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コーヒードクターに聞く

コーヒーと運動の関係を読み解く。

コーヒーの飲用が身体に及ぼす影響を、「運動」という側面から検証。その研究結果から、コーヒーの意外な効能が浮き彫りになった。

 朝の出勤途中。交差点で歩行者用信号が点滅しはじめた。急いでいたので小走りしたら、腹のあたりの肉が揺れてげんなり――。そんな経験をお持ちの方は、きっと私だけではないはずだ。

 いったん身に付いたぜい肉は、食事に気をつけたくらいでは、そうそう落ちるものではない。メタボリック症候群という言葉が脳裏をよぎる。しかしそんな人に朗報。運動前にコーヒーを飲むと脂肪が燃焼しやすくなるというデータが発表されたのだ。

 実験を行った東京慈恵会医科大学・鈴木政登教授の研究室を訪ねた。

肥満を決定づけるのは、遺伝的な素因と食生活。

 医学博士である鈴木教授の専門は、運動と腎機能の研究だ。腎臓病患者に激しい運動は好ましくないが、糖尿病に由来する糖尿病性腎症の場合はどのような運動療法が有効なのか。この研究に取り組んできた鈴木教授は、近年の肥満者(※)の増加に警鐘を鳴らす。

「今から30年前、学童(子ども)の肥満傾向児は5%でした。ところが、現在は12.5%もいる。2.5倍に増えているのです。なぜだと思いますか?」

 両親が肥満の子どもは、およそ8割が肥満になると言われているから、遺伝的な素因だろうか。しかし、ここ数十年の急激な肥満者の増加の原因は別にあると鈴木教授は指摘する。

「人類が誕生して以来、少しずつ淘汰された結果、現在は適者生存の遺伝子をもつ人だけが生きています。その遺伝子がたった30年で劇的に変わることは考えにくい。原因は食べ物です」

 鈴木教授は、肥満の研究でよく取り上げられるアメリカ・アリゾナ州の先住民、ピマインディアンを例に出す。

「ピマインディアンは生活保護を受けて白人と同じ食生活を送っていますが、成人の90%が肥満者で、40歳以上の3人に2人が糖尿病にかかっています。ところが、同じ種族で現在はメキシコの山地に住みながら農業や酪農を営む伝統的な生活を送るピマインディアンには、糖尿病が一例もないのです」

 つまり、同じ遺伝子をもっていたとしても、食事や生活習慣の違いが、肥満になるか否かを左右するのだ。

 鈴木教授はもう一つの例として、ニューギニア島から東に約2000㎞のところにあるナウル島を挙げる。ここでは恐ろしいことが起きているという。

「人口1万人くらいの小さな共和国ですが、ほぼ全員が肥満者です。なぜそんなことになったのか? この島はリン鉱石が大量に採掘できるため、とても裕福でした。もともと魚や木の実を食べて質素な生活をしていたのですが、外国資本が入り込み、高脂肪な食生活に変わり、肥満者が激増。今では世界一肥満者が多い国となりました」

 ところが、20世紀末からリン鉱石の採掘量が激減し、ナウル島の経済は破たん寸前にまで追い込まれている。

 アリゾナ州のピマインディアンとナウル島の悲劇。一見縁遠いように思えるが、日本人にとって対岸の火事ではない。ピマインディアンのルーツはモンゴル。つまり日本人とかなり近い遺伝子をもっているのだ。ナウル島の肥満も、急激に変わった食生活によってもたらされたもの。第二次世界大戦後、急速に欧米化が進んだ日本と似ている。

「日本人のエネルギー摂取量(総カロリー)は1日1800キロカロリー程度でさほど変わっていません。むしろ減っているくらいです。『肥満の原因は食べ過ぎ』とよく言われますが、これは的確ではありません。正確には脂肪の摂取量が増えているのです」

 厚生労働省の「国民健康・栄養調査」によると、脂肪エネルギー比率(脂肪からのエネルギー摂取割合)が30%以上の人の割合は、男性が20・6%、女性が28・1%にのぼる(2007年度/20歳以上)。わずか5年間で男性は3・5%、女性は3・9%増えている。

 鈴木教授は、エネルギー消費量の減少、つまり運動しなくなったことも大きな原因だと語る。遺伝素因と食生活の変化、さらに運動不足――。これが日本に肥満者が増えた原因だ。

効能をよく理解して、生活習慣病を予防する。

 ところで、鈴木教授はなぜコーヒーに目を向けたのか。コーヒーにはカフェイン、クロロゲン酸、ニコチン酸などさまざまな成分が含まれているが、鈴木教授が着目したのはカフェインだ。

