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コーヒーと健康

コーヒーの飲用は、筋肉の減少を抑える? 

転倒は寝たきりや介護が必要な状態につながるものだが、コーヒーはその原因となる疾患の発症リスクを抑えるという。

 「サルコペニア」という疾患をご存じだろうか。これは加齢や疾患によって筋肉量が減少し、全身の筋力低下が起こることを指す。それによって、歩くスピードが遅くなったり杖や手すりが必要になるなど、身体機能が著しく低下し、QOL(生活の質)も悪化する。
 このサルコペニアの発症リスクを、コーヒーを飲むことで抑えられる可能性があることがわかった。今回はそれに関する研究を紹介する。

疾患を引き起こす、現代病「肥満」。

 サルコペニアとコーヒー摂取の関係について研究したのは、大分大学医学部 内分泌代謝・膠原病 腎臓内科学講座で講師を務め、外来医長でもある後藤孔郎さんだ。
 後藤さんは地元・大分県の出身。現在は外来の患者を診察・治療するほか、学生たちの指導、さらに自身の研究を進めるという多忙な日々を過ごす。医学の道を進むことになったのは、脳の研究に興味があったからだ。それは脳が発する「食欲」、さらにそれがもたらす「肥満」という研究分野に着目する遠因となった。

「『三大欲』といわれるように、人間には生まれながらにして食欲が備わっています。しかし食べすぎると肥満になってしまいます。太らないためには食べなければよいのですが、食べものが気軽に手に入る飽食の時代ですからついつい食べすぎてしまいますよね」(後藤さん)
 後藤さんが心配しているのは、肥満そのものではない。肥満が原因で起きるさまざまな疾患のことだ。
「肥満だけなら問題ないのですが、糖尿病になったり、血圧が高くなったり、認知機能が低下するなど、肥満はさまざまな疾患を引き起こすので問題なのです」

薬に頼ることなく、肥満を解消する。

 かつて飢えていた時代があったことすら忘れてしまうくらい、現代は食べものに恵まれている。しかも、特に電車やバスなど公共の交通機関が発達していない地域では、移動手段はクルマに頼りがちだ。昔に比べて、体を動かす機会がかなり減っている。
「せめて歩く習慣があればよいのですが、春は花粉症、夏は暑さに悩まされますし、秋は夏の暑さが長引いて短くなり、そして冬は寒い。なかなか運動する機会がもてないのが現状です」
 便利になった今の社会が肥満を助長するというのは皮肉だ。

 後藤さんが診る患者の多くは、健康診断でよくない結果が出た人や、肥満によって心筋梗塞や脳梗塞などを発症した人たち。やせなければ、その病を再発するリスクが高い人が多いという。
「いちばんよいのはやせることですが、やせるのが無理ならば、少しでも病気になりにくい体になるように医師は指導しなくてはいけないのです」
 薬で食欲を抑制する方法もなくはない。しかし、治療にまつわる費用がよりかさむうえ、薬は肥満に関してはよい効果が得られにくいという。

「薬によって『欲を抑える』ことは、人体によい影響をもたらさないのです。なぜなら、欲を抑えることで生きる気力ややる気が失われ、鬱状態に陥ってしまうからです。例えば、肥満が社会問題となっているアメリカでは、食欲を抑える薬の開発が盛んですが、治験の段階で自殺する人が出てしまうなどの問題が多く、数十年取り組んでいても薬の開発にはことごとく失敗しています」

 では、薬に頼らず、肥満を解消するにはどうすればよいのだろうか。
「肥満の患者さんの多くは『これを食べないでください』と指導しても、なかなか首を縦に振りません。しかし、『この食べものや飲みものを摂ると体によいことがありますよ』と伝えると『やってみよう!』と前向きに取り組むことが多いのです。なにかを『追加する』指導が有効なのですね。高脂肪の食事による悪い影響をある程度抑える手段が必要なのです」

 そこで後藤さんが着目したのがコーヒーだった。
「コーヒーが好きな人はほんとうに多いです。しかも、コーヒーには抗酸化作用などがありますから『体によいのではないか』と考えたのです」

