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コーヒードクターに聞く

ポリフェノールは脳卒中リスクを軽減する?

 コーヒーに含まれるポリフェノールが脳卒中の発症リスクを下げるかもしれない。脳の神経細胞を用いて行なった最新の研究成果を紹介する。

 脳血管障害は悪性新生物(がん)、心疾患に次ぐ、日本人の死因として代表的な疾患である。特に介護の要因となる疾患のため、高齢社会や生活習慣病の増加により患者数は増えている。

 脳血管障害のことを一般的には脳卒中と呼ぶ。今回の研究でコーヒーに多く含まれるポリフェノールが動物実験においては脳血管障害のリスクを軽減する可能性が出てきている。

短時間で元に戻れば、回復する細胞もある。

 脳血管障害には血管が破れて生じる出血性脳血管障害(脳内出血とくも膜下出血)と血管が閉塞する脳梗塞および、血管の狭窄により血流が悪くなってしまう虚血性の障害とがある。それぞれの疾患に応じた治療法があり、適切な診断と早急な治療が予後に深くかかわっている。

 なかでも脳動脈の血流量が通常より低下するとさまざまな症状が出現するが、短時間で元に戻ればそれらの神経症状は消失する。なぜなら、虚血状態に陥ると閉塞した血管の中心部の細胞は壊死するものの、その周辺部の細胞はまだ生きているので血流が早期に再開することによって回復するためである。この領域を「ペナンブラ」と呼ぶ。

 今回紹介するコーヒーと脳卒中、とくに脳梗塞に関する研究は、このペナンブラにかかわる話である。

ブラインドテストから、コーヒーの効果を実感。

 東京慈恵会医科大学 分子生理学講座 講師の山澤德志子さんは、コーヒーに多く含まれるポリフェノールと脳卒中の関係について研究し、先日発表した。本題に入る前に、山澤さんが今回の研究に至った背景から説明したい。

 修士課程までは薬学部に籍を置き、博士課程から医学部に転身した山澤さんは、東京大学で当時の指導教官・遠藤實さん(東京大学大学院医学系研究科名誉教授)が行なっていたカフェインに関する学生実習を手伝っていた。これはデカフェ(カフェインなしのコーヒー)と、デカフェにカフェインを混ぜたものを学生たちに飲ませてクレペリンテスト(就職適性試験でよく用いられる足し算の検査)を行なうもの。飲ませる側も飲まされる側も、どれにカフェインが入っているかわからないダブルブラインドテストだ。

 学生たちはデカフェを飲む前に5回、飲んでから5回、それぞれクレぺリンテストを行なった。その結果、カフェイン入りのデカフェを飲んだ人の方が飲む前よりも計算能力が高まることが明らかになった。山澤さんは「コーヒーには計算力を高める働きがあるんだ」と感心したそうだが、これが研究対象にコーヒーを選ぶ最初のきっかけだった。

カフェインは細胞内のカルシウム濃度を高める。

カルシウムは細胞の外側および細胞の内側の小器官(小胞体)に存在しているが、濃度は圧倒的に小胞体の方が高く、およし1万倍の濃度差がある。(山澤德志子さん提供)

小胞体が抱えているカルシウムを細胞の中に放出するには「リアノジン受容体」がかかわっているが、カフェインにはこの受容体を活性化させる働きがある。(山澤德志子さん提供)

 山澤さんがカフェインに着目したもう1つの理由がある。それは細胞内のカルシウム濃度にカフェインがかかわっていることだった。

 カルシウムと言えば骨を連想する。たしかに体の中のカルシウムは90%以上が骨に蓄積されているが、実は細胞の中にもカルシウムはある。しかも、神経伝達物質の放出や筋肉の収縮、免疫、さらには細胞死など、人体に大切な生理機能をカルシウムは担っている。

 細胞の内外のイオン組成を表す図1を見てほしい。カルシウムの濃度は細胞の外側および細胞内小器官の1つである小胞体の方が圧倒的に細胞質より高い。その濃度差はおよそ1万倍だ。

 細胞内のカルシウム濃度を高めるためには、「細胞の外側からカルシウムを流入させる」「小胞体が蓄えているカルシウムを細胞質に放出する」という2通りの方法があるが、後者にはカルシウムを放出する「リアノジン受容体」がかかわっている。図2はそれを図式化したものだが、カフェインにはリアノジン受容体を活性化させる働きがある。山澤さんはここでまたカフェインに興味をもつ。

