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コーヒー海外事情

【駐日大使のコーヒーブレイク】駐日コスタリカ大使

【駐日コスタリカ大使】
ラウラ・マリア・エスキベル・モラ閣下
自然環境を大切に守り、コーヒーを愛する国。

中央アメリカ南部に位置し、カリブ海と太平洋に面したコスタリカ共和国は、高品質なコーヒーを生産する国として知られています。国民が大切にしているコーヒーへの熱い想いを、大使が話してくださいました。

コスタリカ大使ご一家。大使のとなりには夫のヘラルドさん、後ろは息子さんで、兄のフェリペさん(左)と、弟のサンティアゴさん。

「私はコスタリカ大使として日本に赴任する以前に、母国のコーヒー協会の仕事で4回ほど日本に来たことがあります。初めてアイスコーヒーを見た時は、衝撃を受けました。私の国ではコーヒーを冷たくして飲む習慣がありません。冷たくするのであれば、生クリームやお砂糖を入れて、甘い飲み物にすることはありますが、日本ではブラックのまま冷やして、皆さんがごくごくと飲んでいるのにとても驚きました」
 ホットのブラックコーヒーが大好きで、仕事中も1日3杯は必ず飲むというラウラ・マリア・エスキベル・モラ閣下。母国コスタリカでのコーヒーの楽しみ方を教えていただいた。
「まず朝食の時に飲みます。そして、イギリス人にティータイムがあるように、コスタリカには午後の4時~5時頃にコーヒータイムがあります。私たちにとって、コーヒーはみんなで一緒に楽しむものであり、たくさんの食べ物と一緒に味わうことが習慣のようになっています。
 そこで一緒にいただくのは、甘いお菓子だけではありません。コーヒーが出るということは、テーブルには必ずチーズやハムやパンがあるのが当たり前で、サンドイッチやパイを食べることも多いです。パイの中身は肉や野菜だけでなく、パイナップルやグアバなどのフルーツの場合もあります」
 ご飯やスナック系の食べ物もコーヒーのお供になるのがコスタリカ流だ。
「ガジョ・ピントと呼ばれる豆入りの混ぜご飯や、トウモロコシや小麦の粉で作った餃子のようなエンパナーダもよく出てくるメニューです。
 私たちにとって、コーヒーを飲むということはたくさん食べるということ。家でコーヒータイムに人を招待する時は、ポットで大量のコーヒーを用意するのが普通です。じつはコスタリカは、世界のコーヒー生産国の中でコーヒーの消費量が第3位。それくらいコーヒーを飲んでいる国民なのです」

カレタの装飾は、コーヒー農家の歴史。

執務室での大使。手元にあるのは大使自らが編集を手掛けたコスタリカの写真集。

コーヒーに合わせるスイーツの一例。上はトウモロコシのケーキ菓子「Tamal de Elote」、右はカヘタ 「Cajeta」で、牛乳、砂糖、卵黄、バターを温めて固形化したソフトキャラメルのようなお菓子。左の器はコスタリカ出身の画家の絵が転写されたコーヒーカップ。

左:コーヒー栽培の農夫が素朴な味わいの人形に。素材はコーヒーの木だ。右上:コーヒー豆を入れる麻袋。右下:ミニチュアサイズのカレタの置物はインテリアのアクセントとしてもおすすめ。

 コーヒーは18世紀後半からコスタリカの重要な農産物だった。1988年にはより品質の高いコーヒー生産を目指し、法律によってアラビカ種以外のコーヒーの生産が禁止された。これは世界の生産国でもコスタリカだけだ。
「コーヒーの約75%が標高1000メートル~1700メートルの地域で栽培されています。土壌は火山灰による有機物が豊富で保水力も高く、そのおかげで良質な豆が育っています」
 コスタリカでは昔からコーヒー豆を運ぶのにカレタと呼ばれる牛車が活躍してきた。美しい花の模様が描かれたカラフルなボディが印象的で、今ではミニチュア版が土産物店に並ぶ。このカレタには、興味深い歴史がある。
「カレタはスペイン統治時代にコスタリカに持ち込まれたのが始まりで、農家が収穫したコーヒーを港まで運ぶための運搬用に使われていました。港でコーヒーを載せた船は、ヨーロッパへ向けて出港するのです。初期のカレタには今のような色や模様はなく、無垢の木の肌のままでした。それが、ある時からそれぞれの農家が自分の家の車とわかるように、ボディに色を塗り始めたのです。モラさんの家は赤、サンチェスさんはブルーという具合に。そうすると、遠くからでも港から農場へ帰ってくる車が判別できて、〝ああ、モラさんの家の車が来たから、そろそろうちのも戻って来るはずだ〟とわかるわけですね。やがて、農家が二代目になると、ベースは親の代と同じ色で、そこに違う絵を描いて兄弟の車を区別できるようにしました。次の代にはさらに新たな模様を加える、というふうにして、時代とともにさまざまな色・柄のカートができていったのです」
 車体の色鮮やかな装飾は、日本でいえば家紋のような、家のシンボルマークだったというわけだ。自動車の普及によってカレタは徐々にその役割を終え、現在は主に家具として、専用の工房で作られている。内部に本やお酒のボトルを収納してワゴンとして活用したり、インテリアの一部として飾るようになった。さらに小型になったものは、玩具や置物として人気だ。