問題視されている、「肥満サルコペニア」。

 本題に進む前に、サルコペニアのことをもう少し説明したい。
 サルコペニアとは、「進行性および全身性の筋肉量および筋力の低下を特徴とする症候群」のこと。診断基準は、①筋肉量、②筋力、③身体機能の3つである。

 まずは歩行速度を測り、1秒につき0.8mより速く歩けない人の場合は次に握力を測定する。男性で26㎏未満、女性で18㎏未満の握力だった場合は、MRIなどを使ってさらに筋肉量を測定する。この3項目のうち、2項目が基準を満たしていなければ、サルコペニアと診断される。(図1)

 また、日本における高齢者のサルコペニア発症率を見ると、80歳以上の場合は男性の方が圧倒的に多いことがわかる。(図2)
「80歳以上の男性のほぼ3割はサルコペニアであると考えてよいと思います。これは、筋肉や骨の成長に効くテストステロンの分泌が、歳を重ねるとともに落ちるからだと考えられます。つまりテストステロンが失われて筋肉が減り、サルコペニアになるのです」

 さらに近年、問題視されているのは、サルコペニアに肥満が伴う「肥満サルコペニア」である。肥満だけ、サルコペニアだけの人よりも、これら2つが合併した人の方が心筋梗塞や脳梗塞などの生活習慣病になるリスクが高まるという。
「サルコペニアの人は転倒しやすいのです。本来は転びそうになったら足を一歩前に出す、頭を守るために手をつくといった動作を自然にするものですが、サルコペニアを発症すると、筋肉、特に瞬発力を担う『速筋』が衰えるため、こうした動作ができなくなります。それで転倒し、仮に大腿骨や腰の骨を折ると体を動かすことができなくなります。そして基礎代謝が落ち、さらに肥満が進むという悪循環になります」

 筋肉が減ると、その分脂肪が入り込んで、まるで上質な牛肉のように「サシ」が入った状態になる。こうなることを防ぐために、はたしてコーヒーは有効なのだろうか。

筋肉が萎縮するのは、「悪玉菌」の影響。

 実は、後藤さんは以前も「肥満を伴った認知症発症に対するコーヒーの予防効果」を研究し、「コーヒーの摂取は小腸内の炎症性変化を改善させる可能性がある」ことを報告している。
 この「炎症」は、サルコペニアを引き起こす筋肉の減少=筋肉内の脂肪の増加と深く関わっている。

「高脂肪食を食べると、『悪玉菌』が増えます。悪玉菌とは体内に炎症を引き起こす物質をたくさん放出するのでそう呼ばれているのですが、腸内の環境が悪玉菌によって悪化すると小腸内での細胞間のすき間がより大きくなることによって、炎症促進作用をもつ『LPS(リポポリサッカライド)』という物質が腸管内から外へ漏れ出て、血管を通じて全身に回ってしまいます。このようなLPSが骨格筋に到達したのち、骨格筋内で炎症性変化がもたらされ筋肉が萎縮します」

 また、骨格筋からは骨を強くする、内臓脂肪を小さくする、あるいは筋肉繊維を太くするなど体によい影響を与える「マイオカイン」という細胞間情報伝達物質(ホルモン)が分泌されている。ところが、LPSによって骨格筋内で炎症が起きると、このマイオカインの分泌が抑えられてしまう。

「炎症によって萎縮した筋繊維にマイオカインの一種『IL‐15』を投与すると、委縮が改善されることは以前の実験で確認済みです。しかも、高齢者の方が、より効果が高かったのです」
 後藤さんは「コーヒー摂取は、腸管からのLPSの放出を抑制し、肥満サルコペニアの予防に有効ではないか?」と考え、その立証に取り組んだ。

肥満サルコペニアには、やはりコーヒーが効く。

 実験はオスのラットを用いて行なった。①通常のエサ+蒸留水、②通常のエサ+コーヒー、③高脂肪のエサ+蒸留水、④高脂肪のエサ+コーヒーという4群に分けて4週間飼育。コーヒーは普通のブラックコーヒーを蒸留水で4倍に希釈したものを用いた。
 4週間後、ラットから血液と筋肉を採取し、①血中のLPS濃度、②骨格筋内のマイオカイン発現、③骨格筋内での炎症性変化、④骨格筋繊維(速筋)の組織学的評価の4項目を分析した。