「カフェインには中枢神経系の興奮、覚醒を促す作用があります。すると交感神経系が興奮してアドレナリンやノルアドレナリンが分泌され、それを受けて内臓の脂肪分解が進むのではないか、と考えたわけです」

コーヒーを飲んで運動した場合、白湯のときと比べてエネルギー消費量が高いことが分かる。

 上のグラフを見てほしい。鈴木教授が8人の被験者に1週間ずつ間隔をおいて行った実験結果だ。

 方法は「白湯を飲んで30分間運動」「コーヒーを飲んで30分間運動」「コーヒーを飲んで30分間起立」の3通り。コーヒーも白湯も、飲用したあとは60分間椅子に座って安静にする。

 運動する前にコーヒーを飲んだ場合は白湯と比べてより多くエネルギーを消費していることが分かる。運動後も、コーヒーを飲んだ場合は30分後、60分後、90分後もエネルギー消費量は高いまま維持されている。

 飲用量は白湯もコーヒーも250ml。コーヒーはインスタントコーヒーを使用。体重1㎏あたり4㎎のカフェインが含まれるように、被験者ごとに分量を調節した。運動には「トレッドミル」というランニングマシンを使用。運動の強さは最大酸素摂取量の50~60%で、有酸素運動と呼ばれる強度だ。酸素摂取量は、白湯もコーヒーも同じになるようにスピードを調整。アドレナリン濃度と血漿ノルアドレナリン濃度、血圧、心拍数なども測定した。

 血液中の遊離脂肪酸の濃度もコーヒーと白湯で差が出た。白湯よりもコーヒーを飲んで運動した方が、中性脂肪の分解がより多くなることが分かった。
「30分間立っているだけでも中性脂肪の分解は進みました。コーヒーの飲用には、脂肪の燃焼を促す効果があると考えられます」

 運動を開始する前、60分間椅子に座って安静にする意味は何か。
「人間の身体には『手近なものを使う習性』があるんですね。だから食後に運動すると、エネルギー源として血糖(糖質)を使う。ところがコーヒーを飲んで1時間経つと、カフェインによって血液中の遊離脂肪酸が上昇します。このときに運動すれば、エネルギー源は血糖ではなく遊離脂肪酸。つまり、中性脂肪の分解がより進むのです」

 コーヒーを飲んで一定時間をおいて運動することでエネルギー消費が高まり、カフェインによって中性脂肪がより多く分解されるということが分かったのだ。しかも、コーヒーを飲んだ場合、運動後もその効果が持続することも明らかになっている。

「私がこの実験で見たかったのは、コーヒーと運動の関連性です。糖尿病やメタボリック症候群の治療・予防法として運動療法が注目されていますが、コーヒーを飲んで運動することで内臓脂肪の蓄積を緩和し、生活習慣病を予防できれば、コーヒーを飲むことは『よい生活習慣』と言えるのです」

ラットを用いた長期実験で、内臓脂肪が大幅に減少。

 人間に対する実験によって、コーヒーの効果を立証した鈴木教授。次は、継続的にカフェインを飲用して運動したときに身体がどう変わるかを調べようと考えた。しかし、人間に長期的な実験を行うことは臨床的には困難だ。

「そこで肥満・糖尿病モデル(OLETFラット)を用いました。このラットは、20週齢以降に私が研究している糖尿病性腎症の症状が表れます。20週齢は人間に置き換えると40歳くらいの壮年期。メタボリック症候群の兆候が表れる時期とほぼ一致します」

 鈴木教授は、OLETFラットを「安静にさせておく」「運動させる」「カフェインを与えて運動させる」「カフェインを与えて安静にさせておく」「安静にさせておく正常モデルラット」と5つのグループに分け、それぞれで7~8匹ずつ実験した。

「最初はコーヒーの粉をエサに混ぜたのですが、匂いが気になったのかラットが食べなかったため、カフェインをエサに混ぜることにしました」

ラットにカフェインを混ぜたエサを投与。運動しなかったラットもカフェインによる代謝亢進で体重と脂肪が減った。

 その結果は、驚くべきものだった。

 右の画像は、療法前の24週齢時と療法後の31週齢時に実験動物用のX線CT装置を用いた体組成の解析画像だ。安静にさせておいたOLETFラット(上)は体重も内臓脂肪も皮下脂肪も増えたが、カフェインを与えて運動させたOLETFラット(下)は激減した。体重22・2%減、内臓脂肪63・6%減、皮下脂肪47・5%減である。カフェインを与えて安静にさせておいたOLETFラット(中)も、体重16・3%減、内臓脂肪24%減、皮下脂肪28・5%減となった。これらは、カフェインによって代謝が進んだ結果だと鈴木教授は分析する。