一杯のコーヒー、その背景にあるもの。

富士山に似た優美な姿のアレナル火山。国内の活火山の中でも活動が活発で、この周辺でも、コーヒー栽培が行われている。

 みんなで一緒にコーヒーを楽しむコスタリカ。それゆえコーヒーにはいい思い出がたくさんあると大使はいう。
「多くの人とさまざまな行事の中で味わう飲み物なので、香りを嗅いだだけで、コーヒーと共に過ごした友人や家族の顔が浮かんできて、懐かしく温かい気持ちになります。ですから、一人のコーヒータイムはそのような思い出に浸って飲んでいます」
 日本の四国と九州を合わせたほどの小さな国土に地球上のすべての生物種のうちの6%が生息するといわれるコスタリカ。全国土の約3分の1が国立公園や自然保護地区に指定され、エコ・ツーリズムが盛んな環境保護先進国としても名を馳せている。
「小さな国ですが、国民一人ひとりが地球のために自然環境を大切に思う気持ちを持ち続けています。また、コスタリカは70年前に常備軍を廃止して、軍を持たない国になりました。そして、軍事予算を教育や医療に回したのです。当時はコーヒー産業が最も盛んな時代で、コーヒーで得たお金が学校や病院にあてられ、そのおかげで教育国家として国が発展したようなものです。そのことを国民もよくわかっています。 また、近年のHappy Index.comの発表によると、コスタリカはラテンアメリカで最も幸せな国であり、世界では12番目に幸福度指数が高い国と評価されています」

大使が編集に関わったフォトブックには、コーヒー農園で生き生きと働く農夫たちの姿が掲載されている。

 コスタリカには、他のスペイン語圏にはない独自の「プーラ・ヴィダ(Pura Vida)」という言葉がある。直訳すると「純粋な人生」の意味だが、朝晩の挨拶や感謝の言葉へのお返し(どういたしまして)など、さまざまな場面で多岐にわたって使われている。
「〝プーラ・ヴィダ〟は、今を幸せに生きていこうというコスタリカの人々のポジティブな想いを表した言葉です。軍隊を持たない国として平和を重んじる心。そして、地球の自然環境を大切にする心。コスタリカの一杯のコーヒーにはそのような深いメッセージが込められています。それゆえ、一杯でもとても美味しく召し上がっていただけると私は思っています」

左の写真は、セントラルバレー地区の農園内に作られた道路で撮影されたもの。右は、雨で土が流れ出すのを防ぐように作られた形の農園。


駐日コスタリカ大使
Her Excellency
Ms. Laura Maria ESQUIVEL MORA
ラウラ・マリア・エスキベル・モラ閣下

コスタリカ大学にて法学部学位を取得。1998年コスタリカコーヒー協会(ICAF)法務部部長に就任、同時にコスタリカコーヒー安定供給機構代表を務める。欧米諸国における輸出や自由貿易協定の場で活躍。中南米コーヒー輸出機構(ORCECA)理事会役員も兼務。経済産業省では貿易促進部部長も務めた。2015年4月15日に駐日コスタリカ共和国大使館特命全権大使に任命される。

Republic of Costa Rica

■ 面積:51,100平方キロメートル(九州と四国を合わせた面積)
■ 人口:約481万人(2015年 世界銀行)
■ 首都:サンホセ(標高1,200メートル)
■ 言語:スペイン語
※外務省データによる

コスタリカ大使館
Costa Rica Embassy

〒106-0031
東京都港区西麻布4丁目12-24 
第38興和ビルディング9階901号室
☎03-3486-1812

文・牧野容子 / 写真・大河内禎
更新日:2018/04/18



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