 ①高脂肪のエサによって高まった血中のLPS濃度は、コーヒーを飲むと抑えられることがわかった。高脂肪のエサ+蒸留水のラット群に比べて、高脂肪のエサ+コーヒーのラット群の方が血中LPSの濃度が低い。(図3)

後藤孔郎さん提供

 ②骨格筋内のマイオカインについても、高脂肪のエサを食べるとIL‐15の発現が減るが、コーヒーを飲んだラット群はIL‐15の発現低下がほとんど見られなかった。(図4)

後藤孔郎さん提供

 ③骨格筋内での炎症性変化は、炎症マーカーと呼ばれる「TNF‐α(腫瘍壊死因子)」と「IL‐6(マクロファージを刺激して急性反応を誘導)」を調べた。TNF‐α、IL‐6ともに、高脂肪のエサ+コーヒーのラット群が炎症性変化を抑制させる働きがあることを示した。(図5)

後藤孔郎さん提供

 ④骨格筋繊維(速筋)の組織学的評価に関しては、血中のLPS濃度が高まるとマイオカイン(IL‐15およびBDNF[脳由来神経栄養因子])の発現が減るという負の相関関係が見られた。(図6)

後藤孔郎さん提供

「これらは、炎症を引き起こす物質が多ければ多いほど、筋肉は萎縮しやすくなることを示しています。ほんとうにそうなのかを調べるために、4群のラットの脚の筋肉を取り出して、速筋繊維を顕微鏡で見てみました」
 その結果、高脂肪のエサ+蒸留水のラット群は速筋繊維が細くなり、すき間(サシ)も多いが、高脂肪のエサを与えられつつコーヒーを飲んだラット群は速筋繊維が太いうえ、すき間も小さいことが見てとれる。(図7)

後藤孔郎さん提供

 後藤さんはこの一連の実験から「コーヒーを摂取することは、肥満による小腸からのLPSの放出を抑制させ、骨格筋内での炎症性変化も沈静化させる。それによって筋萎縮が抑制されることが示唆される」と結論づけた。

「わかりやすく言うと、『コーヒーを飲むことによって速筋繊維の萎縮を防ぐ効果が見られる』ということです。この結果は実験前に立てた仮説通りですね。速筋繊維が回復すれば転びにくくなりますし、仮に転んだとしても手をつく動作で骨折は免れますから、ケガから寝たきりになるリスクが減らせます。つまり、コーヒーを飲むことは肥満サルコペニアの発症を予防するために有効だといえるのです」

コーヒーを飲むなら、お勧めは「ブラック」。

 後藤さんは今後、コーヒーについて調べたいテーマがある。1つは脂肪肝、もう1つはデカフェと睡眠の関係だ。
「コーヒーには、脂肪肝の進行を遅らせる働きがあるのではないかと考えています。また、コーヒーに含まれるカフェインが覚醒作用をもたらすとされているので、デカフェならば睡眠の質を落とさないのかどうかも調べてみたいです」

 そう話す後藤さん自身、コーヒー好きだ。1日に3杯くらいは飲むという。時間があればドリップを、なければインスタントを楽しんでいる。
「コーヒーの依存性はさほど強くないといわれています。妊婦がコーヒーを飲むのはよくないという説もありますが、2年前に『コーヒーはつわりに効くし、胎児にも影響はない』という報告が出ました。私は肥満の患者さんにコーヒーを飲むことを勧めています。ただし糖分はよくないので『砂糖やミルクは入れず、ブラックで飲んでくださいね』と話しているんですよ」

 できるだけ運動習慣を保ちながら、食生活に気をつけつつ、適量のコーヒーを飲むようにする――それが老年になってからも元気に暮らせるコツといえそうだ。

後藤孔郎(ごとう・こうろう)
大分大学医学部 内分泌代謝・膠原病 腎臓内科学講座 講師/外来医長。博士(医学)。大分医科大学卒業。専門分野は内分泌疾患、糖尿病、肥満症。2001~2002年米国オハイオ州シンシナティ大学肥満研究センター留学。2019年から現職。

文 前川太一郎 / イラスト 西田ヒロコ
更新日:2019/12/24



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