脳血管障害のメカニズムに、NICRはどうかかわるのか。

 さて、今回の研究にかかわる重要なファクターは一酸化窒素(NO)である。NOは体内のアルギニンというアミノ酸からNOを合成する酵素により産生される気体の生理活性物質。NOを合成する酵素は細胞質でカルシウム濃度が上昇すると活性化される。

 NOは中枢神経系ではシナプス伝達を増強して記憶や学習に結びつくなど重要な役割を果たす。その一方、NOが過剰につくられると脳梗塞や側頭葉てんかん、アルツハイマー病などを引き起こす可能性が高くなる。

 山澤さんはリアノジン受容体をもつ細胞ともたない細胞を比較することで「NOはリアノジン受容体を介してカルシウムの放出を引き起こす」という新しいシグナル伝達のメカニズム「NO-induced Ca2+ release」(略称・NICR)を発見した。NICRこそ今回の研究につながるきっかけだった。

「NICRが体内でどういう生理機能に役割を果たしているのかを知りたくて、NOを合成する酵素とリアノジン受容体の両方が発現している場所を調べると脳と骨格筋でした」

 脳血管障害のメカニズムは、(1) 脳の血流が滞る虚血が起きる、(2) 神経伝達物質のグルタミン酸が放出される、(3) グルタミン酸受容体からカルシウムが流入してくる、(4) 細胞質のカルシウム濃度が高まる、(5) NOをつくる酵素が活性化してNOが産生される、(6) NOが神経細胞死を引き起こす、というものだ。このメカニズムは既知だが、山澤さんは「NICRはこのメカニズムのどの部分にかかわっているのか」とマウスを使った実験で検証した。

NICRを阻害して、神経細胞死を止める。

 最初の実験は、マウスの片側の頚動脈に細いステンレスを入れて血流を止めて、40分後に取り除いて血液を再還流させるもの。このとき、リアノジン受容体の働きを阻害する薬を投与した結果、投与しない場合に比べて脳梗塞の領域が少なくなることがわかった。次にNOをつくる酵素の遺伝子をなくしたマウス(NOS遺伝子欠損マウス)を使うと、NOがつくられないので脳梗塞の領域は減少した。つまりこの減った分だけNICRが関与していることになる。NOS遺伝子欠損マウスでは、リアノジン受容体阻害薬を投与してもさらなる減少は認められなかった。(図3)

リアノジン受容体の働きを阻害する薬を投与した結果、投与しない場合にくらべて脳梗塞の領域が少なくなる。次にNOをつくる酵素の遺伝子を欠損したマウスを使うと、NOがつくられないので脳梗塞の領域は減少した。つまりこの減った分だけ、NICRが関与していることになる。(山澤德志子さん提供)

 しかしこれは組織レベルの実験なので、山澤さんは神経細胞レベルで調べた。細胞の生死にかかわらず細胞の核を青色に染める「Hoechst(ヘキスト)」と、死んだ細胞の核だけを赤色に染める「PI」を用いてどれほどの細胞が死んだかを調べた。その結果が図4だ。NOを与えると赤色(死んだ細胞)が増えていくが、NOと同時にリアノジン受容体阻害薬を与えると、死んだ細胞が減った。これは細胞レベルで梗塞領域が小さくなることを意味する。

NOを与えると赤色(死んだ細胞)が増えていくが、同時にリアノジン受容体阻害薬を与えると、死ぬ細胞が減った。これはNICRが神経細胞死に関与していることを示している。(山澤德志子さん提供)

 NICRは細胞質のカルシウム濃度の上昇からNO産生までのサイクルを増幅させ、神経細胞死を誘発しているのではないかと考えた。(図5)

NICRは細胞質のカルシウム濃度の上昇からNO産生までのサイクルを増幅させ、神経細胞死を誘発している。つまり、NICRがかかわる部分を阻害する薬を開発すれば、脳梗塞の治療に結びつく可能性が考えられる。(山澤德志子さん提供)

「NICRがかかわる部分を阻害する薬を開発すれば、脳梗塞の治療に結びつく可能性が考えられます」

 しかし大きな問題があった。脳と血液の間には有害物質や外部からの影響を受けないようにつくられた「ブラッドブレインバリア」(血液脳関門)と呼ばれる特殊な構造があり、リアノジン受容体阻害薬はそこを通過できない。そこで山澤さんが着目したのは、カフェインでなじみ深いコーヒーだった。