「カフェインを与えて運動させたラットは、内臓脂肪の減少が顕著でした。筋肉の量もほかのラットに比べて多くなったので、メタボリック症候群の予防や改善には有効だと考えています」

もうひとつ、未発表の実験結果がある。下の図は、OLETFラットの大腿四頭筋に含まれる中性脂肪とグリコーゲン量を表す。何もしない群、運動、カフェイン、さらに両方を併用した4つのグループで比べたものだ。

「インスリンの働きが悪くなると、筋肉や肝臓に中性脂肪が溜まり、グリコーゲン(糖類)の貯蔵量が減ってきます。つまりインスリン抵抗性が亢進すると、糖尿病に近づくわけです。しかし運動をすれば、中性脂肪が減ってグリコーゲン含量が増える。コーヒーを飲んでも同じような効果が得られますから、運動とコーヒーを併用したらどうなるかと考えたのです」

 実験結果がこれだ。中性脂肪が減り、グリコーゲン含量がぐっと増えている。インスリン抵抗性が改善したのだ。

運動とコーヒーを併用すると、中性脂肪が減り、グリコーゲンが増えることがわかる。

肥満を予防するために、運動前にコーヒーを。

 コーヒーおよびカフェインの実験を踏まえて、鈴木教授はこう語る。
「コーヒーと運動を併用することは、メタボリック症候群や糖尿病の予防と改善に、相乗的かつ一定の効果があるという結果になりました」

 鈴木教授の最終目的は、コーヒーを飲むことによって、自身の研究テーマである糖尿病性腎症を予防することだ。

「肥満者が増えれば、それを母集団として糖尿病患者も増えます。糖尿病で何がいちばん問題かというと、糖尿病性腎症にかかって透析患者となってしまうことです。透析患者になれば、ごく普通の社会的生活を過ごすことができなくなってしまいますから」

 日本は世界一の長寿国。あまり知られていないが、人工透析を受けている人口当たりの患者数も世界一だ。日本透析医学会の2009年12月の調査によると、慢性透析療法を受けている患者数は29万675人で、毎年1万人近く増えている。約30年前の1980年が3万6379人だから約8倍だ。しかも、糖尿病が悪化して糖尿病性腎症となった人は全体の44・5%と約半数を占める。

「人工透析を受ける方々は制限された生活を送らざるをえませんし、国が負担する透析に関する医療費は年間1兆4000億円ともいわれています。よいことは何もありません」

 糖尿病につながる肥満を予防するためには、まず体を動かすことが基本。だが、忙しい日々の中で運動のための時間を捻出することはかなり難しい。

 そこで鈴木教授は、万歩計をつけて「1日○歩は歩く」といった自分なりの運動習慣を身につけることを勧める。
「私は週に1回、1時間ほどジョギングします。ただ、これだけでは足りないので、通勤途中にエレベーターやエスカレーターを使わず、階段を歩くように心がけています。身近な方法で持続できるやり方を考えてみてください」

 運動すると「筋肉の量」を維持できる。筋肉の量を維持することは基礎代謝量、すなわちカロリー消費量を減らさないことにつながるのだ。

 さらに効果を高めるためには、カフェインが体内に吸収される時間を見越して、運動前にコーヒーを飲むことが望ましいと鈴木教授は言う。

「相乗効果を狙うなら、コーヒーを飲んでおよそ1時間後に運動を始めるのがよいでしょう。脂肪をより多く燃焼させたいのならコーヒーはブラックで。ただし、カフェインはぜん息の薬にも用いられる薬品ですので、過剰に摂取すると不整脈や、発作といった副作用が出る恐れもあります。適量を心がけてください」

 コーヒーは嗜好品だ。続けざまに何杯も飲むことは避けつつ、ゆったりと癒されながら味わったあと、少しずつできる範囲で身体を動かす――。これが、コーヒーを楽しみながら健康も維持するベストな方法だろう。

※肥満者=BMI(Body Mass Index)指数が25以上の人。BMI=体重(kg)÷身長(m)2。18.5以上25未満が正常範囲とされる。

鈴木政登(すずき・まさと)
東京慈恵会医科大学臨床検査医学教授。医学博士。1947年宮城県生まれ。75年東京教育大学大学院体育学研究科修士課程修了。東京慈恵会医科大学に転じ、2006年から現職。日本体力医学会理事、機関誌『体力科学』編集委員長を務める。

文・前川太一郎 / イラスト・西田ヒロコ
更新日:2011/05/27



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