒・運動習慣などを細部にわたって数値を補正している。

 しかし、実験を伴わない疫学の難しいところは、この研究結果だけでコーヒーと大腸ガンとの関係をズバリといい切れないことにある。

「高山スタディでは結果がはっきり出ましたが、これをもって『コーヒーは大腸ガンに効く』とはまだいえないのです。ひとつの研究だけで『身体によい』とはならないから……。常にさまざまな研究が世界中で発表されているので、数年に一度、世界中から選ばれた学者たちが論文を読み、評価をつけてガイドラインとして発表しています。しかし、ガンに関するコーヒーの評価は、まだ定まっていないのです」

 とはいえ、高山スタディ以外にも、コーヒーにガン抑制の効果があるというコホート研究が発表されていけば、コーヒーの予防効果が国際的に認められる日がくるかもしれない。

 現在、永田教授は高山スタディに関するまとめを行っているなかで、コーヒーと大腸ガン以外のガンとの関連性も分析している。ホルモンや骨密度などにも着目しているという。そのほかに、コーヒーと女性の肌の関係も研究中だ。

「最近、コーヒーについてはいろいろとよい研究結果が出ています。コーヒーは昔よりも今の方が人々の暮らしのなかに浸透しているので、コーヒーを飲むと身体にどういう変化が起きるのか、研究者として興味があるんです」

 最後に、ガンにならないで健康を維持していくコツを永田教授に聞いた。
「疫学としてエビデンス(証拠)性が高い話をすると、タバコは吸わない、太らないように気をつける、なるべく運動するといった皆さんが知っているようなことです(笑)。コーヒーそのものについていえば、私は1日に2杯くらい飲んでいます。糖尿病予防に効くみたいですし、肥満防止にもよいはずですから。でも、結局は飲みたいから飲んでいるんですけどね!」

 おいしいコーヒーを飲むのは至福の時間だ。それが大腸ガンの予防にもなるかもしれないとなれば、これ以上幸せなことはない。しかし、ガンにならないためには、日ごろの食生活や生活習慣が大事なので、心当たりのある方はご注意を。

永田知里
(ながた・ちさと)

岐阜大学大学院医学系研究科教授(疫学・予防医学分野)。医学博士。1982年東京大学理学部卒業。1988年岐阜大学医学部卒業。がんの疫学および女性の栄養と健康が主な研究テーマ。共著に『EBN入門―生活習慣病を理解するために』。

文・前川太一郎 / イラスト・西田ヒロコ
更新日:2012/02/27



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