赤ワインの報告から、再びコーヒーに着目。

 世界でもっとも権威ある医学雑誌『The New ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』で2012年に発表された「コーヒーの飲用と死亡率の関係」の論文がある。

 これは、アメリカの研究グループが糖尿病やがんなどいろいろな病気に対してコーヒーの飲用の有無を絡めて調べた大規模な疫学調査だ。そこには「コーヒーを習慣的に飲むことで脳卒中の死亡リスクは低下する」と報告されている。(図6)

医学雑誌『The New ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』で発表された論文によると、コーヒーを習慣的に飲むことで脳卒中の死亡リスクは低下すると報告されている。Neel D. Freedman, Ph.D(ed.)., “Association of Coffee Drinking with Total and Cause-Specific Mortality,” The New ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, 366(2012), pp. 1891-1904

 山澤さんがコーヒーの成分を改めて調べると、カフェインよりもポリフェノールの方が多いことに気づいた。

「デカフェでもある程度の成果が出ているので『ポリフェノールかもしれない』と考えました。赤ワインのポリフェノールが脳卒中を抑制するという報告があることも思い出したので、コーヒーポリフェノールと神経細胞死を調べることにしたのです」

 ところがコーヒーポリフェノールであるクロロゲン酸はNOによる神経細胞死を抑制しなかった。しかし、山澤さんはあきらめきれず、「グルタミン酸が放出されたあと」でどうなのか調べた。さらに上流に遡ったわけだ。

 その結果が図7だ。まずは神経細胞にグルタミン酸とクロロゲン酸を同時に投与すると、死細胞(赤色)が少し減った。そこで今度はクロロゲン酸を投与したあとにグルタミン酸を投与するという「時間差」の実験を行なった。すると今度は死んだ細胞の数がはっきり減った。

神経細胞にグルタミン酸とクロロゲン酸を同時に投与すると死細胞(赤色)が少し減った(A)。次にクロロゲン酸を投与したあとにグルタミン酸を投与する時間差実験では死んだ細胞の数がはっきり減った(B)。(山澤德志子さん提供)

 グルタミン酸は細胞内のカルシウム濃度を上昇させるので、細胞内のカルシウムを測定すると、クロロゲン酸を投与した場合はカルシウム濃度上昇が少し減っている。これによって、クロロゲン酸はグルタミン酸によるカルシウムの流入を抑えることがわかった。

「すでに産生されたNOには効かないけれど、その前段階(グルタミン酸放出とカルシウム流入の間)では効くことがわかりました」

飲む量を追い求めず、1日数杯を味わおう。

 コーヒーに多く含まれるクロロゲン酸(ポリフェノール)は、グルタミン酸によるカルシウム流入を抑制することにより、神経細胞死を抑制し、また神経細胞の突起の形態保護作用がある可能性が明らかになった。

 ただし、クロロゲン酸の量を増やすとこの効果はなくなる。およそ10倍の量を投与すると神経細胞の保護作用が消えてしまうという。山澤さんの試算によれば、効果のある濃度とは1日につきコーヒー1~2杯くらいの量だ。

「アメリカの論文でも4~5杯でした。私もコーヒーは大好きで1日に3~4杯飲みますが、それくらいがちょうどいいと思います。ちなみに、ポリフェノールは熱に弱いため、あまり深煎りしない方がよいかもしれませんね」

 今後の目標は、血流が再開すれば回復する領域「ペナンブラ」を壊死から救う物質を探すこと。生きている動物で初期の脳梗塞にクロロゲン酸が効くかどうかを調べていくのだ。

 また、グルタミン酸によるカルシウム流入を抑制したので、アルツハイマー病に対してもクロロゲン酸の効果を検証したいと考えている。
「コーヒーを飲むだけで脳卒中を軽減できる可能性があるかもしれません」

 実は山澤さん、自分のデスクに電動ミルを置くほどのコーヒー好き。コーヒー党の1人として、「コーヒーポリフェノールが神経細胞死を抑制する」という今回の結果を喜んでいる。

「動物レベルで実証することは私の役目」と笑う山澤さんによって、「コーヒー好きでよかった」と皆が思える研究成果が近い将来きっと発表されるだろう。

山澤德志子(やまざわ・としこ)
東京慈恵会医科大学 分子生理学講座 講師。医学博士。城西大学薬学部卒業。静岡薬科大学(現・静岡県立大学)大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学大学院医学系研究科で博士課程修了。2012年4月から東京慈恵会医科大学。

文・前川太一郎 / イラスト・西田ヒロコ
更新日:2014/12/25



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